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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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58 彼女の本気 1

「マデリーネ先生。よく冷えた果実水です」


「あら、ありがとう」


 マデリーネは背中を揉みほぐしていたスライムベッドのマッサージを停止させると、ファンの一人が運んでくれたコップから果実水を一口含んだ。清涼な甘みが口中に広がり、水分を失った体に浸透していく。


「『戦闘部門長×副団長』は過去最高傑作でしたね」


 隣で団扇をあおぐ少女が、やや興奮した面持ちで絶賛する。


「それで先生。次回の新作はどのような内容にされるんですか?」


「う~ん。なかなかいい案が浮かばないのよね」


「それでしたら『団長×副団長』はどうでしょうか?」


「あら、『団長×戦闘部門長』のほうがいいわよ」


 きゃっきゃっとマデリーネのファンとなった少女達が騒ぎたてる。団長(グレアム)戦闘部門長(リー)副団長(オーソン)は戦団人気のトップ3である。その中で一番人気のグレアムを題材にした作品をマデリーネは未だ生み出していない。ファンの要望は大きかった。


 マデリーネも何度か書こうと思いながらそれができずにいる。構想の段階で躓いてしまうのだ。


『団長×○○○○』、もしくは『△△△△×団長』。


 誰を○○○○と△△△△に当てはめても、マデリーネの創作意欲を刺激しなかったのだ。


「いいえ。そもそも誰を当てはめようかと考える時点で間違っているわ。こういうものは何ていうか……、そう、おりてくるっていうのかしら? インスピレーションが大事なのよ」


「さすが先生!」


「もう巨匠とお呼びしたほうがいいんじゃないかしら」


「うふふ。待たせて悪いわね。その代わり新作の『戦闘部門長×財務部長(ペル=エーリンク)』は自信作となる予感が――」


「マデリーネ」


 気分よく講釈を垂れているマデリーネに休憩室の入り口から声がかけられる。確か小隊長の一人でネルと呼ばれていた獣人の女性だ。


(あらあら、彼女も私の作品をご所望かしら? それともサインをねだりにきたのかしらね?)


 上機嫌のマデリーネを地獄へ叩き落とす一言が告げられた。


「団長がお呼びよ」


 ◇


『ふふ。いけないやつだ。俺の「危機感知」をこんなにも刺激して』


『くっ! リー! 止せ! やめてくれ!』


『いやならおまえの「全身武闘」で俺を拒絶すればいい』


『で、できるわけないだろう!』


『ああ、体は正直だ。おまえの暖かなオーラはすっかり俺を受け入れているぞ』


『ああ。リー』


『ふふ。ここはもうメストレスの霊峰のごとくそびえたって――』


 ◇


「なんだこれは!」


 オーソンの怒号が執務室に轟く。マデリーネはビクリと肩を震わせた。


 今、マデリーネの前では人気トップの三人が彼女の作品を読んでいるところだった。


(終わった……。もう、いっそ殺して。殺して)


「まぁ、戦場で男色は珍しくねぇけどよ。これはねぇな」とリー。


「当たり前だ! 何が悲しくてお前と同衾しなくてはならないんだ! ましてや何で俺がお前に……」


「まぁ落ち着けよ」


「落ち着いてられるか! 俺は一晩中、アリダに問い詰められたんだぞ! ありもしない浮気でな!」


「……そりゃ同情するわ。なぁ、嬢ちゃん。いったい何のつもりでこんなモノを書いたんだ?」


「そうだ! 事と場合によってはただではすまさんぞ!」


 何のつもりと言われても趣味としかいいようがない。マデリーネは男性同士が仲良くする姿が大好きだったのだ。それは神殿で修行しても変わることはなかった。むしろ、神殿の厳しい戒律がそれを促進させたといってもいい。


「ふむ」


 それまで黙って作品を読んでいたグレアムがここで初めて口を開いた。すべて読み終え紙片を揃えて机に置いた。


(ああ、嫌だな)


 グレアムのこれから発する言葉を予想できた。


『気持ち悪い』


 マデリーネの作品を読んで、グレアムくらいの年頃の男の子が抱く感想はそれである。マデリーネの兄は『気持ち悪いものを書くな!』と罵倒し、もう一人の兄には『おまえ、おかしいよ』と薄気味悪い目で見られた。


