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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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62 終わる世界 2

 薬裡衆


 その前身は古代魔国の民が竜大陸から追い落とされる以前よりもこの大陸に土着していたダルス一族である。


 当時の人類大陸は小規模な勢力が各地に点在し群雄割拠していた時代である。魔物の発生も今よりもずっと少なかったという。


 一度は古代魔国によって統一を果たされるが、その崩壊によって再び群雄割拠の時代に戻る。ダルス一族もまた例に漏れず近隣の小国や土豪と血で血を洗う戦いの日々を送っていたが、やがて東より興ったアルジニア王国によって次々と近隣勢力は併呑されていく。


 物量でくる王国に対し、正面から打ち破ることは不可能と判断した当時のダルス一族は遊撃戦で対抗する。予め攻撃する敵を定めず、戦線外において小規模な部隊を運用して、臨機応変に奇襲、待ち伏せ、施設破壊といった攪乱や攻撃を行うのである。これによりダルス一族は王国の侵攻が始まってからも十年以上独立を保ち続ける。だが、それもダイク=レイナルドが戦場に現れるまでのことであった。


 ダイク=レイナルドは各地にあるダルス一族の攻撃拠点を次々と見つけ出し、一族の者達を捕縛していく。ダルスの隠れ里さえも、どうやってか見つけ出し大軍で包囲された一族はとうとう降伏を余儀なくされた。


 王国に抵抗を続けた一族の運命は決まっている。王国からの追放、行き先は人類大陸と竜大陸を結ぶアッシェント大地峡帯である。そこで人類大陸へ侵入しようとするドラゴンどもへの肉壁となるのだ。


 そんなダルス一族を救ったのが他ならぬダイク=レイナルドであった。ダイクはダルス一族の戦いぶりに着目し、一族を丸ごとレイナルドで抱え込んだのだ。それが今日の薬裡衆の始まりである。


 騎子爵こそ与えられなかったが現薬裡衆の頭領リンド老の父はダイクによく仕え、ダイクも父を信頼していたという。レイナルドと薬裡衆の関係は決して悪いものではなかったのである。ダイクは子供好きで幼いリンドをよく可愛がってくれた。


 薬裡衆が道具として扱われ始めたのはダイクの子エイクの代からである。


「その切っ掛けとなった事件のことを話す前に、"外子"についてご説明する必要があります」


 薬裡衆の多くはダルス一族の人間で構成されている。だが、しばしば奴隷商などから子供を買って育てることもある。


「エルフの国に人間が間諜として潜り込むには無理がありましょう」


 無論、下請けとして現地の人間を雇うこともあるが、信用の問題が付き纏う。そこで現地の人種と同じ子供を買い、里で間諜として育てるのだ。リナと名付けられた少女もそんな中の一人であった。


 金髪に白い肌と青い眼は帝国の人間に多く見られる身体的特徴である。その特徴を持つリナは帝国のとある重鎮への間諜を目的として育てられる。帝国もまだ防諜に力を入れていなかった時代である。一通りの訓練と教育を終え、いざ帝国に送り込もうとした際に問題が起きた。


「エイク様がリナに一目惚れしたのです」


 リナの帝国潜入は無期限延期となる。


「エイク様はそれはそれはリナを大事にしていたそうです」


 当時のリンド老は頭領の座を受け継いだばかりで里で地盤固めに奔走していたという。そのため事件のあらましは伝聞でしか聞いていない。


 当時、王都で薬裡衆の仕事を指揮していたのはジオというダルス一族の中でも高位の男であった。ジオはリナが気にいらなかった。リオは里で育ったとはいえ買われてきた人間"外子"である。そんな彼女が一族の者を差し置いて当主の寵愛を受けている。ジオが自分の娘をエイクの側室にしようと画策していたが、当のエイクはリナに夢中で見向きもしなかったのだ。


「所詮、奴は主の道具。道具にそのように心を配るのはいかがなものでしょうか」


 ジオが苦言を呈すが、エイクが聞き入れることはなかった。


 ある時、ジオはエイク不在の折に、リナにある貴族の館から重要文書を盗み出す密命を下す。レイナルドのために生きることを教育されていたリナは命令に従い、貴族の館に潜入して――、連絡が途絶えた。


