67 終わる世界 7
クサモを要塞化するにあたり、グレアムはまずクサモの外周百メイルに渡って外堀を掘った。その深さ二メイル。これだけで攻撃側にとってクサモの防壁三メイルは五メイルの高さになる。
だが、地球の歴史では火力の向上に伴い、城壁は高さよりも厚さが重視されるようになる。鉄の砲弾が石とモルタルの城壁を容易く破壊するからだ。それを知っていたグレアムはクサモ周辺を掘った土をクサモに運び入れて防壁の内側に積み上げる。これによって厚さニメイルほどだった防壁は十五メイルに拡張する。
さらにグレアムは東西南北七ヶ所に稜堡を築く。北海道の五稜郭やポルトガルのエルヴァスのような星型要塞とすることが目的である。稜堡にガトリングガンやオルガン砲を配置することで他の稜堡との連携で十字砲火を可能とする。
稜堡建築の資材は主にクサモの町の建築物から流用した。長年放置されていた上に、グレアムが地面に埋没させたことが止めとなって木材はほぼ使い物にならなかったが石材は無事だった。それを掘り起こしたのだ。
もちろん、これらの重労働は毒スライムに寄生されたディーグアントとアーク・スパイダー、デス・キャンサーが九割以上担った。(比喩ではなく)疲れ知らずの魔物がいなくてはグレアムは外堀さえ掘れなかっただろう。
さらにトーチカの建設や鉄条網の敷設を企画したが、それは断念する。間に合わないと判断したからだ。代わりにディーグアントが掘った幅百メイルの堀に地雷を埋め、防壁上の胸壁を補修した。王国軍が襲来したのは、その作業がほぼ終わった直後のことである。
◇
『何か妙なものが出てきたぞ』
ジャックスからの報告にグレアムは南の防壁上に急行した。
それは巨大な円柱だった。目算したところ直径三メイル、高さ五メイルほどだろうか。それを横倒しにして、円の中心から鉄の棒が円柱を跨ぐように反対の円の中心に伸びている。
(整地ローラー?)
グラウンドの整備などに使うあれである。形はそっくりだがサイズが違いすぎる整地ローラーもどきが五〇ほど綺麗に横に並んで、まさに地面を均しながらクサモに向かってきていた。
シュパパパパパパパパパパパパパパパ!
稜堡に配置したガトリングガンがその整地ローラーに向かって火を吹く。<炎弾>が円柱の表面に着弾するが、それだけだった。整地ローラーは止まらない。おそらくは円筒形の鉄板の内側に塗り固めた土か砂でも詰めているのだろう。
(だが、重量的には数十トンになるはずだ。どうやって動かしているんだ?)
大の男数人が押したところでビクともすると思えない。そこまで考えて、ある思いつきに掌を拳で打った。
(<重量減>か!)
文字通り重量を軽減する魔術である。もしかすると、あの整地ローラーに<破壊不可>もかけられているかもしれない。だとすれば<炎弾>で整地ローラーを破壊するのは難しいだろう。
これらの魔術は土木建築魔術として王家が管理し、その研究と所持は厳しく禁じられている。王国の次席宮廷魔術師であったヒューストームさえ所持していない。命の危険があったからだ。そのため、治癒魔術以外のほとんどの魔術をヒューストームから授けられたグレアムは土木建築魔術を使えない。
王国はそのアドバンテージを最大限に生かしてきたのだ。ならば――
「あのローラーが堀に落ちた瞬間を狙え。あのローラーを後ろから押している連中が露出する。そいつらを狙うんだ」
射手達から『了解』の返事が届く。
(…………)
戦場に一時の静寂が訪れる。
整地ローラー部隊が堀に達するまである程度、時間がかかる。その間にグレアムはこの敵のことを考えた。この軍の指揮官はマデリーネの父親だという。
地球の歴史ではライフル銃やマキシム機関銃の登場によって銃の殺傷力が著しく上がっても、それらを配置する陣地を攻略しようとする攻撃側指揮官は歩兵を生身で突撃させる戦術を続けたという。技術の進化に指揮官がアップデートできなかったのだ。
それに比べればアリオン=ヘイデンスタムの何と優秀なことか。ガトリングガンとオルガン砲の脅威に見抜き、あのような盾まで容易してきた。あれがなければ、一万五千が一斉に突撃したところでガトリングガンとオルガン砲だけで殲滅できたことだろう。
アリオン=ヘイデンスタム。やはり、生かしておくには危険すぎる相手だった。
(すまないな。マデリーネ)
知り合いの少女の父親を殺すのは、これで二度めだ。いや、レナの父親のトレバーもグレアムが社会的に殺したようなものである。それも含めれば三度だ。
(いったい何の因果だ?)
