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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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26 ドラゴンの腹 6

 シュパパ、バシュ!


「ひぃ!」情けない悲鳴がベイセルの口から漏れる。


<炎弾>が騎士の頭部を貫き、血と脳漿が青い半透明の魔力障壁を赤く濡らした。


 無数の赤い光弾が迫ってくる光景にベイセルの周りを固める魔術師達は咄嗟に<魔壁(マジックウォール)>を展開した。


 そのおかげで、ベイセルとその近くにいた幕僚数名は<炎弾>の雨から守られたが、魔力障壁の外にいるベイセル子飼の騎士の多くが戦闘不能に陥る。


「フ、<火炎散弾(フレイムショット)>!? バカな!? グレアムは死んだのではないのか!?」


「そんなことよりも閣下! 早く脱出を!」


 なす術もなく撃ち倒される騎士に顔を青くする幕僚達。総大将を逃すべくベイセルに脱出を促す。


「う、うむ!」


 ベイセルも真っ青になって愛騎(グリンブルスティ)の腹に拍車を当てる。だか、巨大な猪は動こうとしなかった。


「どうした、エリーメイ!? 動け、動かんか!」


 だが、どれだけ腹を蹴っても愛騎は一歩も歩こうとしない。軍馬二頭分の体力と体格を持つ幻獣は完全に怯えていた。


「くそ! この役立たずめ!」


 業を煮やしたベイセルは代わりの馬を持ってこさせようと鞍から辺りを見回す。


「!?」


 だが、既に魔力障壁の外側で立っている者は一人もいなかった。騎士も馬も等しく血を流し地面に倒れている。


「あ、ああ……」


 ベイセルの麾下五百の騎士は激しい西部戦線を戦い抜いた猛者である。それがものの数分で全滅している。その光景にベイセルは平静を失った。


「閣下! 気を確かに! おい、クリスト! 閣下を連れて脱出しろ!」


 クリストと呼ばれた魔術師は幕僚に答えた。


「む、無理です! <魔壁(マジックウォール)>の維持に精一杯で我々はここを動けません!」


 戦場の花形と言われた騎士を壊滅させても、なお<炎弾>の雨は絶え間なく魔力の壁を打ち続けていた。


 ◇


「次は十一時方向。黒い銅鎧を着けた奴だ」


 リーの指示を受けたミリーはすかさず目標を見つけ、トリガーを引いた。


 照準器の向こうで黒い銅鎧の兵士が頭から血を流して倒れる。


「次はそこから三時方向。羽飾りの兜を着けたーー」


 パシュ!


 リーが言い終わる前にミリーはトリガーを引いていた。


「……お見事」


 遠眼鏡の魔道具で羽飾りが倒れるのを確認したリーは短く賞賛する。


「次は?」


 だが、称賛された本人は冷淡に次の獲物を求める。


 リーは肩を竦めながら、遠眼鏡を覗きーー


「……危なそうな奴はさっきので最後だな。後はガトリングとオルガンで対処できる奴しか残っていない」


 リーは【危機感知】スキルで味方に被害を及ぼしそうな危険な敵を探し、それをミリーに伝え狙撃する役目を与えられていた。


 ミリーが狙撃手、リーが観測手である。ガトリングガンとオルガン砲の一斉射撃が始まって数分の間に、反撃の意志と能力を持った敵を十人近く葬っている。

 パパパパパパッ!


 バシュウ! バシュウ! バシュウ!


 ガトリングガンの絶え間ない発射音とオルガン砲の定期的な発射音が鳴り響き、残った王国兵を血祭りに上げていく。


 もはや、クサモの町は王国軍の屠殺場と成り果てていた。その光景にリーも思うことが無いわけでは無いが、剣を持って戦場に立った以上、どんな死に方をしても文句はいえまい。


 敗軍の兵は悲惨な運命が待ち受けているのは当たり前で、死ねるだけでもありがたい事もあるのだ。


 倒れていく王国兵を無感情に眺めていると、ミリーは魔銃を持って立ち上がった。


「どこへ行くんだ?」


「裏側に回るわ。まだ、危険な敵が残っているかもしれない」


 リー達のいる場所は南東部。対して、ミリーの言う裏側とは北西部にあたる。そこは防壁から領主の館に最も近く、ベイセル軍が集中している場所である。そこにグレアムはガトリングガンとオルガン砲を集中的に配備している。危険な敵は既に蜂の巣になっている可能性が大きい。


「そうか」


 だが、リーはあえて止めようとしなかった。怒る女の扱いは、"地雷"よりもデリケートに扱わねばならない。リーは耳元の通信器に手を伸ばすのだった。


 ◇


「閣下! お気を確かに!」


「あ、あ……」


 幕僚の言葉に平静を失ったベイセルはただ意味のない呟きしか返せない。そうしているうちに魔力の壁は<炎弾>に削られていく。後、数分もしないうちに<魔壁(マジックウォール)>の効果は消え失せるだろう。


