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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
201/441

32 戦後処理 3

 オーソンに案内されてグレアムは町の外に出る。特に仕事のないリーと護衛の熊獣人ターシェと共に連れてこられたのは町の郊外。そこには二百人以上の村人らしき人々が疲れたように佇んでいた。着ているものは薄汚れおり、彼らが旅をしてきたことが伺い知れた。


「…………彼らは?」


「西にあるアムシャールという村の住人たちだ」


「アムシャール」


 聞き覚えがある。確かクサモに立て籠もる直前に生活物資を購入するため立ち寄った村の一つだ。


「その彼らがなぜここにいるんだ?」


「話せば長くなるんだが……」


「それはあたしから説明するよ」


 そう前に進み出て答えたのは金髪とそばかす顔の年若い娘だった。


「あたしはエステル。アムシャール村の村長の娘。心労で倒れた父の代理よ」


 グレアムは改めてアムシャール村の住人達を見回してみた。ボロボロの荷車には壮年の男性が寝かされている。彼が村長なのかもしれない。荷車には他にも足腰の弱そうな老人や子供が腰掛けていた。大人達はいずれも大きな荷物を背負っており、まるで村まるごと夜逃げでもしてきたかのようだった。


「あたしたちの村は王国軍に――ベイセルに滅ぼされたの」


 ベイセル軍は行軍の際に食料を持参せず行く先々の村や町での徴発で賄っていた。アムシャールもそのうちの一つに運悪く選ばれた。大きな村や町ならばともかく、アムシャールのような小さな村では五千の兵士はキャパシティオーバーとなる。


 ベイセルは食料の供出を断れば村長を殺し、それでも食料を出さなければ略奪を言外に匂わせた。止むを得ず、エステルたちは村にある全ての麦と家畜を供出する。そうして、ベイセル軍はパンと肉を兵士達の背嚢に詰め込むとすぐに村を離れたという。


 残されたのは途方に暮れた村人達であった。冬を越すための食料がない。このままではほとんどの村人が餓死する。


「領主に支援を頼めないのか?」


「領主はうちらから取るだけで、与えてくれることなんかないよ」


 領主にとってアムシャールは数ある村の一つにしか過ぎない。村が潰れて税が取れなくなることで王国に反感を抱くことはあっても、村を救おうとは思わない。少なくともエステルたちの領主はそういう人間のようだった。


「軍が村から去った後、私たちは話し合った。親戚とか頼れる人がいる人はそこに行くことになったけど、そうじゃない人の方がずっと多かった」


「…………」


「仕方がないから残った村人でお金を出し合って近隣の村から食料を買うことにしたんだ。不幸中の幸いとでもいうか、お金までは取られなかったから」


「だけど、買えなかった?」


「そう。やたら羽振りのいい人たちが先に買い込んでいたから。買えても、とても冬を越せる量じゃなかった」


 やたら羽振りのいい人たちとは、言わずとしれた蟻喰いの戦団(自分たち)のことであろう。フォレストスライムのおかげで海水から金を抽出しているので資金は潤沢なうえ、タウンスライムの亜空間収納で荷物がかさばることはない。時間が許す限り、行く先々の町や村で買い込ませたのだ。


「つまり、お前たちの用事は俺から食料を買い戻したいということか?」


「そうしたかったけど、あなたたちがどこに行ったのか分からなかった。私たちはまた話し合って、結論が出ないまま時間だけが過ぎていった。そして、あいつがまたやってきたの」


「あいつ?」


 エステルの合図を受けて村の男達が大きな袋に入った何かを数人がかりで抱えて持ってきた。袋を取ると中から猿ぐつわを噛ませたやたら恰幅のいい男が出てくる。薄汚れてはいるが身なりもいい。


「こいつよ。ベイセル」


「こいつが?」


 ベイセルは禿頭に血管を浮き上がらせフーフーと唸っている。目は血走り、おまえら全員殺してやるといわんばかりだった。


「こいつは村の集会場に姿をあらわすなり、お酒と食べ物を要求してきたの。すごく居丈高にね」


 しかし、そんなことを言われてもほとんどの食料はベイセルが持っていってしまったのだ。それを村長が告げると「知るか!」と怒鳴りつけた。いい加減、堪忍袋の緒が切れた村の若者がベイセルを殴りつけ、それを呼び水として村人全員でベイセルの袋叩きが始まった。村長が止める暇もなかったという。


