2 ディーグアント
村から五百メートル手前に配置したスライムが敵の接近を知らせてきた。
あと、二分もしないうちに接敵する。
グレアムは敵が来る方向に眼を向けた。
そこには、石と木材で強化された土塁が築かれ、丸太杭が等間隔に打たれている。
グレアムは槍を持って土塁に向かった。
「グレアム! 俺たちは!?」
右腕と左足のない男ーーオーソンが松葉杖をついてやって来る。
オーソンの背後にはオーソンと同じく四肢がどこかしら欠損した者たちが十人ほど控えていた。
「いつも通り、サポートに」
オーソンは一瞬、悔しそうな表情を見せるが、すぐに彼らは土塁の前に陣取る子供と老人たちの後ろについた。
子供、老人、そして四肢を欠損した大人。
およそ農作業のような重労働には耐えられない者たち、それがこの防衛二の村の全戦力だった。
「来る!」
暗闇から敵が姿を現わす。
巨大な蟻の胴体に、頭の部分には人間の上半身のようなものがついている。
蟻の部分は黒く、人間部分は白い。
禿頭で耳と鼻が無く、普通の蟻のような複眼と大顎、二本の腕の先端は鎌のようだった。
いわばアラクネの蟻版といった感じだ。
この魔物の名はディーグアント。
それが百体以上、視認できた。
土塁の手前には深さ二メートル、幅三メートルほどの空堀がある。
そこにディーグアントが殺到してくる。
空堀には毒スライムに吐き出させた空気より重い毒ガスを充満させているが、ディーグアントも微弱ながら毒を持っているせいか効果が薄い。ディーグアントの動きをわずかに鈍らせただけだった。
空堀の底で土の壁に阻まれ動きを止めたディーグアントを踏み台にし、他のディーグアントが堀を乗り越えようとする。足りなければ、さらにそのディーグアントを踏み台にする。
そうして空堀を乗り越えた一体が土塁にとりついた。
「ギチギチ」
大顎を鳴らして威嚇するディーグアント。
グレアムは丸太杭の隙間から、すかさず、その頭に槍を叩きこんだ。
「プギュ」
白い液体を飛び散らし、ディーグアントが倒れる。
だが次々と空堀を乗り越えた他のディーグアントたちが土塁にとりつき始めた。
土塁の内側にいる子供と老人たちも槍を突いて迎撃する。
「無理に頭を狙わなくていい! とにかく、体を突いて動きを止めるんだ!」
老人の槍が白い人間部分の腹を突くと蟻が地面にのたうちまわる。
これだけでこの蟻は数分戦えなくなる。
だが子供と老人の数は二十に満たない。
時間稼ぎの迎撃も間に合わず、丸太杭を駆け上るディーグアントが現れる。
「フン!」
だが、そのたびにオーソン班の槍が振るわれ、こちらの被害が出る前に、ディーグアントを処理していく。
オーソン自身も、丸太杭より太い左腕を振るい、松葉杖を蟻の叩きこんでいた。
「まずいぞ、グレアム。処理できる数を超える! まだか!」
「師匠!」
グレアムは櫓に登って敵の様子を伺っていたヒューストームに呼びかける。
「まだじゃ! もう少し辛抱せい!」
「くっ、突け! ただ、がむしゃらに突くんだ!」
グレアムの鼓舞とも言えない叫びに、みな必死の形相で槍を突く。疲れで槍が上がらなくなってくる。穂先が欠ける。柄が折れる。
蟻たちが、お前の頭を潰すと言わんばかりにカチカチ顎を鳴らして威嚇する。
だが、逃げ出す者も、泣いて蹲る者もいない。
最終的な勝利を誰もが信じていた。
他ならぬグレアムを皆が信じていた。
そして、その時が来る。
「全部だ!」
ヒューストームの合図が櫓から放たれた。
「カウントダウン!」
「「「三」」」
グレアムは空堀の底に潜ませていたスライムに命じて、毒ガスと亜空間に蓄えたフォレストスライム製の酸素を一気に吐き出させた。
「「「二」」」
スライムたちを亜空間内に退避させる。
「「「一」」」
全員、身を伏せる。
「ファイアボルト!」
ヒューストームの放った炎の矢が、空堀に放たれる。
その瞬間、
ドォォォオオオン!
空堀から大きな爆発が起こった。
空堀近くにいたディーグアントは残らず吹き飛ばされ、土塁と丸太杭にとりついていた蟻も炎にさらされる。
毒スライムの毒ガスに酸素を混ぜると可燃ガスとなることをグレアムは発見していた。ギリギリまで耐えたのは、すべての蟻を爆発に巻き込ませるためだった。
「ギチギチギチギ、チ」
全身を炎に包まれたすべての蟻たちは、やがて動きを止め、崩れて落ちていった。