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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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72 終わる世界 10

 上空を見上げ、しばし思案するグレアム。


(……やってみるか。この時季なら、まだ)


 魔導兵装オードレリルのスイッチはまだ入れない。


 グレアムは切り飛ばされた両手を<再生>して指先までアダマンタイトを覆うと、魔力を限界まで<飛行>に注入していく。


 キィィィイイイイ!


 秒速一五〇メイルで一気に上昇、バイザーに表示された現在高度を確認すれば三〇〇〇という数値。


 後ろを見ると、ティーセがしっかりついてきている。その姿を確認して安堵の息を吐いた。


 グレアムの追跡を止めて地上の戦いにティーセが参加する。


 それはグレアムがティーセに最もやってほしくないことだった。


 王国の立場からすればグレアムを逃せば、また第二の蟻喰いの戦団を作られる。グレアムが戦場から離脱しようとすれば追ってくるという読みは当たった。


 だが、上昇速度もわずかにティーセの方が上のようだった。グレアムとの距離を除々に詰めつつある。


 地上からの通信は既に届かない。地上の戦いは完全にリーに委ねることになる。"電波通信"は着手すらできていない。他に優先順位の高いものがある上に、人手も時間も足りていないからだ。そうして、ToDoリストだけ増えていく……。


 五〇〇〇メイル。


 太陽によって温められた地上の熱も、ほとんど届かなくなる高さ。


 だが、魔導兵装オードレリルの内部は一定の温度と気圧を維持する。グレアムは問題ないが、ティーセはどうだろうか?


(…………)


 何の問題もなく上昇してくる。ティーセの【妖精飛行】スキルにも寒さと低気圧から使用者を守る機能があるのかもしれない。


(だったら低酸素はどうだ?)


 七〇〇〇メイルを突破。


 エベレストを登れば酸素ボンベが必要となる者も出てくる高度だ。


 ティーセの様子を伺うため背後を振り返れば――


「!?」


"アドリアナの天撃"がグレアムを呑み込むべく、天空を切り裂いて昇ってくる。


 グレアムはすぐに回避行動に移るが"天撃"は発射点から離れれば離れるほど放射状に広がる特性がある。回避しきれないと判断したグレアムはやむを得ずアダマンタイトマントを展開する。


 シュパァァ!


 アダマンタイトマントが光を防いでいく。拡散している分、威力は落ちるようで、板状のマントでも防いでくれた。だが――


「くっ!」


 その一連の行動がグレアムの上昇速度を著しく低減させる。そして、その間にティーセが追いついて"物理防御無効"効果を持つ妖精剣アドリアナを振るった。


 ズババッ!


 アダマンタイトマントを四つに切り裂く。


 用を成さなくなったマントに代わり、グレアムは<魔壁(マジックウォール)>をティーセとの間に多重展開した。


「!?」


 だが、どうしたことか、妖精剣は<魔壁>さえ切り裂いていく。


 よく見れば妖精剣アドリアナが光り輝いている。ティーセの背中の羽が二枚と半分となっていた。


(こんな短時間で詠唱!? いや、詠唱途中か!)


"天撃"を放つとすぐに詠唱を開始したのだろう。詠唱中に光り輝いた妖精剣アドリアナでも魔術を断ち切る効果があるようだった。


「――妖精王の名において、あらゆる魔を」


(まずい!) 


 アダマンタイトのマントは既になく、魔術の壁では"アドリアナの天撃"は防げない。


 急上昇をかけるグレアム。


「討ち滅ぼさん!」


 だが、無情にも光の奔流はグレアムを呑み込んだ。


 ◇


『よくやったぞ、ティーセ』


 兄アシュターの声がヘルムを通してティーセの耳に届く。


『あなたが王国を救ったのよ』


 そして、知らない女の声がすぐ近くで。


 自分は何をしたのだろうか?


 よく分からない。


『――――』

『――――』


 アシュターと知らない女が続けざまに言う。


 オーソンを探せとか地上に戻って残党を排除しろとか、それで本当に王国は救われるとか。


『これで我らが父ジョセフも浮かばれることだろう』


『恨みを晴らしてくれたと喜んでいるわ』


(……恨み?)


 その中で一つの言葉がティーセの中で引っかかった。


(恨んでいた? お父様が?)


 そうだっただろうか?


 ティーセは思い出す。首だけとなったジョセフの顔を。


 血の気の失った顔に穏やかな笑みだけが張り付いていたのだ。


 そんな表情、ティーセはジョセフの生前、一度として見たことがなかった。


 そして、ティーセは悟った。


(ああ。お父様は満足して逝ったんだわ)


 おそらく、ティーセには永遠に理解できない理由で。


(なんてずるい人。散々好き勝手やって、最後は……)


 バシュゥウ!

 バシュゥウ!

 バシュゥウ!


「!」


 突然、どこからか飛んできた魔術の縄がティーセの体を拘束した。


 ◇


(ふぅ。うまくいった)


 グレアムは息を吐いた。


 ティーセが放った"アドリアナの天撃"に呑み込まれそうになった際、グレアムは風の助けを借りて、かろうじて"天撃"の直撃を避けることに成功していた。


 グレアムを運んだ風の正体はジェット気流である。上空一万メイル前後で吹く強い西風だ。その風速は最大で毎秒一〇〇メイルに達する。ただ、時季的に風速は弱まっていたため、完全に"天撃"の回避はできなかったが、直撃だけは避けられた。アダマンタイトのスーツでも直撃していればグレアムの命はなかっただろう。


(ジェット気流の存在を把握していて助かった)


 魔導兵装オードレリルのテストのため高度一万メイルまで上昇したことがある。その時にグレアムはジェット気流を見つけていたのだ。それを利用して、一旦、ティーセと距離を取り、幻影魔術で姿を隠して背後から接近。最後に<拘束弾リストレイントバレッド>を撃ち込むというのがグレアムの作戦だった。そして、その作戦はほぼ完璧に達成できた。


(…………)


 こうして拘束したティーセを見ると、少し懐かしく思う。ディーグアントの巣の中で彼女をロープでグルグル巻きにしたことがずっと昔のことのように思う。まだ一年も経っていないというのに。


 そして、グレアムはあの時と同じようにティーセを眠らせることにした。彼女の頭に手を伸ばしていく……。


 ◇


『……やむを得ん。ティーセ。その命を王国に捧げる時がきた!』


『残る二枚の羽、すべて使って"天撃"を放つのです』


 そんなことをすれば"天撃"は暴発する。アドリアナは砕け散り、そこから溢れ出した光の奔流はグレアムとティーセに直撃することだろう。


「…………」


 ジョセフについての明確な相違。


 それはティーセの心に疑念を波紋のように広げていった。


 本当に彼らの言葉に従ってよいのかと。 


『どうしたティーセ!?』


『何も迷うことはないわ』


 だが、その疑念も彼らの言葉を聞き続けているうちに静まってしまう。


 彼らの言葉こそが唯一無二にして絶対的に正しいのだと感じてしまう。

 

『さあ、詠唱を開始するんだ!』


『王国のために!』


「……東の賢王、西の武王。南に愛染、北に魔導」


 妖精剣アドリアナが輝き始めると同時に、二枚の妖精の羽は先端から薄くなって消えていく――。


 ◇


(まずい!)


 詠唱を始めたティーセを見てグレアムは<スリープ・ミスト>を発動する。


 キィン!


 だが、甲高い音が響いたと思った瞬間、魔術が無効化される。


(状態異常を防ぐ魔道具!? しまった!)


 カッ!!!


 強い光がクサモの遥か上空で輝いた。

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