 自分の命運もここまでか、そう幕僚が覚悟を決めた瞬間、頭上から羽ばたき音が響く。


 見上げると一人の女騎士がグリフォンに乗って、魔力障壁の内側へと降りてくる。


「ケ、ケルスティン殿!?」


「何をグズグズしているの!? さっさと逃げなさい!」


 妖艶ともいえる美しい顔に必死の形相を浮かべ叫ぶのは元八星騎士にして"不死"の異名をもつケルスティン=アッテルベリだった。


「そ、それが……、閣下!?」


「!?」


 ベイセルがケルスティンの背後から両手で彼女を押し飛ばした。


 地面に転がるケルスティン。


 ベイセルはグリフォンの鞍に跨ると天空高く飛び上がった。


(に、逃げた……。いや、脱出を促したのは私だ。これでいい。だが……)


 百年以上を生きているとはいえ、見た目はうら若き女性である。その彼女を押しのけて真っ先に逃げる指揮官に失望を隠せない幕僚だった。


「……まったく、ベイセル君のああいうところは変わりませんね」


 体についた泥を払いながらケルスティンが立ち上がる。


「見ての通り、最高指揮官は戦場を離脱しました。以後の指揮は私、ケルスティン=アッテルベリが引き継ぎます。よろしいですね?」


 王国軍法では最高指揮官が指揮不能状態となった場合、その場にいる軍幹部過半数以上の承認があれば指揮官の交代が許される。ケルスティンはその法に則り、正統な手続きを持ってベイセル軍の最高指揮官就任を要求した。


「はっ! ブロル=フリュクベリが承認いたします!」


「なっ!? ブロル!」


 この場に生き残った幹部二人のうち、一人がケルスティンの要求を承認する。


「仕方がなかろう! 今、この場で指揮官につけるのはケルスティン殿だけだ!」


 そして、王国軍法では五千以上の軍の指揮権を持てるのは王族か伯爵以上の爵位を持つ者に限られる。女伯爵のケルスティン以外に指揮権を引き継げる者はいなかった。


「ぐ、エーリャン=ヴィレーン、承認いたします」


「よろしい! それでは二人に最初の命令です! これを、敵軍に向かって大きく振りなさい!」


 そう言ってケルスティンが取り出したのは、長大な白い旗だった。


 ◇


『先程のグリフォンは本当に見逃しても良かったのですか?』


 狼獣人のミストリアが通信器を通じて質問してくる。


それに対してグレアムは「ああ、構わない。それよりも、もうすぐ敵軍が降伏してくる」


『降伏しますか? 敵はこちらの魔力切れを狙って反撃の機会を伺っているかもしれませんよ?』


 ミストリアとて、もはや一方的な虐殺となったこの戦いを続けたいわけではない。


 だが、かつて蟻喰いの戦団が壊滅させた王国航空部隊の騎士のほとんどは、降伏も逃亡もせず戦って死ぬことを選んだ。彼等にしてみれ逃亡奴隷の集団に命乞いや背中を見せることはプライドが許さなかったのだろう。


 今回もそうするのではないかとミストリアは思っているのだ。


「するさ」


 だが、グレアムは断言する。


(そういう取り決めをしたのさ)とミストリアには伝わらない思念で考える。


 ケルスティン=アッテルベリという女騎士に出会ったのが一月前。彼女はお近づきのしるしにと、捕獲用魔道具に入った数匹のスライムを手土産に持ってきた。その中の一体が、全身真っ黒なエスケープスライムだった。


 おかげで戦術の幅を広げることができた。エスケープスライムが残した"皮"は、数日ならば()()()()()。この"皮"に魔石を与えてやれば、意思のないスライムとしての特性を残すのだ。


 この"皮"に対し、グレアムは外部から強い刺激を与えれば、<火爆>の魔術式を他のスライムにリクエストするように命令した。こうして、地面に埋められたエスケープスライムの"皮"は踏まれることで、爆発する地雷として機能する。なお、爆発する際に残った魔石の魔力を暴走させ威力を上げる魔術式も"皮"に持たせている。


 こうして、当初は貴重なオリハルコンで地雷を作ろうとしていたグレアムは"皮"で代用することができ、広範囲に大量に地雷を敷設することができるようになる。さらには、一時的に爆発を止めるようにすることもできる点からも魔道具として作るよりも有用だった。


 このように大変よいものを送ってくれたケルスティンを邪険にはできなかった。そこで二度目に会った時に、総司令官のベイセルを見逃すことや降伏の方法、捕虜に関する取り扱い関する彼女の提案を承諾した。


 そうして、その取り決め通りにベイセル軍から白い旗が振られたのだった。

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