6 王国首脳会議1
ーー 七年前、王国王宮某所 ーー
「と、このように二百年前より魔物被害の増加が始まり、今なお右肩上がりとなっておる」
王国次席宮廷魔術師のヒューストームは、横軸が年数、縦軸が被害報告件数となる折れ線グラフを空中に投影した。
「一方で、食料生産は反比例するように低下しておる」
同じグラフ図に右肩下がりの折れ線を重ねて浮かべる。
「この図からわかるように魔物被害の増加と食料生産の低下には相関関係がある。つまり、いくら農民を絞ったところで、魔物が畑を荒らすのを止めない限りはどうしようもないということじゃ。まさに無い袖は振れぬじゃな」
「ヒューストーム殿、他の国の状況はどうなっているのだ?」
王国軍元帥の地位を預かるレイナルドはそう質問した。
「王国とそう変わらん、そう言いたいところじゃがな。帝国と聖国ではそれぞれ独自にこの問題に取り組み、近年では食料生産率に改善の兆しが見られる」
ヒューストームの発言に会議場がにわかに騒がしくなる。
この大陸にある三大国で唯一王国のみが遅れをとっているという事実は王国首脳部に衝撃を与えた。
「帝国と聖国の取り組みとは具体的にどのようなものなのだ?」
続いて王国宰相コーが質問する。
「まず帝国では被支配民を使った魔物の大規模かつ徹底的な駆除。自然発生する魔物の場合、その発生周期を調査し、発生後の効率的な駆除を可能にしている」
「奴隷を多く抱える帝国ならではの方法ですな。王国ではとても無理でしょう」
コーの発言にあちこちからため息やうなり声が聞こえる。王国が帝国と同じように大規模かつ徹底的に魔物を駆除するには傭兵団を使うしかないが、その財源がなかった。
「しかし、魔物の発生周期、ですか? そんなもの調査できるものなのですか?」
王国八星騎士の一人、双剣のアシュターが質問した。
「統計学というらしい。ランダムと思える事象を観察し、そこに規則性を見い出す。多数の被支配民を抱える帝国で、被支配民の人口を調査するために発達した学問じゃ」
「帝国はそんなものまで」
再び会議場は騒がしくなる。帝国との差に危機感を強めたのだ。
「では聖国ではどうしているのだ?」
宰相コーの質問に、ヒューストームは答える。
「広範囲な魔物避けの結界の開発に成功した。すべての魔物に効果があるとは言えんが、オークより下、つまり、そこそこの強さで数が多い魔物はシャットアウトできる」
「えてして、そういう魔物の方が農村への被害が多いのです」
王国八星騎士にして、ヒューストームの補佐と護衛のために各国をめぐっていたオーソンが補足する。
「我等が王国での結界開発はどのようになっているのだ? シャーダルク殿」
王国軍元帥レイナルドは、魔術開発にすべての責を負う首席宮廷魔術師シャーダルクに質問する。
「やらせてはいる。だが、これといった成果はまだ出ていない」
口髭に黒髪の男は平坦な声でそう答えた。
それに対しあちこちから非難の声があがる。
シャーダルク率いる王国魔術師団は大陸最強を謳っている。
そして、そうであるために魔術の研鑽と開発に莫大な予算を割り当てているのだ。
であるのに聖国に遅れをとっては非難が出るのは当然であった。
だが、シャーダルクにとって、その非難はいささか不本意だった。
シャーダルクの魔術研鑽と開発は攻撃に重きを置いている。そして、成果も出している。
聖国の結界はいわば守りの魔術。
シャーダルクの流儀に反する分野だ。そのような地味な魔術は、本来ヒューストームの仕事であり、自分が非難される謂れはないというのがシャーダルクの思いだった。
もっとも、ヒューストームを嫌い、食料生産率の低下に関する調査という名目で他国に追い払ったのは、他ならぬシャーダルクであったのだが。