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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
210/441

41 冬営 3

 ドォン!


 晴れ渡った昼下がり、クサモの町中で大きな爆発音が響き渡った。


「もう一度だ」


「はい」


 グレアムの言葉にアムシャールで猟師をやっていたという壮年の男が頷く。


 猟師が差し出した矢の先端にエスケープスライムが取り付く。スライムが転移したことを確認した猟師は、矢を天空に向けて放った。


 エスケープスライムの"皮"――爆体を先端に付けた矢は大きな放物線を描き標的に達する。


 ドォン!


 矢は標的に着弾した瞬間、大きな爆発を起こした。


「爆発の大きさはおよそ三メイルほどですか」


 手で庇を作ったスヴァンがそう呟く。ベイセル軍がクサモの町を攻め立てた際、兵士が地面に埋められた爆体を踏んで起きた爆発とほぼ同じ大きさだった。


「ああ、だが見た目ほど威力はない。せいぜい二、三人を吹き飛ばすぐらいで殺傷力もそれほど高くない」


 爆体に使用している魔術の<火爆(フレイムボム)>は、直撃すれば腕や足の一本は吹き飛ばせるが、本来の使い方は爆発の熱と衝撃波による牽制だ。


 そこで今、グレアムは爆体の威力の底上げと地雷以外の運用方法と模索しているところであったのだ。


「<火爆>ではなく<爆砕(ブラスト)>を使用しては?」


<爆砕>は<火爆>の上位版で威力も<火爆>の数倍ある。


「"皮"に残っている魔力で<爆砕>は無理だ。<火爆>すら魔力が足りず魔石で補なっているんだ。<爆砕>クラスの魔術を発動するにはオーガクラスの魔石が必要になる」


 クサモの町でオーガが発生するたびに魔石を回収しているが、それでも五十個もない。軍需物質の消耗品としては心許ない数字だ。対して、ディーグアントの魔石は山程あった。ディーグアントの魔石を爆体に使用しての威力の底上げを考えたほうが現実的と思えた。


「次はこれだ」


 グレアムは薬缶を亜空間から取り出すと中の液体をエスケープスライムに注ぐと先程と同じように矢の先端に爆体を付けた。


「液体を加えた分、さっきより重量があるが」


「……これぐらいなら問題ないでしょう」


 シュパ!


 先程よりもやや気持ち高めに放たれた矢は隣の標的に着弾すると――


 ドドォン!


 先程よりもやや大きな爆炎を巻き起こしただけだった。


「……一体、何を注いだんです?」とスヴァン。


「ナフサだ」


 ペル=エーリンクから手に入れた燃える水からフォレストスライムを使って抽出した粗製ガソリンである。ブロランカ島のニの砦攻撃時にナフサを陶器の壺に詰め、火縄を付けて砦の中に投げ込ませたりもした。


「威力を上げるには量が足りないか……」


「ですが、これ以上重くしては――」


「手投げ式では――」


 ああでもない、こうでもないと猟師の男と議論と実験を繰り返すグレアム。最終的に熱と衝撃波だけでは殺傷力に限界があることに気づき、爆体の運用は以下のように落ち着いた。


・地雷のような設置型は錆鉄片や陶器片を爆体に含ませ殺傷力を上げる

・矢に爆体を付けて飛ばす爆烈矢は重量の問題からそのままとする

・手投げ型は今後の課題とする


 一方、グレアムの傍らでこの実験の一部始終を見守っていたスヴァンは不思議に感じた。


 ◇


「何が不思議だと言うのだ?」


 鉄格子の向こう側からベイセル=アクセルソンが左手でクッキーを食べ、右手で書き物をしながら聞いてくる。ベイセルは今、蟻喰いの戦団に捕虜として扱われていた。


 グレアムとしては無条件で解放しても良かったのだが、ベイセルによって潰された村人の恨みは深い。放っておけばベイセルが私刑(リンチ)に会うのは明白だった。そこでグレアムは身代金を村人の補償に充てることにした。王国から使者がやってきて身代金が支払われるまで、ここで拘禁される予定である。


 それはそれで、人が増えれば書類仕事も増える。だが、圧倒的に読み書きできる人間が足りていない。そこで、グレアムはベイセルにも書類仕事の一部を手伝わせることにしたのだ。"なぜワシがそんなことを"とベイセルがゴネるのではないかと懸念したスヴァンだったが、『人には生まれついての役割があるのだ』と何か憑き物が落ちたような顔で素直に仕事をするベイセルだった。


