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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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74 終わる世界 12

 バキャッ!


 地下進攻部隊指揮官アンドレアス=アルヴェーンが真正面に振り下ろした戦鎚がタイラント・タイガーの頭部を直撃する。戦鎚と地面にブレスされた虎の頭部はスイカのように潰れ、血と脳漿をぶちまけた。


 だが、その状態になってもなお、タイラント・タイガーは四肢を蠢かし続ける。恐るべき生命力だった。


「むうぅ!」


 アンドレアスはタイタント・タイガーを自由にさせまいと、さらに腕に力を込めた。止めを刺すように指示したいが、他の者は死んでいるか重傷でアンドレアス以外にまともに動ける者はいなかった。


 結局、アンドレアスが凶暴虎の完全な死をもって解放されたのは、虎が頭を失って実に五分が経ってからであった。


「ふううう」


 アンドレアスは全身、汗まみれで深く息を吐く。


 本来、タイラント・タイガーはそれほど恐ろしい魔物ではない。魔術なり罠なりで拘束後、一息に、もしくは短時間で息の根を止める。それさえできれば第二次討伐軍最高の戦士でもあるアンドレアスが出張る必要はなかったのだ。


 タイラント・タイガーは傷をつけてから一定時間経つと強化してしまう。普段は白色地に黒の縞模様の虎が、黒色地に赤の縞模様に変化した強化タイラント・タイガーは地下道の壁と天井を縦横無尽に走り回り、実に百名近い兵士と十名の魔術師・スキル持ちを血祭りに上げたのだ。


 このままでは蟻喰いの戦団と会敵する前に部隊が壊滅すると判断したアンドレアスは、やむを得ず自分と腕が立つ数名だけでタイラント・タイガーの排除に乗り出したのだ。


(くそ! 余計な手間をかけさせやがって!)


 タイラント・タイガーの処理を間違えた何者かに悪態をつくアンドレアス。討伐軍の中核を担うヘイデンスタム軍ならば、対タイラント・タイガー戦術も熟知している。失敗したのは援軍として来た貴族か傭兵団の者であろう。


(地上部隊は防壁の破壊に成功したと聞いている。出遅れてしまったかな?)


 地上部隊を率いるアマデウス・ラペリは既に制圧を完了させているかもしれない。アンドレアスとアマデウスはヘイデンスタムの将である。二人は同僚でもあるが功を競うライバルでもあった。


「隊長!」


 急ぎ本隊に戻ろうとするアンドレアスのもとに驚くべき報告がもたらされた。





 幻獣グレート・アードバークが掘った穴を駆け上がったアンドレアスは日の光に目を灼かれる。光に目が慣れて最初に飛び込んできたのは土壁だった。壁の高さはアンドレアスよりも高い。


 クサモには身を隠せるような建物はあらかじめ撤去していたようで、そのまま地上に出ては<炎弾>の雨を浴びてしまう。そこで、地上に出るために縦に掘っていた穴を、地上に出る直前で横にしたのだ。溝のような空堀がずっと奥にまで続いていた。


「ベハンドはどこだ!」


 青い顔をした兵士の一人をつかまえて問い質す。ベハンドの居所を聞いたアンドレアスは走って指揮所を目指した。途中で空堀にずらっと居並ぶ兵士達が皆、懇願するような目をアンドレアスに向けてきた。


「ベハンド! どういうことだ!?」


 地下進攻部隊副指揮官ライクル=ベハンドの姿を見つけたアンドレアスは彼に詰め寄った。


「我々が地上に出た時には、敵は既に戦力を集中させていた。地下からの急襲によって奴らを一気に制圧するという当初の作戦は――」


「そんなことを聞いているんじゃない! あれはどういうことかと聞いているんだ!」


「あれとは?」


「あの夥しい死体の数だ!」


 空堀から少し顔を出せば、無数の王国兵の死体が横たわっていた。


 ベハンドはある程度の長さの空堀ができると、そこに兵士達を並べさせた。ベハンドの号令で一斉に兵士達が空堀から飛び出し防壁上に展開する蟻喰いの戦団に向けて突撃させたのだ。