 こちらが勝手に決めつけた婚約者とはいえ、グレアムの口からそんな言葉は聞きたくなかった。いや、もう婚約なんでありえない。自分はきっと戦団から追い出されるのだから。


「マデリーネ」


「はい」


「これは君が書いたのか?」


「はい」


「誰かに教えられたわけでなく? 一人で?」


「はい」


「ふむ。それは……、素晴らしいな」


「え?」


 グレアムの口から予想とは正反対の言葉が飛び出した。


 ◇


「オーソン、リー。内容のことを言ってるんじゃない。だから、そんなに遠ざかるな」


 グレアムが感心したのは、その表現方法である。


(マンガになっている)


 一枚の紙にコマを割って、そこに絵と吹き出しを入れてセリフを書く。コマの割り方がほぼ均等だったり、登場人物のパースがおかしかったり、状況説明をセリフに頼りすぎなところなど未熟なところも多いが、これは間違いなくグレアムが知っているマンガだった。


「彼女が一人でこれを編み出したというなら、すごい才能だ」


「……わからないな。これの何がすごいんだ?」


「インパクトがすごい」


「そりゃ、こんな内容ならな」


「俺が言いたいのは表現方法だ」


 グレアムが言及しているのは"画像優位性効果"である。


「文字や言葉だけで伝えるよりも、同時に画を含んで伝えた方が記憶に残りやすく理解しやすいんだ。なあ。マデリーネ。小さな子供たち用の教本を書いてみないか?」

 

「正気か!? グレアム!?」


「文字だけの本よりも絵がついたほうが子供たちの興味を引く。もちろん内容はこちらで吟味するさ。どうかな、マデリーネ?」


「は、はい!」


「ち、ちょっと待ってくれ! 彼女を処分するために呼び出したんじゃないのか?」


 グレアムがオーソンとリーから相談を持ちかけられたのが今日の昼頃のことである。何でも二人が懇ろになっているという噂が戦団内でまことしやかに囁かれているという。


 同性愛を否定しないが、流石にアリダというパートナーがいるのにリーとそういう関係になるのはどうかと一瞬、眉を顰めたグレアムだったがこの世界では一夫多妻は当たり前だということを思い出した。


 スキルでも持っていない限り、戦場に出たり魔物と戦うのは大抵が男である。さらには乳幼児期には男の子のほうが死亡率が高い。当然、男女比率に偏りが出る。戦団でも4:6で女性の方が多い。それを是正するための一夫多妻で、神殿も条件付きで推奨し、聖国の教会では妻は一人としつつも妾の存在は黙認していた。オーソンのような一穴主義こそ、この世界では珍しいのだ。だから、オーソンが他の女性に手を出しても問題ないのかもしれない。まあ、リーは男だが……。


 だが、二人の話をよくよく聞いてみると二人が懇ろになっているというのは事実無根らしい。どこからそんな話が出たのか、薬裡衆に調査を命じると二時間足らずでマデリーネの名とこの紙の束を持ってきたのだ。


「ああ、そうだな。マデリーネ。不快に思う人間もいる。実在の人物をモデルにするのは禁止だ」


「そ、それだけか?」


「彼女も悪意があったわけじゃない。だろう?」


 コクコクと頷くマデリーネ。


 他に問題を強いてあげるなら紙の私的流用だろうか。マデリーネの使用している植物紙は羊皮紙よりも安価だが、それでも結構な値段がする。だが、グレアムは黙認することにした。この世界にマンガ文化が花開こうとしているかもしれない。それは意義深いことに思えた。


「下がっていい」


「グレアム!?」


「アリダの誤解を解くのは俺も協力する。それよりもオーソンに話がある」


 目線をリーに向けると、なぜか呆然としているマデリーネを伴って部屋から出ていった。マンガには前の世界でお世話になった。マンガから得た知識や概念は少なくない。彼女がこの世界のマンガ文化の発展に寄与することを願った。


 もっとも、グレアムこと田中二郎がマンガを楽しんだことは一度もなかったのだが。

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