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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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56 彼女のトラウマ

「――というわけなんですが。……聞いていますか、団長?」


「……ああ、すまない。ちょっとボーッとしていた」


 帝国の重鎮らしきヘリオトロープからイリアリノス連合王国が滅びたかもしれないという情報が齎された翌日、グレアムは執務室でペル=エーリンクからの報告を聞いていた。


「で、何だっけ?」


「タイラント・タイガーの件ですよ」


 クサモの瘴気ポイントに時折、出没する魔物である。かなり強い魔物で熟練の騎士五人がかりでももてあますという。その分、タイラント・タイガーの毛皮は高値で取引された。見栄を張りたい貴族や土豪が屋敷の装飾品やマントにあつらえてるために惜しげもなく大金を出すのだ。


「ああ、毛皮を売りたいという話か。いいんじゃないか」


「それがですね――」


 タイラント・タイガーは生命力も強い。倒すには何十発もの<炎弾>を撃ち込む必要があった。そうなると剥いだ毛皮は穴だらけとなる。


「それだと商品価値が落ちるんですよ」


「それは仕方がないんじゃないか?」


 穴の中で発生した魔物を処理する場合、穴の縁から<炎弾>を撃ち込むという方法を取っている。現状、それ以外の処理方法はない。


「この戦団には百メイル先のコインを撃ち抜く"銃の名手"がいるそうですね」


「…………」


 その"銃の名手"にタイラント・タイガーを仕留めてもらう。頭を撃ち抜けば、ほぼ毛皮を損なうことなく仕留められるというのがペル=エーリンクの考えであった。


「ミストリアとジャックスは別任務で不在だ。アリダは魔銃を撃てるコンディションじゃない」


「いやいや、私の言っている"銃の名手"は別の人ですよ」


「…………ミリーか」


 複雑な表情を見せるグレアム。


「何か問題が?」


「ちょっとな。……まあ、いいだろう。ただし、今夜、タイラント・タイガーが現れなかったら諦めてくれ。子供(ミリー)に何日も夜ふかしはよくないし、俺も付き合いたくない」


「団長もタイラント・タイガー狩りに来られるのですか?」


「ああ。ミリーの様子を見たい」


「それでしたら大丈夫でしょう。私も最近、分かってきました」


「何がだ?」


「団長の引きが強いということをですよ」


 カードゲームでグレアムに負け続きのペル=エーリンクの言葉を裏付けるように、その夜、タイラント・タイガーが出現した。


 ◇


 十五メイル、建物にすれば五階建て相当。


 穴の底にはグレアムの<プラント・バインド>で全身を拘束されたタイラント・タイガーが横たわっていた。タイラント・タイガーと一緒に出現した他の魔物は他の団員によってすで処理されている。後はミリーがタイラント・タイガーを仕留めるだけという状況になっていた。


 地面に縫い付けられたタイラント・タイガーは赤く怒りを湛えた瞳でミリーを睨みつけている。それに対しミリーは魔銃を構えたまま、もう二十分近くも身動きせずにいた。


 冬だというのに全身に汗をかき、呼吸も荒くなってきている。グレアムはミリーの限界を感じた。


「銃を下ろせ。タイムアップだ」


「いえ! まだやれます!」


 反論するミリー。だが、その声は震えていた。


「タイムアップだと言った。見ろ」


 タイラント・タイガーが魔力で編まれた蔦の拘束を強引に引きちぎり「ガォウ!」と怒りの咆哮を上げた。


 グレアムは穴の縁から身を投げ出すと<飛行(フライ)>で穴の底に降り立った。すかさず、タイラント・タイガーがグレアムに襲いかかる。


 シュピン!


 空気を切り裂くような音と光が一瞬、煌めいた。


 タイラント・タイガーの首と胴体が別れ、鮮血が吹き出す。


 ドドン!とタイラント・タイガーの巨体が地面に倒れた。


 グレアムは穴の底からミリーを見上げた。彼女は青い顔をして魔銃を抱えてへたり込んでいた。


 ◇


 話は数ヶ月遡る。クサモの町でベイセル軍が降伏した直後のことである。


「団長が! グレアム団長が撃たれた!」


 熊獣人ダーシェの狂乱したような叫び。


『こいつら!?』


 それに呼応して団員の怒りの声が巻き起こる。


「やめろ、撃つな! 俺は無事だ! 全員、銃から手を離せ!」


 グレアムは叫ぶと同時に魔銃の心臓部となっているロックスライムに緊急停止命令を発動する。命令は一瞬で全スライムに伝わり、<炎弾>の発射プロセスは即座に停止される。


「アリダ! 北西の防壁だ! ぐっ!」


 そこまで命令したグレアムは痛みで蹲った。<炎弾>がグレアムの肩を貫いていた。だが、それ以上にグレアムを苦しめたのが、スライムによる思念波の奔流だった。


(――――!? jpfじゃ○rqjるd★klrj!?)


 形にならない出鱈目な言葉がグレアムに流れ込んでくる。


(スライムネットワークからか!? お前ら、落ち着け!)


 グレアムの言葉がネットワークに浸透していくにつけ思念波の奔流が収まっていく。奇妙な現象だった。王城でグレアムが暗部に四肢を切断された時でもスライムはこれほど過剰な反応をしたことをなかったというのに。


「グレアム!」


 オーソンが呼びかける。彼の傍らでヘンリクは呆然としており、その足元には見知らぬ男が口から血を吐いて倒れていた。


 見知らぬ男――スヴァンは<炎弾>の射線上に入り肺を撃たれる。<炎弾>はそのままスヴァンの胸を貫きグレアムの左肩に着弾した。グレアムはスヴァンに助けられたのだと直観した。スヴァンの体を貫いたことで弾道がわずかに逸れたのだろう。そうでなければグレアムは即死していたかもしれない。


 グレアムは肩の痛みも忘れ、治癒魔術を全力でスヴァンに施した。


『グレアム。北西の防壁上でミリーを発見したわ』


 スヴァンの顔色が良くなった頃、アリダから通信が入る。


「やはり、あの姿はミリーか」


 ミリーは裏切り者(ヘンリク)を狙ったのだろう。グレアムは私刑を許していない。ミリーから魔銃を取り上げて、持ち場を無断で離れたヘンリクともども、しばらく謹慎処分だな。


『今から拘束して連行するわ』


「あまり手荒なことはするなよ」


『そうしないと彼女、死にそうだったから』


 アリダがミリーのもとに駆けつけた時、ミリーは自分の口に銃口をつき入れて銃爪を引いていたという。


 何度も。何度も。

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