「書類に食べカスをこぼさないでください」


「む?」


 ベイセルはフッと食べカスを息で払う。床に落ちた食べカスを求めて数体のスライムがベイセルの足元に寄っていくのを見ながらスヴァンは断言した。


「グレアム・バーミリンガーは間違いなく天才です」


「……まあ、否定できる要素はないな。何せあいつはこのワシさえも退けた最強のスキルを持っているのだからな」


 この世界では生まれ持ったスキルも才能の一部として認められている。スキルを持った者が持たない者にスキルを使って勝利したとしても卑怯と見做されることはない。


「なるほど、多彩な能力を持つスライムを操る【スライム使役】は確かに強力なスキルです。ですが、果たしてグレアム以外の人間、例えば私やあなたが【スライム使役】を持っていたとして彼ほど有効に使えたでしょうか?」


「……使うどころか、間違いなく恥じ入って生涯封印したことだろう」


「はい。私もそう思います」


 グレアムの従来にない発想とそれを実現する能力。まるで深い教養と高度な知識を身につけているかのようだ。だが、そんなはずはない。彼は間違いなく十三歳の少年であり、生贄奴隷となる前は孤児院で育った平民に過ぎない。で、あればグレアムは神に深く愛された俊豪としか考えられない。


「普通、あれだけの才能があれば人生が楽しくて仕方がないのではないですか?」


「確かにな。ワシがグレアムほどの才を持っているならばどうするかと、年甲斐もなく夢想するよ。だが、グレアムはそうではないと?」


「グレアムの秘書になってから彼が楽しそうにしている姿をついぞ見たことがありません」


 始めは責任ある立場として、内面を見せないだけだと考えていた。本当は楽しんでいても、それを表に出さないだけなのではないかと。アイク=レイナルドがそのタイプだった。だが、その割にはグレアムは怒りや不快感は表に出す。


 グレアムを観察するにつけ、これは本心から楽しんでいないのだと感じた。それは爆体の実験をしていた猟師の男と比べれば一目瞭然だった。猟師は新しい武器に興奮を隠しきれないようで、実験の最後に捕らえていたオーガが改良地雷を踏んだ時には、まるで少年のようにはしゃいでいた。対してグレアムは徹頭徹尾フラットだったのだ。


「自分のアイデアが形になる。これほど面白いことはないでしょう。なのに、グレアムは全く楽しそうではなかった。それが私には不思議でならない」


「ふぅむ」


 ベイセルは皿の上の新たなクッキーに手を伸ばしながら考える。スヴァンの言うように何事も楽しめない人間など、この世に存在するのだろうかと。


 何を楽しみに生きているのかと問われるような人間でも娯楽の一つや二つは必ず持っているものだ。


 グレアムは楽しみの基準が人とは違うだけで、人知れず他の事で楽しんでいるだけかもしれない。


「…………もしや」


 ベイセルは恐ろしいことを考える。


「何でしょう?」


 ベイセルの呟きを耳聡く聞きつけるスヴァン。


「いや、まさかな」


「何です? 何か思いついたならもったいつけずに教えてください。さもないと、もうクッキーを差し入れたりしませんよ」


「そ、それは困る。いや、あまりにも突拍子もない考えだったものでな」


「…………」


「…………『何事も楽しめぬ』。それが【スライム使役】の代償なのではないかと」


「…………」


「…………」


「…………まさか? そんな代償抱えてどうして生きていられるんです?」


 スキルの効能がどんなに強力でも求められる代償の問題で使えないという話はよく聞く。【スライム使役】の代償がベイセルの言う通りだとすれば、代償としては重過ぎる。


 何の楽しみもない人生。


 スヴァンならとっくに自殺している。


「だから突拍子もないと言っただろう。……だが、もしそんな代償を抱えているのだとしたら……」


 そう呟くなり、ベイセルは深い思索に耽る。それはスヴァンが夕食を持ってきてもまだ続いていた。


 翌朝、クマの出来た目でグレアムを呼んだベイセルは開口一番こう言った。


「ワシを蟻喰いの戦団に入れてくれ」

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