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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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44 千客万来 1

「本気か!? グレアム!?」


 オーソンが驚きの声を上げた。グレアムがベイセル=アクセルソンを蟻喰いの戦団に受け入れると表明したからだ。


 ベイセルはあの巨体を充分に支えることが出来る数のスライムを集めることに成功している。高位貴族として高等教育を受けているベイセルをグレアムとしては拒絶する理由はない。


「無茶だ。ベイセルが他の団員と打ち解けるわけがない」


 オーソンが反対する理由も分かる。ベイセルは蟻喰いの戦団と会敵するまでの行軍中に複数の村を食い潰した。


 今、蟻喰いの戦団ではベイセルに食い潰された村人も多く所属している。彼らから恨みを買っているベイセルが彼らと打ち解けるとは思えない。


 だが、オーソンの懸念に対するグレアムの考えはシンプルだった。


「打ち解ける必要は無い。自分の仕事さえしてくれればいい」


 組織に所属する全員が全員と仲良しである必要はない。どうしてもウマが合わない奴がいるだろうし、組織が大きくなればなるほど不可能である。


 何よりグレアムは"アットホームな職場です"というフレーズが嫌いだった。


 仕事とプライベートはきっちり分け、プライベートには干渉したくないし、されたくもない。


 蟻喰いの戦団でも、グレアムは仕事と最低限の衣食住は提供する、レクリエーションも自由参加、後は勝手にやってくれ、但し、ルールに反しない範囲でな、という方針を取っていた。


 ナッシュの裏切りを招いた遠因ともなったが、それでもグレアムはこの方針を変える気はない。仕事とプライベートが曖昧だと仕事一筋の人生となって仕事がその本人の幸せになってしまう。それを本人が選択するなら構わないが、本人を取り巻く環境が他の選択を許さないなら単なるブラック経営である。


 団員一人一人の幸福までグレアムが背負うなど神でもあるまいに荷が重い。幸せになるなら勝手に幸せになってくれ。


「むう」


 唸るオーソン。理解はできるが納得はしていないという感じだ。


「……身代金はどうする? その金でベイセルから被害を受けた連中に対して補償するんだろう? うちの一員になると身代金は取れなくなるぞ」


「俺が立て替える」


 丁度、良い機会だと思った。グレアムの亜空間には王国航空部隊やベイセル軍の騎士と兵士からはぎ取った財物が大量に収納されている。


 持っていてあまり気分の良いものではない。自衛のための戦いであるはずなのに、グレアムを強盗のような気分にさせる。


 王国航空部隊を壊滅させた後、団員達が普通に遺体から金品をはぎ取り始めた光景にグレアムは少なからずショックを受けた。


 だが、これは当たり前のことだとオーソンとリーから諭され黙認した。団員達にとっては尊敬する団長の財物を増やそうという善意の行為でもあったのだ。


「この際、全部、団員に配る。金に変えられそうなものも全部、商人に売って金にする」


「それはみんな喜ぶだろうが……、全部か?」


「ああ、全部だ」


 自分の取り分はいらない。


「せめて半分は残して団の運営資金にしてください」


 感情任せのグレアムの言葉にスヴァンが極めて現実的な意見を述べてきたので、それを採用した。それでも団員に配られた金銭はかなりの額になった。貢献度と地位に応じて色をつけられ、入団したばかりの団員にも寸志が配られた。気前の良い団長として、グレアムの評価は意図せず上がることになる。


「そういうことで、ベイセル。お前は俺の幕僚として働いてもらう」


「格別のご配慮、痛み入ります」


「武器は持つなよ。私刑は禁じているが、武器を持って襲いかかられたと言われれば認めるしかなくなる」


「そ、それではワシはどのようにして身を守れば?」


「お前が死ねば、お前を殺した連中を俺が必ず殺す」


「なるほど、それが抑止力になると。ですが、それでもワシを殺したいと思う連中にはどうすれば?」


「そこまでして殺したいと思われているなら諦めてくれ。身から出た錆だ。それとも、やはり王国に戻るか?」


「いえ、ワシは戦団に骨を埋める覚悟です」


「何がそんなに気に入ったのか知らんが、せいぜい励んでくれ」


 口調から分かる通りグレアムはベイセルのことを好いてはいない。無抵抗の村人を斬ったという話を聞いたからだ。だが、あえて不問にした。戦団の中枢を担う二の村の住民にも脛に傷持つ者はいる。他ならぬグレアムがそうである。入団前の行為で入団を拒否するのはフェアではないからベイセルを受け入れたが、グレアムの個人的な感情は別だった。


