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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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66 終わる世界 6

「いまだ動きなしか」


 クサモ防衛副司令官リーは防御塔から王国軍を見て、そう呟いた。


 一万五千の王国軍がクサモ近郊に到着したのが五日前の夕方のことである。夕陽を背に整然と進行してくる王国軍に、この軍は強いと直感した。


 だが、王国軍はすぐに攻撃を開始することなく、魔道具で伸長させた魔銃の射程距離ギリギリの場所に陣を張ったまま、今日まで動きを見せることはなかった。


「むう。敵は兵糧攻めでもする気か?」


 腕を組んで苛ついたように口にする狼獣人のミストリア。


 彼女の心配をグレアムは言下に否定した。


「それはない」


 リーもそれは分かる。理由は二つ。


 第三王子派と第五王子派に分かれて内戦中の王国に長々と攻城戦をやるだけの財力がないのが一つ。もう一つはディーグアントと亜空間収納を擁する蟻喰いの戦団に兵糧攻めは無意味だからだ。トンネルを掘ってクサモから脱出し、亜空間に大量の食糧を収めて帰還すれば何十年でも持ちこたえられる。


 王国軍もそれが分かっているのだろう。その証拠に兵糧攻めをするには包囲が甘い。というか、クサモの北部は王国軍がほとんど展開していない。


「力攻めで来ているのは間違いない。敵は動いていないように見えているだけで既に進攻を始めている」


 そう断言するグレアム。彼がそう言うのならばそうなのだろう。グレアムは常に敵軍の動きをほぼ正確に把握しており、奇襲を受ける心配がなくて楽だった。おかげでリーの【危機感知】スキルはすっかり麻雀専用スキルになってしまったが。


 おまけにグレアムは敵の内情まで把握している。二人の王子が王位継承を巡って争っているという噂ぐらいはリーも商人から聞き及んでいるが、王都で疫病が蔓延しているとか、第三王子派が優勢とかいう最新情報までグレアムは手に入れていた。


「前から聞きたかったんだが、どこからそんな情報拾ってくるんだ?」


「む? 敵の話を聞いているのだろう?」


 ミストリアが何を当たり前のことをと言わんばかりだった。リーとミストリアが今も耳につけている通信器が実はスライムだと明かされたのはベイセルの軍を破った後のことである。これによって、グレアムはナッシュの裏切りを知り、それを逆に利用して王国軍を罠に嵌めたのだという。


 ちなみに獣人は人間と同じように頭部側面に耳を持つ他に、頭の上にもう一対の耳を持つ者がいる。仲間との会話には頭部側面の耳を使い、頭の上の耳は人間には聞き取れない音を拾うのだという。真偽は分からないが、獣人がいる傭兵団に奇襲や夜襲の類が通じないことが多いのは事実だった。


「お前の耳でも何百キロも離れた敵の声は聞こえんだろうに。奴らもバカじゃない。スライム避けの香料を焚いて、盗聴対策ぐらいしてる」


「私も前から疑問に思っていたが、そのスライム避けの香料とは何なのだ? スライムに鼻などないだろう?」


 ミストリアの素朴な疑問にグレアムは少し考える素振りをした。


「……鼻どころか口もないし呼吸もしてない。言われてみれば不思議だな」


 いや、お前が分からんなら誰にも分からんだろうに。


「だけど、スライムがスライム避けの香料を嫌うのは事実なのだろう?」


「まあ、近づかなくなるのは間違いない。我慢強いロックスライムなら命令すればある程度、大丈夫だが長くは無理だな」


 スライム避けの香料とはスライムにとって生理的嫌悪感をもたらすようなものなのではないかというのがグレアムの推察だった。


「スライム避けの香料を原料から研究してみたいんだが、スライムたちが思念波で悲しみを訴えてくるんで、それもできなくてな」


 大好きな(グレアム)に近づけなくなるのが嫌なのだろう。スライムといえど、これだけ慕われていれば羨ましくも思う。俺も使役系スキルが欲しかったなと、益体もないことを思ってしまった。


「それではどうやって敵の情報を得て――」


 言葉の途中でミストリアが頭痛を感じたように、その綺麗な顔を歪めた。


「どうした?」


「…………バンシーが鳴いた」


 ミストリアが短くそう告げる。


 その意味は一つだった。


「敵が来たぞ」 


 ◇


 グレート・アードバーク。


 頭部が細長く大きい耳と長い鼻を持つ巨大な幻獣である。


 グレート・アードバークの特徴はその掘削能力である。スプーン状になっている前足の四つの指で土砂を砕き、大の男三人が並んで通れる穴を一メイル掘るのに五分とかからない。


