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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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60 副官マデリーネ

 グレアムの朝は早い。


 陽も昇らぬうちから起き出してジョギングを始める。クサモを囲む防壁に沿って一時間ほど走るのだ。


「無理に付き合わなくてもいいんだぞ。これは俺のプライベートだから」


「いえ。付き合わせてください」


 そう言うのは本日付けでグレアムの副官となったマデリーネだ。スヴァンとペル=エーリンクからの強い推薦があった。有能な二人からの推薦、断る理由もないのでそのまま任命することにした。


「じゃあ、苦しくなったら休んでろ」


 女だからとマデリーネの体力をバカにしているわけではない。途中からは身体強化の魔術を使うのでグレアムのスピードについて来れないと思ったからだ。案の定、魔術を使い始めた頃から距離が開き始める。


「はぁ、はぁ、はぁ」


「ほら」


 一時間後、汗びっしょりで座り込んでいるマデリーネにタオルをかけてやる。体を冷やすのはよくない。


「あ、ありがとうございます」


「意外と体力があるな」


「し、神殿で、修行したことがありますので」


「ほう。親が神職か何かなのか?」


「……貧しい家の者は神殿へお布施することはできません。その代わり子供を一定期間、神殿に奉公に出すのです」


 神殿は人生の節目節目になくてはならない重要な役割を果たす。赤子の誕生や男女の結婚には祝福を、冥府への送別には安息の祈りを捧げる。その際に信徒はお布施するのだが金品で喜捨することができぬ家は労働力を提供するのだ。


「子供を? あまり労働力になるとは思えないが」


「ええ。ですから、実態は神殿の慈善事業ですね。冬の間だけでも神殿で預かってもらえば口減らしになりますから。ですが、神殿にもメリットはあるのですよ。有能な子供がいれば、そのまま神殿で神官として育てたりします」


「青田買いか。修行は有能な子供を見つけるふるい分けのためか?」


「ええ。他にも貴族の子弟が精神的修養を目的として預けられることもありますが」


「なるほど」


 グレアムはムルマンスクの孤児院で育ったが、神殿に奉仕に出たことはない。他の子供もそうだったように思う。孤児院長のトレバーがギャンブルに狂うまでは神殿に預ける必要がないくらいには経営はうまくいっていたのだろう。


「では、神官の多くは貧しい家の出だが有能なエリートというわけか」


 グレアムが神官に直接会った回数は少ない。王国航空部隊とベイセル軍を壊滅させた後、その慰霊のために近隣の神官を呼び寄せた際の二回とオーソンとアリダの結婚、そしてアムシャール村の妊婦のためのそれぞれ一回である。いずれも違う人物だったが、誰も彼も温厚で知的な印象をグレアムに与えた。王国に反抗する蟻喰いの戦団のことは勿論彼らは知っていたが、マーナ教徒であることに変わりないと言って、祈りも祝福も与えてくれたのだ。


「そうですね。神官が所帯を持つことは禁じられていないので、親が神官だったから神官になるというケースもあります。ですが、神殿の要職は王侯貴族の子弟に独占されています」


 師匠のヒューストームから聞いたことがある。今の神殿上層部は王家の息のかかった者達に乗っ取られているという。そして、王家に反抗的な貴族の領地には神官を送らないという嫌がらせをする。


 神官がいなくては冠婚葬祭が執り行えない。その不満は神殿や王家ではなく、税を取る領主に向けられる。安くない税を払っているのだ、しっかりやれという憤りを領民は領主に抱く。領主が絶対的な権力を握る封建社会でも健全な領土経営には領民の協力が不可欠なのだ。


「ベイセルのやつが近隣領主を味方につけようと画策しているようだが、その問題がある限りまず無理だろうな」


「……ええ。そうですね。……くしゅん!」


 マデリーネの含みのある沈黙が少し気になったが寒空の中、いつまでも話し込むものではない。


「明日も参加する気があるなら適当なところで切り上げて着替えを準備してくれ」


 そう頼んだのは寒空で待たせないためのグレアムなりの気遣いだった。


「はい」


 それを察したのかマデリーネは軽く微笑んでグレアムに答えた。


 ◇


 身体強化魔術の訓練を兼ねたジョギングの後は朝食である。グレアムはいつも夜勤組のリーダーから報告を聞きながら執務室で摂る。


「野菜と肉を多めに。飲み物は薄めたブドウ酒よりもミルクで頼む」


 朝食はビュッフェ形式だ。食堂に準備されているので、いつもなら食堂で適当に摂ってから執務室に向かう。今日はそのまま執務室に向かい、朝食はマデリーネに持ってきてもらうことにした。


