43 貴族の宿命 2
『今、グレアムを討たねば、奴がこの国の新たな覇者となる』
そう断言するマデリーネの父――アリオン=ヘイデンスタム。
マデリーネがどういうことかと聞こうとする前に兄のアインとツベルが大声を上げた。
「お止めください! 父上!」
「そうです! たった一万でグレアムに挑むなど危険過ぎます!」
王国は四万の王国軍と二万のレイナルド軍。そして父のヘイデンスタム軍二万でグレアムを冬のうちに討伐する予定であった。だが、アイク=レイナルドが鬼籍に入り、レイナルド軍の参加が見送られる。一ヶ月の軍の再編成と戦術の見直しを経て、いざ出陣のところに今回の内戦騒ぎである。必然、王国軍四万の派遣も不可能だ。
となれば、グレアム討伐はヘイデンスタム軍だけで行わなければならない。それが可能か不可能かを問われれば、アインとツベルの兄弟は不可能と断じるしかない。
彼ら兄弟もまたグレアムと蟻喰いの戦団について研究を行っていた。わずかな時で何百、何千と無尽蔵としか思えない魔力量で魔術を撃ち出す魔銃。爆発する正体不明の兵器。それらに加えてクサモの町を要塞化しているとも聞く。
精鋭なるヘイデンスタム軍でも打ち破れるかは難しい。それをさらに半数の一万では、如何に父アリオンといえど……。
「お前たちの気持ちは分かる。だが、グレアムを放置していた責任は取らねばならぬ」
アリオン=ヘイデンスタムは当初、グレアム・バーミリンガーを侮っていた。
いくらジョセフを殺したといえど所詮は匹夫の勇だと。グレアムを王家から譲歩を引き出すための材料としか見ていなかったのだ。
「もっと早く本気で対処していれば、この事態を避けられたかもしれん」
「グレアムがこの国を支配するという話でしょうか? 私には分かりません。お父様がどうしてそのような結論に至ったのか」
貴族でもないグレアムに後ろ盾は何もない。そんな彼がどうして国を支配できるというのか。
「…………チャイホス」
「はい」
アリオンの呼びかけに応じチャイホスが持ってきたのは先端に魔杖が固定された奇妙な形をした棒切れである。
「蟻喰いの戦団の主要武器である魔銃ですね」
「これが……」
アイクの言葉に頷いたアリオンは魔銃のコパートメントを指す。
「ここにスライムを入れて魔術を発するという話だ。事実ならば王国は崩壊する」
「どういうことでしょう、父上?」
「お前たちに問う。貴族とは何だ?」
父からの突然の質問に戸惑う兄弟達。
「答えよ、ツベル」
「高貴なる血統に基づいた崇高な精神でしょうか?」
「間違ってはいない。では、その高貴なる血統と崇高な精神とは何を持ってその根拠とする?」
「……教育でしょうか?」
「違うな。それでは教育を受けた者、全てが貴族の資格を持つことになる」
「「…………」」
沈黙するアインとツベルに代わりマデリーネが答える。
「戦い、ですか?」
「しかり。我ら祖先は戦うことによって貴族となる資格を得た。戦い勝利したからこそ、貴族となったのだ」
命を賭けて戦える人間というのは思いの他、少ない。他人の命を奪うとなれば尚更だった。野生動物は同種で争いがあっても相手の命までは奪おうとしないという。同種の絶対数が少なくなれば他種との争いに破れることを本能的に知っているためとも言われている。
「戦えるからこそ貴族なのだ。人間が本能的に忌避する同種との殺し合いを請け負えるからこそ、特権を享受できる。畢竟、貴族とは戦うことを宿命づけられた生き物といえる」
アリオンは息子達を厳しい目で見た後、マデリーネにもその目を向ける。
「だが、この魔銃という武器は、誰でも戦える人間にしてしまう」
魔銃は武器として優秀すぎるのだ。もし、魔銃が魔道具であればアリオンは問題にもしなかった。魔道具の原料となるオリハルコンはこの大陸では取れず、新しく魔道具を作成するには既存の魔道具を流用するしかない。それでは数は揃えられない。
「銃爪を引くだけで遠い距離から相手の命を奪えるこの武器は、戦う者の恐怖心と命を奪う本能的忌避感を軽減する。もし、グレアムがこの魔銃を民に配り始めればどうなる?」