 それも三度。


 地下進攻部隊五千のうち、約二千がガトリングガンとオルガン砲の餌食となっていた。


「何か問題が?」


 部隊の四割を死滅させたベハンドは何の悪びれもなく、そう言ってのけた。


「彼らはヘイデンスタム公の領民でもあるのだぞ! 無駄に死なせるなど気は確かか!」


 ライクル=ベハンド男爵。王国の貴族達が第三王子派と第五王子派に別れ戦う中、アリオン=ヘイデンスタムの招集に応じた希少な貴族の一人である。


「無駄ではない」


「王国のための礎になったとでも言う気か!」


 激昂するアンドレアスに対しベハンドはあくまでも冷静に話し続ける。


「そんな益体もないことを言っているのではない。勝利するために必要だからそうしたまでだ」


「なに?」


「……そうだな。もう少し増やしたかったが、指揮官殿が戦場に戻られた。頃合いかもしれん」


 そう言うとベハンドは思いのほか、軽い身のこなしで空堀から身を乗り出した。


「ベハンド!?」


 敵の銃口の前にその身を無防備に晒したベハンドに<炎弾>が襲った。


 炎の魔力がベハンドの体に無数の穴を開ける。そんなアンドレアスの空想は数多の兵士達の献身によって裏切られる。兵士達が己の身を盾にしてベハンドの身を守ったのだ。


「!?」


 驚くアンドレアス。だが、驚いたのはそんな兵士達の行動に対してではない。


 ベハンドの身を守った兵士達は、先程まで確かに死んでいたからだ。


「ね、【ネクロマンシー】?」


「さよう。私は私が殺した者を操ることができる。人間にしか効果がないがね」


(こ、こいつは、自分が操る兵士を作るために、あえて突撃させたというのか?)


 怒りで真っ赤になるアンドレアス。


「生きた兵士では<炎弾>一発もらうだけで動けなくなる。だが、彼らならば頭か首を撃たれるまで動き続ける。どちらが兵士として有用か指揮官殿ならお判りであろう」


 ベハンドの言うこともわかる。地下進攻部隊に配属された魔術師達は魔物との戦いで消耗が激しく、魔術障壁一枚張ることも難しくなっていた。幻獣使いによれば、ここまで掘り進めてくれたグレート・アードバークも疲労と<炎弾>に怯えて、これ以上は動けないという。


 つまり、地下進攻部隊は急襲が失敗した時点で、打つ手がなくなっていたのだ。そんな中、ベハンドの策は確かに有用であることは認めざるをえない。屍兵を盾にして突撃すれば、これ以上の犠牲は減らせるだろう。


 だが……


「……この件はアリオン様に報告する」


「ご随意に」


 肩を竦めるベハンド。


 その飄々とした態度にアンドレアスはある疑念を持った。


(まさか、あのタイラント・タイガー、こいつの仕業ではなかろうな?)


 一時的にアンドレアスから指揮権を奪うため、タイラント・タイガーをわざと傷つけて放置させたのではないかと。


(追及はあとまわしだ)


 首を振ってアンドレアスは疑念を振り払う。今が好機であることは間違いない。しかし、アンドレアスにはどうしても一つだけ確かめたいことがあった。


「自分が殺した相手しか操れないと言ったな? 二千もの味方を殺しておいて何とも思わないのか?」


 そう訊かれたベハンドは意外なことを聞いたような顔をした。


「雑兵など、いくら死のうが問題なかろう?」


 ◇


「……何をしている?」


 地上部隊指揮官アマデウス・ラペリの声には呆れの成分が多大に含まれていた。


「何って、魔力補給」


 下半身をむき出した兵士の上に跨り、腰を振っていた上位魔術師(ハイマジシャン)のキュカ・ハルフレルは悪びれもなく答えた。


「戦場だぞ」


 パンゴリンの影で敵の<炎弾>が届かないとはいえ、戦場のど真ん中であることは間違いない。


「仕方ないでしょう。マナポーション、あのお爺ちゃんが使い切っちゃったんだから」


 キュカの視線の先には濡れ布巾を眼にあてて地面に横たわる土木建築魔術師の姿があった。彼が使った<重量減(デクリーズ・ウェイト)>は魔力を大量消費するような効率の悪い魔術ではないが、魔術行使時の魔力消費量は行使者の精神状態によっても増減してしまう。


 慣れない戦場に連れ出された土木建築魔術師は地上部隊が所持していたマナポーションと自身の魔力全部を使ってようやく一つのパンゴリンに<重量減>を再付与することに成功していた。


「だから、私に土木建築魔術を学ばせたほうがいいって言ったのに」


 キュカは【ドレイン】というスキル持ちだ。接触している相手から体力や魔力を奪うことができる。魔力は魔術師でなくとも誰でも持っているので兵士がいれば魔力不足に陥ることはない。