「昨夜も瘴気発生なしか……」


 これで五日連続である。最低でも三日に一度はどこかで瘴気が発生していたのに、これだけ長い間、瘴気が発生しなかったのは珍しい。まぁ、そういうこともあるかと特に気にしないことにした。何せ瘴気について分かっていることは殆どないのだ。


 帝国の諜報員であるドッガーの話では帝国では瘴気の研究も盛んに行わているようだが、解明にはほど遠いとのことだ。帝国の人材と時間も豊富にかけてその状態ならグレアムの素人研究で分かることなどたかが知れている。


「ん? どうした、マデリーネ?」


 リクエスト通りの食材を山盛りにしたプレートを手に持つマデリーネの様子がおかしかった。視線をあちこちに彷徨わせ狼狽したような表情をしている。


「い、いえ。そのう、やはり魔物が出ないと困るのでしょうか?」


「アーク・スパイダーとデス・キャンサーは必要数揃ったから困るほどではないかな」


「そ、そうですか。それはよかったです」


「?」


「団長」


 グレアムがマデリーネの言動を不思議に思っていると夜勤組リーダーが退出してよいか聞いてくる。


「ああ、すまない。ゆっくり休んでくれ」


 夜勤組リーダーが退出するとグレアムは食事を取りながら書類のチェックを行う。行儀はよろしくないが本日も仕事が山積みである。グレアムの個人スペースである執務室でしかしないので勘弁してほしい。


 未決ボックスから承認ボックス、もしくは差戻しボックスに書類を振り分けていく。そうして、あらかた片付いた頃にスヴァンが出勤してきた。


「おはようございます、団長、せ、……マデリーネさ、ん」


「ああ。おはよう」


「おはようございます」


「マデリーネさんは今日からでしたね。本日の予定は十一時から商業ギルド連合との会合が入っています」


「亜空間収納を売ってくれというやつか。こりないな、連中も」


「あれがあれば流通革命を起こせますからね。諦めきれんのでしょう」


「何と言われようと売る気はない」


「では欠席しますか?」


「そういうわけにもいかないだろ。いろいろ資材を都合つけてもらっている手前な。それに――」


 実はごく短期間のレンタルならば妥協してもいいと思っている。もちろんスライムを大切に扱うことが大前提だ。そうすることでグレアムにも、もちろんメリットがある。莫大なレンタル料もそうだが、グレアムの支配下にあるスライムを大陸中にばら撒くことができる。


 何百キロも届く電波と違い、スライムの思念波は二キロが限界である。だが、スライムを中継することにより思念波の到達距離を伸ばすことができる。商人に連れられたタウンスライムが道中でロックスライムをばらまけば、タウンスライムの一大生息地である王都に繋がる。ゆくゆくは大陸中の都市と都市、町や村を結ぶ一大ネットワークを構築する。


 そうすればおそらく数十億に及ぶスライムの魔力と演算能力を借りることができる。


 とはいえ、現状、それほど大量の魔力と演算を必要とはしていない。なので、グレアムから商業ギルド連合にスライムのレンタルを提案する気もなかった。


「まぁ、そのへんはペル=エーリンクに商業ギルド連合へそれとなく伝えるように話しておく。あいつならうまく話をまとめてくれるだろう」


 ◇


「オーソン様。このたびはご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 グレアムから言付けられた用事を済ませている途中でオーソンと出会ったマデリーネは彼に頭を下げる。彼女の趣味の本の登場人物にオーソンを無断でモデルしたことを謝罪したのだ。


「ん? ああ。まぁ、今後、やらないっていうならな。あ、でも、子供には見せるなよ。そう子供にはな」


 そういってオーソンの顔は嬉しそうに崩れる。どうやら、機嫌は相当いいようだ。


「グレアムの副官になったんだって? 大変だと思うがあいつを支えてやってくれ。どうもあいつは背負い込まなくてもいい苦労を背負い込んじまうタイプのようだからな」


「はい」


「……グレアムが好きなのか」


「え!?」


「はは。その顔でよくわかった。まぁ、それはそれで大変だと思うが頑張ってくれ」


「……はい」


 自分の顔が赤くなっているのがわかった。周りに人がいなくてよかったとマデリーネは思った。

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