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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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49 マデリーネ 1

(一体、どういうことよ? 私をグレアム様に紹介する話はどうなったの?)


 グレアムとの面談を終えたペル=エーリンクとドワーフの少女メイシャ、そしてヘイデンスタム公爵家の長女マデリーネ。彼女はジロリと横を歩くペル=エーリンクを睨む。


 それに対しペル=エーリンクは露骨に顔を反らした。


 彼はなぜかマデリーネのことを縁談相手ではなく仕事を求める女性のように紹介したのだ。


 マデリーネは「はあ」と息を吐く。まあ、仕方がない。メイシャのやらかしで、とてもそんな雰囲気ではなかったから。幸い、事務方としてマデリーネは働くことが決まった。グレアムと接触する機会は多いはずだ。


「私はエステル。あなたたち新人の教育係よ。といっても、私も戦団(ここ)に来てから日は浅いんだけどね」


 アムシャールという村の出身というエステルは金に赤みがかった髪を持つ笑顔が太陽のように素敵な少女だった。


「三人にはこれから新人講習を受けてもらいます。具体的な内容は戦団の組織構造と規則。公衆衛生の講義と戦闘実習ね」


「戦闘実習? 私たちは事務方と生産部門で雇われたはずですが」


 ペル=エーリンクの疑問にエステルは笑顔で答える。


「戦闘実習といっても本格的なものではないの。魔銃で標的に撃つだけ。非戦闘員でも魔銃の使い方ぐらいは身につけておいた方がいいというのが団長さんの意向なの」


「魔銃というのは一朝一夕で使えるようになるものなのですか?」とマデリーネ。


「そうね。標的を狙って銃爪を引くだけだけだから」


「なるほど」


 騎士や魔術師を育てるには十年以上の年月がかかる。それに対し、魔銃ならば数週間の訓練で彼らに比肩しうる戦士を作りあげることができるわけだ。父アリオンとレイナルド元帥が魔銃を危険視する理由がよくわかった。


 エステルはグレアムがいた家屋よりも二周り大きな建物に三人を案内する。建物全体が大きな一部屋となっているようで、テーブルと椅子が並べられていた。


「ここが食堂。朝昼晩の三食で夜勤者には夜食も提供しているの。非戦闘員の私たちにはあまり関係ないんだけどね」


 蟻喰いの戦団は生産部門と戦闘部門で大きく分かれている。生産部門の作業員は原則昼勤だけだが、戦闘部門に所属する戦闘員は夜勤がある。夜食は夜勤者用のために用意されているのだという。ちなみに戦闘部門の責任者がリー。そして、生産部門の責任者がアムシャールの元村長でエステルの父親ガストロだ。


 その二つの部門を統括するのがグレアムと副団長のオーソン・ダグネルである。二人をサポートする形で事務方が置かれ、ペル=エーリンクとマデリーネはそこに所属する。鍛冶師のメイシャは当然、生産部門だ。ちなみにエステルの普段の業務は父ガストロの助手だという。


「そこらへんの話は後でもう少し詳しくやるけど……」


 そういうとエステルは困ったような顔で食堂の一方向を見やる。


 その壁には黒板と白墨が設置され、前には教卓らしきものもある。あそこで新人講習を行うのだろう。だが、先客がいた。


「アントンさん」


「ああ、エステルちゃん。今から新人講習?」


「はい。それで……」


「ああ、ごめんごめん。もう終わったから」


 そういうとアントンは布で黒板に書きつけた文字と数字を拭って消した。


「それではアントンさん。お願いします」


「ああ」


 魔銃を脇に吊り下げた青年がアントンに軽く会釈して去っていく。カーキ色の軍服と魔銃の所有が戦闘員だと見分けるポイントだろうか。そういえば、エステルが羽織っている水色の上着を他にも見かけた。水色の上着が非戦闘員の作業服といった感じだろうか。


