27 狂弾 1
『撃ち方止め。敵は降伏した。以後の勝手な発砲を禁じる。リーは敵の指揮官を発令所に連行してくれ。ジャックスとミストリアの部隊は生き残った王国兵を町の中心に集めて武装解除を。他は周囲の警戒。各自、<銃盾>を維持しろ』
極上の楽器が奏でる音色を聴くような気分で私はグレアムの指示を通信器越しに聞いていた。
五千の王国軍にグレアムが完全勝利した。これほどの偉業、かの大将軍ダイク=レイナルドや傭兵王ジェレミー・ウルフでも成し遂げたことはない。
やはり、グレアムは私達を救うためにこの地上に顕現した神なのだ。
だからこそ許せない。
グレアムを裏切ったナッシュとヘンリクが。
既に私の照準器はオーソンに連れられ肩を落として歩くヘンリクを捉えていた。
……ナッシュの姿は見えない。
逃げられたか。まぁいい。
彼我の距離はおよそ三百メイル。オーソンの【気配感知】も届かない距離。トリガーを引けば一秒でヘンリクの頭は弾ける。そして、実際にそうするつもりだ。
ヘンリクとの付き合いは四年ほど。彼がニの村に来た当時は私よりも背が小さく、よく兄と私の後ろをついて歩いてきたものだった。
特にヘンリクは兄によく懐いていた。だからだろう。ヘンリクがグレアムに反抗的なのは。兄はグレアムを庇って死んだ。あの兄のこと、いつかそうなる日も来ると覚悟はしていた。
だから初めからグレアムに恨みはない。ただ酷く悲しかった。その悲しみを埋めてくれたのが他ならぬグレアムだった。
彼の行動は常に驚きの連続で私に希望を与えてくれる。彼がいなくてはブロランカ島で生き延びることはできなかった。
もはや、彼のいない世界で生きていくことなど考えられない。
だから、ヘンリクには死んでもらう。
優しいグレアムのこと、きっと彼はヘンリクを許すだろう。でも、それではダメだ。
一度、裏切り者を許せば、また裏切り者が出る。裏切りは決して許さないという確固たる意志が私たちには必要だった。
いわばヘンリクは見せしめだ。
グレアムを裏切れば私が必ず殺すという意思表示だ。
無論、「殺さず」の掟は百も承知だ。破れば良くて追放、悪質ならば死刑となる。
グレアムを誤魔化せるとは思っていない。魔銃を使う限り、私がヘンリクを殺したことは必ず露呈するだろう。
だけど、それでも良いと思っている。追放されたとしても蟻喰いの戦団にいられないだけで、遠くから見守ることはできる。それは裏切りの抑止力となるだろう。グレアムを守るのに私が側にいる必要はないのだ。
死刑になったとしても、それはそれで構わない。死刑の執行者はグレアムだ。彼にならば殺されてもいい。もし、それでグレアムの心に永遠に消えない傷が残れば、至福の喜びだ。
だから、掟では私が魔銃のトリガーを引く指を止めることはできない。
「さようなら。ヘンリク。嫌いじゃなかったわ」
最後にそう呟き、私はトリガーを引いた。
銃口から真っ直ぐに迸った赤い光弾は、何故かヘンリクの頭ではなく、グレアムの胸を貫いた。
◇
「グレアムッ! グレアムッ!」
遠くからオーソンが必死に呼びかけている。
それでグレアムは自分が致命傷を負ったのだと分かった。
ミリーがヘンリクを殺すかもしれない。
そうリーから連絡をもらったグレアムはクサモの町郊外に設置した臨時発令所の天幕から外を見た。
丁度、オーソン達が歩いてきているのが目に入る。同時に防壁から魔銃を構えているミリーの姿も。
咄嗟にグレアムは天幕から飛び出し、ヘンリクをつき飛ばした。ミリーに止めろと呼びかけることも、魔力障壁を展開することもできなかった。
ミリーの放った<炎弾>はグレアムの心臓をグシャグシャに破壊し背中から抜ける。その衝撃にグレアムは目と耳と口から血を流して倒れた。
強烈な痛みは一瞬しか感じなかった。ただ、凍えるような寒さが全身を襲う。流れる血が地面に大きな血溜まりを作っていく。
ヤマト達が亜空間から必死で<再生>魔術をかけようとしているのが思念波で分かったが恐らく間に合わない。
前世での一度目の死の経験がそれを教えてくれる。
自分は死ぬのだと。
(師匠、申し訳ありません)
自分はここまでだ。気掛かりは残された団員達だ。スライムに【スライム使役】で与えた命令がグレアムの死後も継続されるかどうかは流石に分からない。
ただ何となく、スライム達は律義に命令を守り続けてくれる気もしている。だから、団員達がすぐに魔銃と亜空間収納が使えなくなって困ることはないはずだ。
(オーソン、後を頼む)
それを最後にグレアムの意識は闇に消えた。