 帰還したエイクはその貴族の館に乗り込もうとするが、配下の騎士達に全力で止められる。そこは王家に縁の深い家であり、いかにレイナルドであろうとも無体はできなかったのだ。


 エイクはただリナの無事を祈り眠れぬ日々を過ごす。


 そして、数日後――


 貴族の家の門前に、若い女性が晒される。その遺体にはおおよそ考えられる限りの拷問を受けたのが一目で分かる有様だったという。青い眼はくり抜かれ白い肌は無残に焼けただれ、金色の髪だけが唯一、リナの面影を残していたという。


「それからなのね。あなたたちがただの道具として扱われはじめたのは」


 王国元帥アイク=レイナルドの妻アイーシャは揺れる馬車の中で物憂げに訊いた。


「ええ。『道具として扱われることが望みならそうしてやろう』と。我らは主の怒りが解けるのをただ待つしかなかったのです」


 ところがエイクの怒りはいっこうに解ける様子を見せず、それどころかエイクの子供達であるアイクとオリハにまで徹底させる始末であった。


 リンド老には夢があった。


 歴史の表舞台から消えたことになっているダルス一族に再び脚光を浴びせる。それにはレイナルドの騎士となり、リンド=ダルスとして爵位を得る。しかし、それもジオの愚かな企みにより露と消えてしまった。齢百に届こうとしていて、なお、夢を諦めきれぬリンド老は賭けに出た。王城に単身潜入し、『暗部』の妨害をものともせずにジョセフを殺し、二度も王国軍を撃退せしめたマイクに賭けることにしたのだ。


「だから、私の行動をあえて見逃したのね」


「はい。オリハ様に命じられマイク様に送った暗殺者も二流の下請けばかり。それどころか王家の『暗部』が送った暗殺者にいたってはこちらで処理いたしました。さすがにオリハ様の目を誤魔化すのも厳しくなってきましたので……」


 マイク出産の際、アイーシャは一時、命の危機にあったという。そうまでして産んだ愛しいマイクを失う原因となったオリハをアイーシャは刺殺した。その際、夫であるアイクも毒殺した。その理由は許せなかったからだ。


 アイクは息子の栄達を助けるどころか、軍を率い潰そうとしていた。しかも、こともあろうにそれを楽しみにしていたフシすらあったのだ。妻として夫を愛していたが、母として見過ごすことはできなった。


 男親のそういうところは理解できなくもないが、母親のアイーシャには到底、理解できぬであろうなとリンド老は思う。そして、それを見越してリンド老はアイクとマイクのことを伝えた。アイーシャの精神を病んだ演技をリンド老は見抜いていたのだ。そして、十年以上も周囲を騙し続けるアイーシャの執念とその根源となった情の深さを。


 情の深い女は気性も激しい。リンド老はアイクを逆恨みする竜信仰者(ドラゴニスト)を排除する手を緩め、アイーシャと接触する機会を与えた。そうして彼女は毒無効の魔術に対応していない毒薬を手に入れる。


「すべてはあなたの手のひらの上というわけね。いい気分ではないけど、いい暇つぶしになったわ。ありがとう。マイクに再会したらよく伝えておくわね。あなたの裏切り行為を」


 リンド老がレイナルドを裏切っていたことは覆しようがない事実である。レイナルドの自業自得の面もあるとはいえ、薬裡衆のサボタージュがレイナルドの崩壊を招いたのだ。


 だが、リンド老は痛痒も焦りも感じていない。


「奥様。なぜ、私がこのことをお話したとお思いで?」


「…………」


「ダイクの血とは恐ろしいものですな。私の知る限り、彼の系譜に非凡な者は一人としておりませんでした。エイク様は件の貴族に見事に復讐を果たされ、アイク様は戦の天才と謳われるほどに成長なされた。甥のサザン様も文武両道の傑物。その中でも奥様のご子息はもはや人外の化け物といえましょう。そんなお人にお仕えするには、私めも色々と覚悟が必要なのですよ」


 二人だけの馬車の中でリンド老は静かに笑った。

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