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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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38 レイナルド家の毒婦 5

 アイク=レイナルドが呼び鈴を鳴らすと、軽やかな鈴の音が響いた。


「お茶を頼む」


 やってきた女中にそう頼むと、アイクはソファーに腰を下ろした。


 徹夜が堪えたようだ。体が重く感じる。


「それで、どうするの?」


「どうする、とは?」


 姉オリハの問いにアイク。


「あの忌み子よ! 本当に生かしておくつもり!」


「ええ。最初に言った通りです。王宮に監禁し、死ぬまで王国のために働いてもらう」


「正気なの!? あれが十二年前に捨てたレイナルドの子息だと知られればどうなるか!」


 まず、間違いなく家は取り潰され、最悪の場合、アイクとアリーシャ、そしてオリハの首が門前に晒されることだろう。


「誰が知るというのです? マイクは既に死んだことになっている。グレアムがマイクだと知るのは私と姉上、それに薬裡衆の極一部のみ」


「ケルスティン=アッテルベリが疑っているそうじゃないの」


「疑わせておけばよろしい。証拠は何もありません」


 仮にケルスティンが確信を持っていたとしても、レイナルド家に不利に動くような真似はしないだろう。祖父ダイク=レイナルドを「先輩」と呼び慕うケルスティンは、ダイクの今際の際に幼い一人息子を託された。ダイクの死後もレイナルド家が権勢を維持できたのはケルスティンの後見があったからである。


 父の成人後、ケルスティンはダイクから受けた恩は返したといわんばかりにレイナルド家から徐々に距離を置くようになったそうだが、今も年二回の宴席には欠かさず出席している。マイクの件はレイナルドと関わりの深いケルスティン自身にも火の粉が降りかかりかねない。


「どうしてもあの忌み子を殺す気はないのね?」


「ええ」


「……そう。ならいいわ」


 納得したように聞こえるが、オリハがマイクの殺害を諦めたわけではないのは瞳の奥にいまだに燃え盛る憎悪の炎を見れば明らかだった。息子(サザン)を殺したマイクがおめおめと生き延びることが我慢できないのだ。オリハは今も独自にマイクを殺す方策を立てているに違いない。


(息子を殺された母の執念か……)


 アイクは蟻喰いの戦団討伐後のマイクの保身についてあれこれ思いを巡らす。母の執念を見誤れば足元をすくわれかねないと思った。


 だが、すべては手遅れであったと、すぐにアイクは思い知ることになる。


 コン、コン


 応接間に響くノックの音。入室を許可すると妻のアイーシャが人形のマイクと共に入ってきた。


「アイーシャ、どうした?」


 妻の顔色が悪い。何かあったのだろうか?


「マイクがね、伯母様にどうしても伝えたいことがあるんだって」


「姉上に?」


 珍しいこともあるものだ。アイーシャは十二年前の経緯からオリハを恐れている。アイーシャからオリハに近づくなど今まで無かったことだ。


 オリハは人形とアイーシャを薄気味悪そうに一瞥すると「結構よ」と冷淡に言い放つ。そのままアイーシャとすれ違いに部屋から出て行こうとし、アイーシャに手首を掴まれた。


「いえ、そう言わずに」


「!? 何だって言うーー」


 ザクッ


 マイクの人形が床に落ちる。その直後に鈍い音が応接間に響いた。


「ーー!?」


 オリハが自分の胸に突き刺さったナイフを信じられないものを見るような顔で見ていた。


「伯母さんのサザンを殺してごめんなさいってマイクが言ってるわ。マイクの母として、私も謝罪します。お義理姉様。サザン君が死んで私も本当に悲しいの。サザン君はマイクにも優しくしてくれたいい子だったから」


 オリハの胸にナイフを突き立てたアイーシャの声は穏やかだった。


「でもね。私、マイクがあなたの息子を殺したことを知った時、心から笑わせてもらったわ。実に十二年ぶりにね」


 オリハが怒りで目を剥き出してアイーシャに掴みかかろうとする。その前にアイーシャはナイフを抉った。


「ーーーー!?」


 オリハは声にならない叫びを上げたかと思うと床に倒れた。目を開いたまま、ピクリとも動くことはなかった。


「ーー何ということを」


 アイクは目の前で起きた悲劇に何の反応も出来なかった。いくらアイーシャの言動に驚いていたとはいえ、アイクは幾多の戦場を潜り抜けた猛者である。普段のアイクであればアイーシャがナイフを取り出した時点で反応していたはずだった。


 それができなかったのはアイクの体を襲う異変のせいだった。


「!? ーーぐふぉ!」


 突如、アイクは大量の血を吐く。


(これは……、毒? あのスープか)


 震える親指で中指に嵌めた毒無効の魔道具に触れる。親指に嵌めた魔道具はそれが確かに生きていることを示していた。


 コトッ


 アイーシャが黒い陶器の小瓶をテーブルに置いた。

 

「黒あやめの花の根から抽出した毒だそうよ。黒あやめは竜大陸にしか生えていない新種だから、この大陸の魔術では、まだ対応していないのですって」


「……いつからだ?」


「何が?」


「いつから正気に戻っていた?」


「始めからよ。気が狂ったふりをして、マイクがどこに捨てられたのか探っていたの。ムルマンスクの個人経営の孤児院は盲点だったわ」


「…………」


 十二年間、すべての人間の目を欺き続けてきたというのか。見誤っていた。母の執念を。


「……なぜ私を殺す?」


「決まっているじゃない! あなたがまたマイクから奪おうとしているから! あなたは十二年前、マイクから私という母親とレイナルド家嫡男の地位を奪った! 今度はマイクの自由!? もうレイナルドに何も奪わせはしない!」


 なるほど、確かにその通りだ。何の反論もできない。だから、アイクは最後に心からの言葉をアイーシャに贈った。


「アイーシャ、愛してる」


「ええ、私もよ」


 王国軍最高位の地位に登り詰めた男はその返事だけで満足だった。

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