そんな益体もないことを漠然と考えつつ、グレアムは時を待った。
◇
「敵の銃撃は止んだようだな」
「はい。危ないところでした。このまま銃撃を受け続ければ、半分以上、破壊されたやもしれません」
グレアムが懸念していた<破壊不可>の魔術は整地ローラーにかけられていない。<破壊不可>をかけられた物体は移動ができなくなるからだ。そうでなくては、最強の盾や鎧が簡単にできあがる。だが、グレアムはそれを知らないようだった。
ヒューストームならばその事実を指摘できただろうが、蟻喰いの戦団が逃避行を始めてから、まともに彼の姿を見たものはいない。おそらく何らかのトラブルが彼の身に起きたのだろうと王国軍は推察していた。
結局、整地ローラーにかけられた魔術は<重量減>だけで、それでも【怪力】系のスキル持ちや幻獣・大型動物を使役しなくては押し動かすことができない。
グレアムは破壊できるか分からない整地ローラーよりも、押し手を狙ってくるとアリオンは読んだのだ。そして、その読みは外れていなかった。
◇
「くそ! 読まれていたか!」
整地ローラーがズドン!と重い地響きを立てて堀に落ちた瞬間、ガトリングガンとオルガン砲、さらに魔銃の一斉射が開始された。
天空から落ちる雨だれのように<炎弾>が王国軍に殺到する。だが、それらは<魔壁>とミスリルやアダマンタイトの盾によって、ほとんどが防がれる。
『団長!?』
「かまわん! 撃ちまくれ! 敵をローラーに取り付かせるな!」
射手達に指示を飛ばすグレアム。魔術の防壁も希少金属の盾も銃弾を受け続ければ消耗する。だが、敵もさるもので、素早く堀に下りると円柱の影に隠れた。そして、再度前進を開始する。
ドォン!
一つの整地ローラーの真下で爆発が起きる。整地ローラーの圧力を感知したエスケープスライムの"皮"が魔術を起動したのだ。だが、その地雷の効果は、ローラーをわずかに浮き上がらせただけだった。
ドォン! ドォン! ドォン!
そうして、五〇の整地ローラーが地雷を踏み潰しながら前進してくる。
(…………。進んでくる兵の数は多くはない。ローラーの影に隠れられるという制限があるからな。だが、これ以上、進ませるのは危険か)
ローラーの影に魔術師がいることは先程、露見した。魔術師の<火球>や<爆砕>は、いわばこの世界の砲弾である。防壁をいかに厚くしたとはいえ、脅威には違いない。
(魔術の有効射程に入る前に足を止める)
そう決意したグレアムは<魔術消去>を使うことにした。整地ローラーにかかっている<重量減>を消すのだ。そうすれば、あの整地ローラー部隊は動けなくなる。
スライム・ネットワークにアクセスする。グレアムの命令を受けたスライムが魔術行使に必要な演算処理を数万に分割して一体一体のスライムが処理する。その結果を統合して再びグレアムに集めた。
その間、わずか五秒。
今、まさに魔術を放とうとした瞬間――
『グレアム!!!』『上だ!!!』
リーとミストリアの鬼気迫る警告が脳内に響き渡り――
シュパァァァァァァァァア!!!!!
光の奔流がグレアムを襲った。