 とりあえず、グレアムはベイセルに対外折衝を任せることにした。外交官と言い換えてもいい。廃棄された町とはいえ、クサモを占拠する蟻喰いの戦団に近隣の領主達は戦々恐々としているという。


 近隣領主の兵力を全て集めても蟻喰いの戦団には勝てない。領主達は自分の領地が蟻喰いの戦団によって略奪と侵略を受けるのではないかと不安に思っているのだ。


 ベイセルの役目は蟻喰いの戦団が春になれば王国から退去することと、こちらを攻撃しない限り敵対しないことを領主達に伝えることだ。


「それだけで良いのですか? クサモの魔物を退治して周辺の治安維持に協力しているという名目で金を取れると思いますが」


 クサモから発生する魔物はすべて蟻喰いの戦団が抑えている。近隣領主にはかなりの助けになっているはずだ。


「止めてくれ。商人がクサモに訪れるのを今まで通り黙認してくれるだけでいい」


 王国に反逆する蟻喰いの戦団と取り引きしていることが公になれば罰せられるだろう。それでも商魂逞しい商人達はクサモの町を訪れることを止めない。


「……ベイセル。領主達を強請るような真似はするなよ」


 ベイセルが蟻喰いの戦団の武力を背景に領主に金銭を要求する姿をグレアムは想像した。


「無論です。賄賂は送るもので受け取るものではありませんからな。ただ、受け取ることで領主達の不安が解消されるのも事実」


「…………いいだろう。少額であることと収支を必ずつけることを条件に賄賂を受け取ることを許可する」


「御意」


「(ひょっとするとこちらが迷惑料を払うことになるかもしれないからな)」


 グレアムの考える対討伐軍戦術――状況次第では治安維持どころか近隣領主に迷惑をかけることになる。


「? 何か言いましたか?」


「気にするな」


 数日後、ベイセルは巨大な猪(グリンブルスティ)に乗って、少数の護衛と共にクサモを発つ。


 ベイセルが上手くやっているのか、一月後にはクサモを訪れる商人の数が目に見えて増える。グレアムが戦利品を団員達に盛大にばら撒いたことや今年が暖冬だったこともあるのだろう。クサモの町の郊外は商人達のテントで賑わうようになる。


 そんな中に懐かしい顔があった。


「久しぶりだな。ペル=エーリンク」


 ◇


「アントンさん、起きて。仕事があるんでしょう?」


「ん?」


 若い娼婦に揺すり起こされた男はアントンという二の村住民の元不具者組の一人である。


 明るく陽気な性格で二の村住民と獣人達、そしてベイセル戦後に新たに加わった仲間達との間にある見えない垣根を取り除く役目を担っている。グレアムとオーソンからの信任も厚い、いわば組織の潤滑油である。


「…………!? しまった!」


 アントンは支給されている時計を見て飛び起きた。結束を強めるためと隊の部下達と娼婦のテントにやってきたのだが、一通り楽しんだ後、寝入ってしまったようだ。


 今夜、アントンの隊には任務があった。部下達を急いで叩き起こし、クサモに戻る。


 向かった先は瘴気発生ポイントのB地点。ここにはアーク・スパイダーとコボルトが発生する。


「急げ!」


 魔道具の明かりに照らされた深い穴の中をアントンは覗き見る。


「…………いない」


 時計を確認すれば23時。一日が二十五時間あるこの世界では日付が変わるまで後二時間といったところであった。


 アントンは夜の空気を嗅いでみる。甘く饐えた匂いは特にしていない。


 アントンはホッと安堵のため息を吐いた。どうやら魔物はまだ発生していないようだ。


 アントン隊の今夜の任務は21時から29時までの間、穴を見張りコボルトが出ればそれを殲滅することである。


 ディーグアントによって深く掘られた穴の壁の表面はディーグアントの唾液で塗り固められ大理石のタイルのようにツルツルである。クサモで発生する魔物ではこの壁を登ることはできないが、数種だけ注意すべき魔物がいる。その一つがコボルトであった。


 結局、その夜、B地点で魔物は発生せず、報告書にもそのように記載してグレアムに提出されたのだった。

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