71 終わる世界 9
話はおよそ十分前に遡る。
「流石はグレアム・バーミリンガー。ティーセ王妹殿下の一撃を受けながらもきっちりやってくれる」
地上進攻部隊の指揮官アマデウス・ラベリ。
クサモの防壁までおよそ200メイルほどの距離。グレアムの<魔術消去>を受けて、ただの巨大なデブリとなったパンゴリン(グレアムが整地ローラーと呼んでいる)の影でそう呟いた。だが、その口調に悔しさは感じられない。
「状況どうか!?」
「あと一分で<重量減>の再付与が完了します。ですが、やはりこの状況下では一つが限界のようです」
アマデウスは必死に魔術をかけている年老いた魔術師を見る。足元には高価なマナポーションの空き瓶が大量に転がっていた。この老魔術師が若い頃、当時の王の命令で土木建築魔術を修めて以来、各地に出向きその魔術を行使してきた。だが、戦場に出たことなど一度としてなく魔物とすら戦ったことはないという。
そんな人間にいきなり敵の弓矢や魔術が飛び交う最前線で魔術を使えという。術師の精神状態が多分に左右するという魔術行使。一つでも再付与できれば上出来とするしかない。
「やむをえまい。コアの搬入はどうなっている?」
「既に完了しております!」
「よし」
パンゴリン――転がって人間や家屋を押しつぶす魔物の名を冠するこの兵器の内部には、コアと呼ばれる魔道具が収められるようになっている。グレアムが王城でガラクタにしてくれた魔道具を流用しているとのことだ。
ラベリ率いる地上進攻部隊の目的は、コアを入れたバンゴリンを賊徒が立て籠もるクサモの防壁直下まで持っていくことである。途中で<魔術消去>を受けることは想定内であった。そのために希少な土木建築魔術師をこんな最前線に引っ張りだした。
そして、コアを最前線に持ってくるために<アポート>を使った。別の場所にある特定の物体を引き寄せる高位魔術である。まさに魔術による攻略戦。騎士のアマデウスとしては複雑な思いを抱かざるをえないが、魔術師がいなければ戦いにすらならなかったことも事実である。
「<重量減>の再付与、完了しました!」
「よし! 進撃を再開する! 奴らに目にものを見せてやれ!」
◇
(こりゃまずいな)
リーは、空中での戦いを見守っていた。グレアムは明らかに押されていた。幸い、敵にティーセ以外の航空戦力はないようだが、このままでは……。
「リー副司令! 敵に動きが!」
「なに?」
こちらの砲火を防ぎ地雷原を突破するための王国軍の秘密兵器ともいえる巨大な整地ローラー。本来、動かすこともできないはずの重量となるはずが、<重量減>によって何とか転がせる重量までに軽減した。だが、それもグレアムの<魔術消去>を受けてただの遮蔽物となったはずである。
それが、一つだけ再び動きだしてこちらに向かってきていたのだ。
ぶわっ!
それを見た瞬間、リーの肌が粟立つ。
「あれを近づけさせるな! ガトリング! オルガン砲! 爆雷矢! なんでもいい! とにかくあれを止めるんだ!」
リーの命令を受けて唯一動いている整地ローラーに集中砲火が浴びせられる。だが、王国兵の身を守るための道具であるはずの整地ローラーを、今度は逆に王国兵達が守っている。あらん限りの盾と魔術の壁を整地ローラーの周囲に展開していた。
だが、そこは地雷原である。一歩踏みこんだ瞬間、足元が爆発し大量の陶器片と錆鉄片が撒き散らされた。踏んだ当人だけでなく周囲の兵士にも大量の死傷者を出す。それでも、王国兵は前進を止めなかった。
(決死隊かよ! くそっ!)
