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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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36 レイナルド家の毒婦 3

「何事です? 姉上?」


 食堂から応接間に移ったアイクは怒るオリハに問い質した。


「決まっている! あの卑しいスライム使いのことよ! おまえ、テオドール王に奴の生け捕りを提言したそうね! しかも、王はそれを承認したと!」


 やはり、そのことかとアイクは内心で溜息を吐いた。


「どういうつもり!? お前はサザンの仇を討つことを誓ったのではなくて!?」


 レイナルド家の闇"薬裡衆"の管理者たるオリハ・レイナルド。レイナルド家の闇を知り尽くした彼女は、それゆえに他家に嫁がせることもできず、この歳まで一人身であった。しかし、アイク以外の家族がいなかったわけではない。王国八星騎士に任じられ、王宮でグレアムに殺されたサザン・レイナルドは彼女の息子である。


 ちなみにサザンの父親について、アイクは当時、オリハが熱を上げていた男娼との子供ではないかと疑っているが、オリハ自身は帝国との戦で戦死したある男爵との子供だと主張していた。


「無論、その誓いを違える気はありません。だが、王国はグレアムによって多大な損害を受けたことも事実です。王国のためにグレアムを働かせることができればサザンも本意でしょう」


 出自はどうあれサザンは優秀で忠義に厚い勇士であった。幼い頃より神童と呼ばれ武芸に長じ、王国法や詩歌を諳んじる一種の天才であったのだ。それでいて驕ることなく弱気を助け強気をくじく男意義もあり、王国のために働くことに喜びを見出す義士でもあった。


 昨年の武闘大会ではリーに破れたが、それからサザンは自身のスキルと武技をさらに磨き、あの王国最強グスタブ=ソーントーンから一本取れるまでに成長していた。さらに長じれば、間違いなく王国史上でも屈指の傑物となっていたことだろう。


 その最愛の息子を殺されたのだ。サザンの死を知ったオリハの嘆きと怒りは凄まじく、冥府の女神がこの世に顕現したかと思うほどであった。


「おまえはわかっているの!? あのスライム使いを生かしておくことが我が家にとって、どれほど危険なことなのか!?」


「…………やはりグレアムに暗殺者を送っているのは姉上でしたか」


 無意味なことをとアイクは思う。グレアムの側には【気配感知】スキルを持つオーソンがいるのだ。暗殺など不可能だろう。万が一を考えアイクも【ロールバック】スキル持ちのスヴァンをグレアムの元に送り込んだ。これでグレアムを暗殺という手段で排除はできなくなった。


 グレアムと蟻喰いの戦団を舐めてかかっているベイセル=アクセルソンが敗れることは予想していた。そして、ベイセルがスヴァンを殺し、過去に戻ったスヴァンがグレアムに助けを求めるであろうこともスヴァンの経歴から予想がついた。


 王国の魔女ケルスティン=アッテルベリの介入もあり多少の計算違いもあったが、概ねアイクの予想通りの結果となった。スヴァンはグレアムの部下となり、ベイセルが大敗したことでベイセルを中心とするレイナルドの敵対勢力は沈黙した。


 そこにアイクはグレアムの生け捕りを王に提言したのだ。王国首脳部に反対する者は皆無であった。


「あいつは私のサザンを殺したのよ! 八つ裂きにしても飽き足らないわ!」


「……今後は控えてください。グレアムを暗殺しても失った王国の威信は取り戻せません。軍を持って堂々とグレアムを打ち破ることこそが肝要なのです」


 あくまでも冷静なアイクの言葉に、オリハは苛立った声で真実をぶつけた。


「…………いい加減、本音を言ったらどう? ()()()()()は殺せないって」


「…………」


 グレアム・バーミリンガーと呼ばれる少年の正体は、十二年前、ムルマンスクの孤児院に捨てたアイクとアイーシャの息子マイクである。


 母譲りの亜麻色の髪と父譲りの黒い瞳。そして【スライム使役】である。すぐにグレアムの正体がマイクであることはわかった。そして、その事実を知るものはアイクとオリハ、そして薬裡衆のごく一部だけである。


 マイクが生まれた当時、オリハはマイクが【スライム使役】持ちであることを知るやいなや、アイーシャを激しく責め立てた。欠陥品を生んだと。


 汚物を食らい逃げ隠れするスライムの生き方は貴族のそれとは相反する。スライムを嫌悪する王侯貴族は多い。名誉あるレイナルドの嫡男として相応しくないというオリハの主張もある面では正しい。だが、マイクが家を継ぐには何の問題もない。マイクはスキル無しとして王国に報告すればよいだけである。様々な理由でスキルを公にできない家は多い。もちろん、虚偽の報告が露見すれば問題だが上流階級のスキルは詮索しないのがこの国の暗黙のルールであった。


 アイクにはサザンをレイナルド家の跡取りとしたいオリハの思惑が透けて見えた。思えば男爵との血縁を主張したのもそれを見据えてのことだったのだろう。正統な青い血を父と母両方から受け継いでいるという事実は貴族社会にとっては重要だ。


 オリハは長年、家のために後ろ暗い仕事をしてきた。せめて、愛息子は陽の当たる場所で生きてほしいという思いがあったのかもしれない。


 だが、アイクはマイクを廃嫡する気などなかった。業を煮やしたオリハは薬裡衆の一部を動かし始め、危険を感じ取ったアイーシャはマイクを連れて逃げ出そうとする。


 アイクは愛する二人を失うまいとオリハと敵対し、家を二分する争いにまで発展しそうになる。


 結局、当時、存命であったアイクとオリハの父の命によりマイクを捨てることになった。父もオリハを家に縛り付けていることに負い目を感じていたのかも知れない。


 だが、息子を失ったアイーシャは正気を失い、いつしか一体の人形を自分の息子だと思いこむようになる。

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