「それでエステルちゃんにちょっとだけ相談があるんだけど」


「なんです?」


「さっきの彼、ここに来る前に兄弟が借金奴隷にされちゃってね。買い戻したいらしいんだ。それで非番の日は生産部門で働きたいって相談されてね」


「わかりました。父に伝えておきます。でも、さっきの数字って買い戻すために必要な金額ですよね? 生産部門で多少、働いても……」


「足りない分は団長に借金を申し入れるつもりだって。団長は無利子、無担保で貸してくれるけど返済計画はきっちり出させる人だからさ」


「ああ」とエステルは納得したように笑う。アントンと呼ばれる彼に返済計画の相談と借金申し入れの根回しを頼んだのだろうとマデリーネは思った。


「ほんと、うちの団長、器が大きのか小さいのか、よくわからない人だよ。ぼくだったらある時払いでいいぜ!っていうんだけどなぁ」


「ええ~。私は団長さんのようにお金にキッチリしている人のほうが好みだな~。そう言うならアントンさんが貸してあげたらいいじゃないですかぁ。どうせ、女の人に全部使っちゃったんでしょうけど」


「それは言わないでよ」


 ははは、とアントンはちょっと困ったように笑う。


「じゃあ、よろしく」とアントンが食堂から出るのを見送るとエステルは「今のがアントンさんといって、最古参の一人。何か困ったことがあれば()()、彼に相談するといいわ」


「基本というのは?」


「女性にしかできない相談もあるでしょう。そういう場合はアリダさんに。オーソン副団長の奥さんね。ただ、最近はアリダさん体調を崩しているみたいだから、様子を見ながらでお願い。なんなら私でもいいわ」


「なるほど」


「他にも困ったことがあるけど他の人には知られたくないっていう悩みもあると思うの。そういう場合は団長の秘書のスヴァンさんにするといいわ」


「そのスヴァンさんという方は、口固い人なのですか?」


 マデリーネが問うとエステルは三人を自分の周りに集めて小さな声で答えた。


「ここだけの話、スキルの代償で他人の秘密を明かすことができないらしいわ」


「ほう。珍しい代償ですね。どんなスキルなんでしょう?」


「それは秘密だそうよ。でもスヴァンさんに明かした秘密は団長でも知ることができないの」


「それ、相談の意味へんやんな?」とメイシャ。秘密が秘密のままなら相談の意味がないと言いたいのだろう。


「相談内容を明かすことに同意するか、同じ内容の相談が来れば明かすことができるそうよ」


「……なるほど。相談者が誰かは秘密にしておきたいけど、相談内容はどうにかしたい。そういう場合にスヴァンさんというわけですね」とマデリーネ。


「そう正解!」


 そうして相談内容はスヴァンを通して団長に行き、団長が解消に動く。共有したほうがいい問題は掲示板に相談内容と団長の回答が書き出されるのだという。


「なるほど。大変、ためになりました」とマデリーネ。


「じゃあ、新人講習を始めます。講習の最後には簡単なテストもするから、必要だと思ったらメモしてね。紙とインクはそこ。成績が悪いと追い出されることもあるから真面目にね。メイシャさん、字は?」


「書けるわ! これでも一国一城の主やねん!」


「それなら問題ないわね。一応、字が書けない人のために口頭でのテストもできます」


「……ウチはそちらでお願いします」


 バツが悪そうに頼むメイシャ。読み書きは自分の名前と数字、あと仕事関連の単語しかできない。職人によくある傾向だ。


「読み書き計算を教える講義も定期的に開かれているから、よければ参加するといいわ。何と無料よ!」


「……紙は自由に使っても?」とマデリーネ。


「ええ。使用者リストに名前と何枚使用したかを記入すれば。でも事務方はここから取らなくても自由に手に入ると思うわ」


「そうですか」


「? 嬉しそうですね?」とペル=エーリンク。


「……気のせいだと思いますよ」


「そうですか? マデリーネさんの感情の機微が多少はわかるようになったと思ったのですが」


「勘違いですよ」と素っ気なく言うマデリーネ。


「はいはい。無駄話はそこまで。覚えることはたくさんあるんですから」


 そうしてエステルによる新人講習が始まった。

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