「……オーソン。この国で平民が貴族に手をあげればどうなるんだ?」


「家族全員縛り首だな。今回の場合だと村ごと滅ぼされかねん」


「……なるほど」


 つまり、彼らは本当に村ごと夜逃げしてきたわけか。グレアムは片手で顔を押さえた。


「なんてバカなことを……」


 村長が心労で倒れるわけだ。


 隣のリーが「おまえが言うかよ」という目を向けてきた気がするがとりあえず無視する。


「ベイセルに何が起こったのか、だいたい察せたわ。だって一人だったんだもの。ここにはベイセルに案内させてきたの」


 ジロリとグレアムはベイセルを睨みつける。


 怒りは虚勢に過ぎなかったのか、途端にベイセルは赤かった顔を青くさせ震えだした。後ろに縛られた手の指が一本、歪に曲がっている。ここに案内させるために村人が折ったのだろう。だが、同情も憐憫も起きない。頭痛の種を持ち込みやがって。


「こいつを埋めて、何も無かったことにはできないのか?」リーがエステルに訊く。


「こいつの乗ってきたグリフォンが逃げちゃったの。幻獣って馬よりずっと頭がいいんでしょう?」


「まぁな。グリフォンと意思疎通できるスキル持ちもいるしな」


 アムシャールの村人がベイセルに手をあげたことが露見するのは遅かれ早かれ確実というわけか。


「つまり、お前たちの用事は――」


「あたしたちを雇ってほしいんだ!」


「……俺たちがどういう存在か知っているのか?」


「ベイセルに聞いたよ。王様を殺したんだってね?」


「そうだ。つまり王国の敵だ」


「それはあたしたちも一緒。でも、私たちと違ってあんたはその王国を撃退できる力がある」


「つまり、労働力を提供する代わりにおまえたちを守れと?」


「ダメかな?」


 エステルが上目づかいに訊いて来る。


 いや、ダメだろ。


 そう口に出しそうになったが、リーがこそりと耳打ちした言葉で思い留まる。


「グレアム。拒絶すれば、あいつらは盗賊に身を落とすしかなくなる」


 何らかの理由で立ち行かなくなった村が、丸ごと傭兵団になる例は珍しくない。魔物や野盗から村を守るために村には戦える人間が何人かいる。そういった人間を中心に傭兵稼業で糊口をしのぐのだ。だが、貴族(ベイセル)に手を上げたアムシャールに傭兵稼業などできるわけがない。それでも家族を養わねばならないのならば、できることは少ない。


「…………」


 だが、アムシャールの住人を受け入れるには問題があった。現在地の王国東北部は北と東を山脈に囲まれている。つまり、王国を出るには細い山道を通って山を超える必要がある。


 村人の荷物は亜空間に収納すればいい。彼らを乗せるディーグアントも足りている。だが、いきなり倍以上に増えた集団をまとめて速やかに山越えができるだろうか。


 山には山賊も出ると聞く。何らかのトラブルで足止めを食らっている間に冬が来ればグレアム達は詰む可能性がある。ディーグアントは寒さに弱い。雪が降るぐらいの気温になれば、ディーグアントは巣穴から出てこなくなる。蟻喰いの戦団の足であるディーグアントが冬山で動けなくなれば終わりだった。


 かといって、ここで春が来るのを待つのも考えものだった。先程も述べたようにこの王国東北部は北と東を山に囲まれている。冬になれば山道は雪と氷で閉ざされ袋小路となってしまうのだ。


 もし、冬の間に西と南から王国軍に大軍で向かって来られたら逃げ場がなくなる。冬に作戦行動を起こさないのが常識だが、その常識にとらわれ破滅した例をグレアムは知っている。


 そして、そのグレアムの懸念は正しかった。グレアムはまだ察知していないが王都では王国元帥アイク=レイナルドがグレアム討伐のために六万に及ぶ軍勢を準備しているところであったのだ。


「…………少し考えさせてくれ」


 結局、グレアムは返事を保留した。

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