「【ドレイン】は体の一部が接触しているだけでも可能だろう」


「これが一番効率がいいのよ」


「キ、キュカさまぁ」


 キュカに跨がれている兵士が限界の呻き声を上げる。その瞬間、キュカはスキルを発動した。


「あ、あぁ……」


 絶頂に至る前に魔力を吸われた兵士はキュカの中で萎えてしまう。


「魔力の質は男が吐精する直前が一番なのよ。普通十人必要なところ、この方法だと三人で済むの」


「他に方法はないのか?」


 片手で顔を覆うアマデウス。心なしか頭痛を覚えていた。


「ん~。一説には死ぬ直前の魔力が最高って聞いたことがあるけど……」


 キュカに組み敷かれていた兵士はそれを聞いて顔が青くなる。


「分かった、もういい! さっさと済ませろ!」


「もう済んだわ。で、戦況は?」


 手早く身支度を済ませたキュカは魔力補給の相手に困らないその美貌を、女の顔から戦士の顔に切り替える。キュカ・ハルフレルは宮廷魔術師として招聘されてもおかしくない実力の持ち主である。防壁を破壊したコアを<アポート>で呼び出したのは彼女であり、コアを防壁まで守り抜けたのも彼女の力が大きい。


「最前線は膠着状態だ」


 アマデウスは前線に魔術師を並べて破壊した防壁からクサモ内部に進攻しようと試みていた。


「ガトリングガンといったか? 二つの稜堡からあれで撃ちまくられ進むも退くもできん」


 破壊した防壁は南と東の稜堡に挟まれている。防壁を乗り越える前に十字砲火を浴びることになる。魔術師達は<魔壁(マジックウォール)>で自分と兵士達を守ることしかできなくなったのだ。


「それで、私に何をしろと?」


「稜堡を破壊してくれ」


 アマデウスの指示にキュカは顔を歪めた。


「いくら私が天才でも伝説の<隕石召喚(メテオ)>は使えないわよ」


「<破壊光線(ディザスタービーム)>なら使えるだろう?」


「ん~」


 キュカはパンゴリンの影から顔を出し、敵の砲台を観察した。


「ダメね。あんなにガッチガチにシールド張られていたら、破るだけで精一杯」


 ガトリングガンの前面は何重にも<魔盾(マジックシールド)>が張られている。上位魔術の<破壊光線>でも全部打ち破るのは難しい。シールドの隙間から飛び出ている銃身を狙ったところで、換えがあれば意味がない。


「狙いはその下だ」


「……ああ、なるほどね」


 キュカは自分の背よりも長い魔杖を前に突き出した。


 魔術師は「杖に始まり杖に終わる」と言われる。魔術の覚えたては魔杖の助けを必要とするが、中級ともなると不要となる。だが、高位魔術を使うとなるとその制御のために魔杖の助けが必要となる。ゆえに杖を持つのは魔術の初心者か上位者の証なのである。無論、キュカは後者である。


 一際大きな魔石を埋め込まれた魔杖の先端を敵の稜堡に向けた。黒い魔力の塊が顕現し、やがて一筋の黒い線となって射出される。


 ガァアオオン!


<破壊光線>は稜堡の上部壁面に直撃する。狙いを誤ったかと味方の兵士が落胆の声を上げたが、アマデウスとキュカの狙い通りであった。


 キュカはそのまま魔杖を横にスライドした。まるで長大な黒い剣が稜堡の土台を切り崩しているようであった。当然、土台の上にあったガトリングガンの銃座は稜堡の崩壊に巻き込まれる。


「もう一発!」


 ドシュュゥゥウウ!


 ダメ押しの<破壊光線>。それで南の稜堡からの攻撃は完全に沈黙してしまう。


「バカヤロウ! 調子に乗りすぎだ!」


 アマデウスがキュカに覆いかぶさる。直前までキュカがいた場所に<炎弾>が襲った。


「一発でいいんだよ!」


「……あら、魔力補給してくれるの?」


 時と場所によっては誤解してしまいそうなアマデウスの言葉におどけて見せるキュカ。


「あほ!」


 悪態をつきつつもキュカをバンゴリンの影に運ぶ。


「もう、お前は戦闘が終わるまでここにいろ!」


「あら、まだいけるわよ」


「だめだ! 今のでお前は完全に狙われた! 次に頭を出せば確実に吹き飛ぶぞ!」


 その言葉に美しい顔を限りなく白くするキュカだった。


「……お優しいこと」


「……孤児をもう作りたくないだけだ」


 キュカは三児の母親でもあった。

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