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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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52 マデリーネ 4

「何してるのよ?」


 普段の寝泊まりに使用している天幕。そこで目を覚ましたマデリーネは同年代の少女に呆れたようにそう訊かれた。


 本当に何をしているんだろう? いくら混乱していたとはいえ、あんなはしたないことを――。


 今、思い出しても顔から火が出そうだ。枕に顔を埋めて、足をバタバタさせる。


「ちょっと、私のベッドで暴れないで」


 そう冷たく言い放つのはミリーという少女だ。彼女も最古参の一人で、マデリーネ達の戦闘実習の教官だった。


 初対面時、目の下に隈を作った陰気な様子にマデリーネ達三人は気おじしたが、手本として彼女が見せた射撃はそれは見事なものであった。何せ百メイル先の的を簡単に射抜いて見せたのだ。


 戦闘実習も懇切丁寧に教えてくれたし、魔銃に並々ならぬ興味を持ったペル=エーリンクとメイシャの質問漬けにも丁寧に対応していた。マデリーネが持った初対面時の苦手意識はいつの間にか霧散していた。


 だからというわけではないだろうが、マデリーネは宿泊場所にミリーと同じ天幕を割り当てられた。


 宿泊施設は戦闘部門が建てているが、訓練や防衛設備の建築、警邏任務でどうしても後回しになってしまう。しかも、所帯持ちが優先される方針なので、若い独身者は天幕を共同で使用することになる。


 とはいえ、天幕での寝泊りにあまり不満はない。天幕の中は意外に広く、暖房用の魔道具が支給され外幕と内幕の二重構造で中は暖かい。しかも中は仕切りがあるので一応、プライベートもあった。


 マデリーネが寝ているベッドはミリーのスライムベッドだろう。古参のミリーは最近来たマデリーネよりもはるかに多くのスライムを集めることができる。この水の上に漂うかのような寝心地の良さはある程度の数のスライムを集めなくては実現できない。


「自分のベッドで寝なさい」


「……その前に訊いてもいいかしら?」


「何を?」


  無論、自分が意識を失ってからのことだ。


「団長に呼ばれた私は脱衣所で寝ていた貴方に服を着せたの。ここには団長が背負って連れてきたわ」


「グレアム様が……」


 グレアムは自分をどう思っただろうか。男湯に入り、胸を押しつけてーー


「痴女ね」


 ミリーの容赦ない言葉がマデリーネの心臓をえぐる。流石は戦団きってのトップスナイパー、急所を確実に狙ってくる。


「…………」


 ベッドから起き上がると、覚束ない足取りで自分のスペースに戻るマデリーネ。


 パンパンパン!


 手を三回叩くと、どこからともかく半透明のスライム達が現れ、長方形に寄り集まる。ミリーのベッドに比べれば広さも高さもないが、睡眠を取るには充分である。


 そこにマデリーネはシーツも敷かず倒れこんだ。最弱の魔物と言われるスライムは意外と丈夫で、マデリーネのさほど多くない体重を苦もなく受け止める。


(ごめんなさい。お父様。マデリーネは、マデリーネは失敗しました)


 意気消沈するマデリーネにミリーはため息を吐くと仕切り幕を閉じた。


 魔道灯の明かりが遮られた暗闇の中で、自己嫌悪に陥るマデリーネ。


(……それにしてもグレアム様、いい体してたなぁ)


 ヘイデンスタムの居城にも屈強な騎士が多く寝起きしていて、水浴びしている姿を見かけることも多かったが、ジロジロ見るのははしたないと母に言われジックリと観察したことはなかったのだ。


「…………」


 ベッドから起き上がると魔道灯の明かりを灯して、机に座る。


(忘れないうちに)


 亜空間から紙とペン、インクを取り出すと、浴室の光景を描き始めた。


 ◇


 クサモの町中に作った練兵場。そこをグレアムは走り続けていた。マデリーネを彼女達の天幕に送り届けた後、自分も寝ようと屋敷に戻ったはいいが眠れない。


 目を閉じればマデリーネの雪のような白い肌が脳裏に浮かんだ。


 最近の自分はおかしい。いや、原因は分かっている。十三歳の若い肉体が女を求めているのだ。


 解消するのは簡単だ。部下達がやっているように女を買えばいい。王国に成人年齢という概念はない。本人の心と身体と社会条件が整った時が成人なのだ。十歳で嫁ぐ女子もいれば、十二歳でメイドとの間に子供を作る早熟な男子もいる。この世界では大人と子供の境目は日本の現代社会よりも遥かに曖昧だった。


 それ故にグレアムが女を買うのに何の問題は無かったが、一応、グレアムは十五歳未満はそういうことをしないように通知を出している。


 罰則はないので守らているかどうかは不明だが。ちなみに十五歳としたのも何となくでしかない。ただ、若いうちからそういうことに耽るのは不健全な気がしたからだ。


 そういう風に考えてしまうのは自分が日本の現代社会の規範に未だ囚われている証なのだろう。日本の価値規範をこの世界に持ち込むのはナンセンスではないかとも思っていたりもする。


 何をこの世界に持ち込み、何を持ち込まないか、グレアムも手さぐりの途上だったのだ。


 とはいえ、通知を出した以上は自分がそれを破るわけにはいかないので、こうやって体を動かして発散していたのだ。


「ふぅ」


 全身汗まみれとなって足を止める。タオルで顔を拭っていると、闇夜を切り裂いて何かが飛んできた。


 キン!


 甲高い音を立ててグレアムの喉元に達する前に飛んできた何かが弾かれる。地面に落ちたそれをグレアムが拾い上げると、刀身を黒く焼き潰したナイフだった。刀身を黒くすることで光の反射を抑える。主に暗殺者が使用する。


「リンド老か?」


「お見事です」


 暗闇から一人の老人が浮かび上がる。グレアムがリンド老と呼んだ老人は、レイナルド家私設暗部集団"薬裡衆"の頭領である。


 彼がグレアムに接触してきたのは一月前、秋も終わりに差し掛かった頃のことであった。

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