戦団の必死の攻撃にも関わらず、整地ローラーはクサモの防壁直下に達する。すると整地ローラーを運び守ってきた王国兵は弾雨の中、背を見せて逃げ出した。
それを見たリーも団員達に退避命令を出す。
「離れろ! あのローラーから離れるんだ!」
防壁から身を乗り出すようにして魔銃を撃っていた団員の襟首を引っ掴み、後ろに投げ飛ばす。
リーの命令を受け取った団員達は蜘蛛の子を散らすように退避行動を取ったがガトリングを撃っていた団員の動きが鈍い。銃座に固定しているガトリングガンを取り外そうとしているようだった。
「おい! それはいいから――」
ドォォォオオオオン!!!!!
突如、爆音と衝撃波がリーを襲った。
◇
「っ!」
巨大な爆炎が上がったのを見て、グレアムは息を飲んだ。
「被害状況知らせ!」
『――!? マイレンが! マイレンがやられました!』
ブロランカ島ニの村からの仲間である。
「ヒールポーションをありったけぶっかけろ! 生きてさえいれば俺が完璧に治してやる!」
『…………頭が半分、ふっとんでいます』
「くそっ! "春嵐"作戦を開始する! 各員――」
『ダメだ』
激昂するグレアムの言葉を何者かが遮る。
「!? リーか!? 無事か!?」
『ああ。頭に血が上るのは分かるがな。作戦の発動はまだ待て』
「しかし――」
王国軍が起こした爆発はクサモの防壁を破壊していた。土砂を積み上げて厚くしていたおかげで、完全崩壊はせず高さは保ったままであったが、傾斜がついて敵が登れるようになってしまっている。そして、大量の王国兵が整地ローラーで無力化した地雷原を通ってこちらにやってきていた。
クサモの内部に進攻している地下部隊もすぐに地上に上がってくるだろう。そうなれば、防壁上の団員達は前後から挟撃される。
『なに、こんなもん俺に言わせりゃピンチのうちにも入らねぇよ。この作戦は一度だけだ。タイミングが重要。そう言ったのはおまえだろう』
「…………」
『これ以上の犠牲が出ることを心配しているなら心得違いだ。ここに残った連中はそれぐらいの覚悟はとっくにしている。俺から見ればまだまだヒヨッコだが、こいつら既に立派な戦士だぜ』
グレアムの懸念をズバリ言い当てられる。そして、リーの言葉の正しさを証明するかのように、団員達は這い上がってくる王国兵を迎え撃つ準備に奔走していた。
「……任せていいか?」
『ああ。それよりもお前さんはお姫様を何とかしな』
光で灼かれていたティーセの視界が回復したのだろう。こちらに昇ってくる姿があった。
◇
『頼む』
それを最後にグレアムからの通信が途絶する。彼らの未来を暗示するかのように遥か上空に駆け上がっていくその姿を見上げながらリーは息を吐いた。
「やれやれ。ちょっと格好つけすぎたかね」
「おい、まだ動くな! ポーションで傷は塞がっても失った血は戻らないんだぞ!」
リーを支えていたミストリアが叫ぶ。リーの右半身は血に塗れていた。爆発の際に飛んできた破片で深刻な傷を負っていたのだ。
「そういうわけにもいかねぇだろ」
青白い顔で言うリー。
本音を言えば眠りこけていたいが、このまま王国軍に制圧されればリーの命はない。リーの首にも懸賞金がかけられている。
こうなる前に聖国や帝国に逃げればよかったのだろう。その機会は何度もあった。それでも戦団に留まり続けたのは、グレアムがどこまでいけるのか見届けたくなったからだ。もはや、ヒューストームからの頼まれごとなど関係なくなっていた。
「戦力を南と東の稜堡と防壁に集めろ。土嚢を積んで、ガトリングとオルガン砲を内向けに再設置するんだ」
「あの整地ローラーはどうする? もう一度、同じ攻撃があったら戦力を集中させていると被害が大きくなるぞ」
リーは動かない整地ローラー群を見やった。【危機感知】に反応はない。王国兵が攻めよせている状況で使うとは思えない。業を煮やした王国軍上層部が犠牲を厭わず使ってくる可能性もあるが、その前にあれを投入してくる可能性のほうが高いだろう。
「さっさと投入してくれれば助かるんだがなあ。まぁ、そのためにももうちょっと踏ん張るしかねえか」