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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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53 薬裡衆とナノスライム 1

 秋も終わりに差し掛かった頃、グレアムはある老婆から相談を持ちかけられた。この老婆はベイセルに潰された村で薬師をしており、蟻喰いの戦団に加入後は団員の健康管理を任せていた。いわば戦団の医療官である。緊急でない限り、グレアムが団員の怪我や病気を癒やすのも一旦、彼女を通す決まりとなっていた。


「――――」


「……わかった。彼女の心配については俺がどうにかする。絶対に悪いようにはしない。だから、くれぐれも早まらないように説得してくれ」


 グレアムの返事を聞いた老婆は一礼して部屋から辞す。


「…………」


 一人、執務室に残ったグレアムは椅子の背もたれに体重を預けて天井を仰ぐ。


 戦団の副団長オーソンの妻アリダが妊娠した。おめでたいことだが、アリダは夫にも妊娠の事実を隠し堕ろそうとしているという。


 敵が攻め寄せてきた時、身重では動けない。さらには春には国外脱出のための過酷な山脈越えが待っている。戦団の足手まといになることを心配しているのだ。


 グレアムは医療担当の老婆によく教えてくれたと感謝した。そんな理由でオーソンの子供を堕ろしては彼に合わせる顔がなくなってしまう。


 とはいえアリダの懸念も的外れではない。山脈越えにはおよそ一ヶ月かかると予想している。ほとんど使われていない山道を通る予定で、道はかなり険しいと聞く。山賊や魔物も出る可能性も高い。ディーグアントに乗って移動するとはいえ、そんなところに身重の女性や乳飲み子を連れて行くのは確かに不安があった。


(どうすべきか?)


 自問する。本来の予定ならとっくに山を越え目的地に到着していた。だが、現実は未だ敵地のただ中にいる。重りをつけられ沼にはまり込んでいく自分の姿を幻視した。


「お困りのようですな」


 突如、グレアムしかいないはずの部屋でそう話しかけられる。


 視線を天井から戻すと、いつの間にか杖をついた老人が部屋の中央に立っている。


「……誰だ?」


 いつ部屋に入ってきた? いや、その前にオーソンは何故来ない。知らない気配を感じれば、すぐに駆けつけてくる。


 只者ではないと感じた。オーソンの【気配感知】さえ誤魔化す手練れ。亜空間から魔銃を取り出し銃口を老人に向ける。それでも老人はニコニコと笑顔を絶やさない。


「お久しぶりです、マイク様。と言っても、あなた様は覚えておられないでしょうが」


 老人は頭を深く下げた。


「マイク? 誰のことだ?」


「マイク・レイナルド。それがあなた様の本名でございます」


 グレアムは老人の近くにいるタウンスライムに思念波を飛ばした。執務室には亜空間に体の大半を収納して極小サイズになったタウンスライムがあちこちにいる。老人の害意の有無を確認したのだ。


 結果はオールグリーン。それを受けてグレアムは銃を下ろした。


「ふむ。察するに相手の害意を感じとる術があるようですが、盲信するのはよろしくありませんな。人の心など、これこのようにいくらでも操れるのですから」


『☆$#○×>〆!?』


 タウンスライムが最大級の警告を伝えてきた。


 バシュ!


 グレアムが発砲する。<炎弾>の赤い光が老人の胸を貫くかと思った瞬間、素通りした。


「残像!?」


 老人の実体はいつの間にか床に這いつくばっていた。


「おお、お許しください、マイク様。慢心をお諫めしたかっただけで、決して本心から害意を持ったわけではありませぬ」


「……なるほど」


 突然、消えた害意にタウンスライム達が戸惑っているのが分かった。


「いいだろう。頭を上げろ。……俺がレイナルドと言ったな。それはあのレイナルドのことか?」


「はい。あなた様は王国元帥アイク=レイナルドの嫡男でございます」


 その言葉にグレアムは疑いの目を向ける。その嫡男様がなぜムルマンスクの孤児院に捨てられたのだ。


「それについては、まずは我ら薬裡衆の成り立ちについて語らねばなりません。私は薬裡衆頭領リンドと申します」


 そうして、リンド老は語り始める。薬裡衆はレイナルド家の家業であるポーション製造の秘密を守るために組織されたことを。


 それから十三年前に起きたレイナルド家のお家騒動について。グレアムの伯母にあたるオリハが自分の息子のサザンをレイナルド家の後継者にしようと画策したこと。それを阻もうとアイクとオリハの間で争いが起きようとしたこと。そして、それを止めるためにグレアムの祖父の命令でグレアムが捨てられることになったことを。


「……にわかには信じがたいな」


「天地神明にかけて、嘘、偽りのない真実でございます」


「……俺がレイナルド家の子供だという証拠があるのか?」


「【スライム使役】スキル。それこそが何よりの証拠でございます」


【スライム使役】。高貴なる血筋が持つには恥ずべきスキル。そう思われていることはグレアムも知っている。リンド老は明言こそしなかったが、グレアムが捨てられた最大の理由だろう。


「そうか。おおよその事情は分かった」


 グレアムの落ち着いた様子にリンド老が不審気に片眉を上げる。


「私の話を聞いて、レイナルド家に恨みの念を抱かないのですか? 本来ならば、あなた様はレイナルドの嫡男として何不自由なく暮らせたはずですのに」


「…………」


 グレアムは自分の心に訊いてみる。自分を捨てたレイナルド家を、祖父と父と伯母を恨んでいるか。


 特に何も感じなかった。彼らには彼らの事情があったのだ。産んでくれてありがとうとまでは思わないが、今もこうしてグレアムは生きている。恨む理由は見当たらなかった。


「もはや恨み言を言う相手もいないしな」


「……ご存知でしたか」


 祖父は他界して久しく、父アイクと伯母オリハは、グレアムの母アイーシャの手によって殺された。


 元彫金細工師のドッガーこと、帝国陸軍情報部諜報二課所属ドレガンス・エレノア中尉によってもたらされた情報である。


「……アイーシャはどうなった?」


「レイナルドの遠縁の者によって幽閉されています」


「まだ、生きてはいるのだな」


「はい。私の配下の者が確認しております」


「そうか」


 アイーシャがなぜそんな凶行に及んだのか今なら分かる。自惚れでなければグレアムを助けるためである。


 当時、アイクは八万の軍勢を準備していたという。もし、その規模で王国軍が押し寄せていたとしたら、グレアムは冬の山越えも考える必要があったかもしれない。


 アイーシャを助けたいと思った。会ってみたいとも。


 もしかすると、そう思わせることが王国の罠かもしれないとも思ったが、罠にしては手が込みすぎている。リンド老の話はほぼ事実だとグレアムは判断した。

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