 土木建築用に王家が管理していた幻獣の一体だが、アリオン=ヘイデンスタムは内戦のどさくさに紛れ、この幻獣とその使役者を手に入れていたのだ。


 蟻喰いの戦団に地下から進攻しようとしていることを悟られぬように<サイレンス>の魔術を駆使しての掘削であったため予定以上に時間がかかったが、今、王国軍の部隊はクサモの防壁まであと二十メイルといった地点まで進んでいた。


『そこの三人、付いてこい!』


 地下進攻部隊の隊長は手振りで部下にそう命じた。


 防壁の内側まで掘り進めクサモに侵入。夜を待って一気に制圧が王国軍の作戦である。だが、途中でグレート・アードバークの使役者から予想外の空洞に行き当たってしまったと報告を受け、その確認のため部隊を残し前に出ることにした。


(なんだ?)


 グレート・アードバークが掘り進めた穴より二周りほど広い空洞が左右に伸びている。その先で何かが動いたような気がした。


 魔道具の灯りをかざして正体を確かめようとする隊長。


 赤い肌を持った巨体に大きな角を頭に生やした異形が光に晒された。


(!? オーガ!!)


 叫びを上げようとする自らの口を咄嗟に抑える。


(眠っているのか?)


 オーガはかなり強い部類の魔物だ。魔術師の援護なくては兵士五人でも退治は厳しい。下手に起こせばかなりの被害が出る。幸いにも魔術師がかけてくれた<サイレンス>のおかげで気づかれずにすんだようだ。


 隊長は手振りで部下達にオーガを囲むように命じる。一斉に剣と槍を突き立てて処分するつもりだった。


(……?)


 部下が前に出ようとしない。不審に思い振り返れば、見たこともない生き物が三体。


 人間の下半身に、ヌメリと光る細長い筒のようなものが天井まで伸びている。


(! 違う! これは!?)


 レッサー・ヒュドラ!


 三つの首を持った巨大な蛇の魔物!


 それが部下三人を頭から丸呑みにしているのだ!


(こいつ!)


 部下を助けようと果敢に剣を振るう隊長。だが、レッサー・ヒュドラは剣が届く前に天井に開いた闇の奥へと遠ざかっていく。部下を呑み込んだまま。


(くそ!)


 追おうにも縦穴を登る手段がない。仕方なく部隊のもとに戻ろうとした隊長の前に新たな敵が現れる。ヒタヒタと足音を立てて姿を見せたのは青白い肌に黒目の女だった。


(こいつは!? 鳴き女(バンシー)! まずい!)


 オーガのような怪力もレッサー・ヒュドラのような狡猾さもない。だが、至近距離で聞いた相手を昏倒させてしまうその鳴き声は、あらゆる魔術の防御を無効化してしまう。<魔盾(マジックシールド)>も<魔壁(マジックウォール)>も、そして<サイレンス>さえも。


「―――――――――――――!!!!!!!」


 脳を揺さぶられるような高音。洞窟の壁と天井に反響した音が洪水のように隊長を襲う。


「がぁ! はぁ!」


 目の前の空間が歪んで見える。咄嗟に耳を塞いだおかげか、気を失うことはだけは避けられたが閉鎖空間での音響攻撃に息も絶え絶えだった。


 そんな中、魔道具の光に照らされたバンシーが近づいてくるのが見える。


「くっ! この!」


 気力を振り絞り、バンシーの喉めがけて剣を突き出す。


「――――!?」


 喉を貫かれたバンシーは一撃で倒れた。


「はぁはぁ。……く、クサモの地下は魔物の巣窟になって――」


 パキャ!


 言葉を最後まで発することはできなかった。目を覚ましたオーガが隊長の頭を握り潰したからだ。さらなる獲物を求めてオーガが光ある方向に歩きだす。そこは王国軍が開けた穴が広がっていた。さらにオーガの背後の暗闇には、バンシーの鳴き声で呼び寄せられた魔物が集まりつつある。


 王国軍と魔物の凄惨な戦いの火蓋が切られた。


 ◇


「地下からの進攻は読まれていたか」


 アリオン=ヘイデンスタムは苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。


 捕まえた魔物を地下に掘った洞窟に閉じ込めたのだろう。寿命がなく餓死することもない魔物は最良の防衛装置となる。


「地下の部隊を撤退させますか?」


「いや、既に地獄の釜の蓋を開けてしまった。倒さねば魔物どもは王国軍に襲いかかるだろう。地下の部隊にはそのまま魔物どもの対処をさせろ」


「蟻喰いの戦団は連動して打って出てくるでしょうか?」


「そんなことはさせん。地上部隊を動かす」


 王国軍と蟻喰いの戦団の長い一日が始まった。

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