「……貴族は無用の長物となります。自分たちで戦えるのですから」
「その通りだ、マデリーネ。もはや貴族は不要と言わんばかりにその銃口を我らに向けることだろう」
「だ、だからといってグレアムがこの国を支配できるとは限らないのでは?」
「そ、そうです! グレアムには後ろ盾がない!」
「後ろ盾? そんなものは数百万の民がなる。帝国や聖国と違い、未だ魔物に対して決定的な打開策を見出せない我らを見限ってな。
民に魔銃を配れば、自分たちで駆逐できるようになるのだ。もはや収穫前の畑を荒らされることも、魔物に怯えて眠る必要もなくなる。
これがどれほどの恩恵か、子供でもわかる。そして、この恩恵をもたらしたグレアムを民は支持する。グレアムは絶大的権力を握ることになるだろう」
グレアムに反抗する者はグレアムを支持する圧倒的多数の民が攻撃する。無論、魔銃を使ってだ。
戦わない者は魔銃を取り上げられるだろう。魔銃がスライムでできている以上、魔銃を使えなくすることは容易だ。魔銃が使えなければ、民は魔物の餌食になるしかない。
ゴクリと誰かが喉を鳴らす。
グレアムがこの国を支配する姿を確かな未来として想像してしまったのだ。あのジョセフさえ成し遂げられなかったグレアムを頂点とする絶対王政を。
「ほ、本当に、そんなことが……」
「可能性は高いと思っている」
だからこそ、賢君テオドールと王国元帥レイナルドは動員可能な全戦力でグレアムを討とうとしていたのだ。もはや面子などの問題ではない。王国が崩壊する一歩手前まで来ている。だというのに、王都の馬鹿どもは内輪揉めをしている。
そんなことをせずに全力でグレアムを討てとアリオンは叫びたかった。だが、言ったところで無駄だろう。元奴隷が王国を支配するなど妄想の類だと一笑に付されるのが容易に想像できた。
よしんば危機感を抱く者がいたとしても、まずは目の前の内戦を生き残らねばと考える。とてもグレアムをまずはどうにかしようなどと考える余裕はない。
まさに、この時期に内戦が起きたのは王国の不幸と言える。
"神の贈り子を粗末に扱えば天罰が下る"
王国に古くから伝わる伝承である。【妖精飛行】のティーセ王女が王族らしからぬ自由を許され、【絶頂に至る八芒星】のジョセフの頂に王冠が乗ったのは、この伝承と決して無関係ではない。
そして、【スライム使役】のグレアムもまた神の贈り子であれば、蟻の餌にしようとした王国を天は許すことはないだろう。今、王国が直面している危難がその証明なのかもしれない。
「だからといって滅びの運命を粛々と受け入れるわけにはいかぬ!」
戦うことが貴族の宿命ならば、滅びの運命さえ戦って打ち破ってみせると言わんばかりに気勢を示すアリオン。
だが、そこに愛娘の冷たい声が水を差す。
「勝てるのですか? お父様だけで」
「マデリーネ!」
アインは妹を嗜める。分かっていても口にしてはならないことはある。それでも、マデリーネは止まらなかった。
「元は八万の軍勢と八千の魔術師でグレアムを討つ計画だったのですよね? レイナルド元帥閣下がそこまでしなければグレアムには勝てないと判断したのです。八分の一の戦力でお父様が勝てるとは到底思えません」
容赦のない娘の言葉にアリオンは怒ることなく答えた。
「言ってくれるな、マデリーネ。負けると分かっていても、やらねばならぬ時があるのだ」
「負けると分かっているなら、尚更、別の方策を考えるべきです」
マデリーネの口調は珍しく強かった。
「ほう。お前には何か策があると」
アリオンの言葉を受けてマデリーネは悠然と立ち上がった。
「戦うことが貴族の宿命といえど、戦場に立つことだけが戦いとはいえないでしょう」
雅なドレスを着飾ってパーティに出席し本心を隠しながら美辞麗句を並べ立てる。マデリーネはそんな社交界の営みもまた、干戈を交えぬ一種の戦いだと理解していた。
それと同じである。軍事的手段で解決が難しいなら政略的手段で解決すればよいのだ。
「お父様。私をグレアムのもとに嫁がせてください」