24 ドラゴンの腹 5
クサモの町に突入したベイセル=アクセルソンは混乱の只中にあった。
(なんだ? 何が起きている?)
突入直後、まだ薄暗い宵闇の中、廃墟同然の町中を巨大な猪に乗って進んでいたことは覚えている。
それはいい。
時折、襲いくる魔物も兵士達が処理していく。それを不機嫌に眺めていたことも。
昼間の戦い――ベイセルの人生において、戦であれほどの大敗を喫したのは初めてであった。なんとしても、雪辱を果たす、もはや生け捕りなどと温いことは言わないと決意した。
だが、クサモの町攻略の打開策は見つからず、夜遅くまで幕僚と協議し籠城戦しかないと結論付けたところで、ナッシュとかいう下種がグレアムの首を持って現れたのだ。
雪辱の機会を奪われた上に、これでベイセルが領地を得ることは難しくなった。領地を持たない法衣貴族から一定の領域を支配する諸侯となることは長年のベイセルの悲願であったのだ。それが果たせず不機嫌になるのも当然だ。
グレアムの遺産でも手に入れなければ割りに合わない。
なのに先行させた配下の騎士達はなぜか町の中心にある領主の館の前で立ち止まっている。
「どうした? 何をしている?」
「はっ、それが……」
騎士が前方を篝火で照らす。領主の館など影も形もなかった。
「……南門からの大通りを真っ直ぐ進めば、領主の館があるのではなかったか?」
「はっ、そのはずなのですが……」
クサモは半径五百メイルほどの円型の町である。領主の館を中心に神殿や各ギルドの建物に商人の店や住民の住居が立ち並ぶ。そして、それらを外敵の侵入を防ぐ防壁で囲んでいる。ごく典型的な町の作りである。道を間違うなどありえなかった。
「館と蟻喰いの戦団の残党はどこへ消えたのだ!」
探せ! とベイセルの号令の元、多くの兵士が篝火を持って散っていく。
そうして周囲が明るくなることでベイセルは異変に気付く。
地面がせり上がっていることに。
「な、に?」
町が防壁で囲まれている以上、活用できる面積は限られる。故に建物は縦に伸びざるをえない。四階建て五階建ての建物は珍しくない。
ベイセルが立つ石畳がゆっくりと浮き上がり、住居の三階部分や四階部分に達し、一部、背の低い建物は既に屋根にまで至ろうとしていた。
「ち、違います、閣下! 我々の立つ地面がせり上がっているのではなく、建物が地面に沈んでいるのです! あれをご覧下さい!」
幕僚が指差したのは、うっすらと明るくなってきた東の空だった。それを背景に、町の建造物に阻まれ見えないはずの防壁と防御塔が見えてくる。
つまり幕僚の言うとおりベイセル達と町を囲む防壁と防御塔以外の全てが地面に沈んでいっているのだ。
「……意味がわからん」
(なんだこれは? 誰がやっている? グレアムは死んだのだろう? いや、それよりも何のために町中の建物を地面に沈めたのだ?)
ベイセルの疑問の答えはすぐに最悪の形でにやってきた。
四方八方から飛んできた無数の赤い光が呆然と佇むベイセル軍を襲った。
◇
グレアムがその新兵器を思いついたのは、否、思い出したのは旅の途中で見かけた風車がきっかけであった。
四枚の羽根に風を受けて回転するその姿を見てグレアムは考える。魔銃で<炎弾>を撃つのに二秒かかる。そして、その間に撃てる<炎弾>は一発だけで、<火炎散弾>のように一回で撃てる弾数を増やす方策は今のところない。ならば、魔銃そのものを増やせばよいのだと。
例えば、団員一人に魔銃を左右に持たせればそれだけで火力は倍となる。無論、両脇に抱えるような持ち方になるので照準器で狙い撃つことはできなくなるが、そもそも密集している敵に精密射撃は必要ない。
複数の銃身を重ね合わせ、一斉に発射すればさらに火力は上がる。それこそ、前世の世界にあったオルガン砲のような多砲身の砲を作れば良い。オルガン砲は発射後、弾を一つずつ再装填しなくてはならないことから廃れていったそうだが、魔銃ならばその手間はいらない。
それとも、あの風車のように銃身を環状に並べクランクで回してみればどうだろうか。例えば魔銃を八つ並べ、二秒で一回転すれば一秒間に四発、間断なく<炎弾>を撃ち続けることができる。
このアイデアを直ぐ様、ドッガーに伝えて相談する。
「ほう、ガトリングガンか」
「……できそうか? ガトリングは無理でも、オルガン砲はどうだ?」
「いや、両方できるじゃろう。設計は任せてくれ。じゃが、腰を落ち着けて製造にとりかかれる工房が必要じゃ」
グレアムはペル=エーリンクから手に入れた王国北東部の地図を広げた。現在地点から最も近い町で工房を借りようと考えたのだ。だが、工房主から赤の他人に仕事場を荒らされたくないと断られてしまう。代わりに工房主が子供の頃、住んでいたクサモの町を紹介してもらう。その工房主の父も鍛冶職人で、いつの日かクサモに帰る日を夢見て亡くなったらしい。
「親父はクサモから脱出する前に、工房を厳重に封印していたからな。まだ、使えるかもしれん」
クサモはペル=エーリンクの地図には載っていなかった。廃棄された町だからであろう。クサモは工房主の町から徒歩で三日ほど離れた場所にあった。工房主の生家は、幸い魔物に荒らされておらず工房も少し手を入れれば充分使用可能だった。
ガトリングガンとオルガン砲の製造をドッガーに任せる一方で、グレアムは考える。この町に王国軍を引き込んで包囲殲滅できるのではないかと。
そのためにグレアムは<炎弾>の改修に着手した。ガトリングガンとオルガン砲で包囲殲滅するといっても射程距離百メイルでは心許ない。敵との距離が近すぎては簡単に包囲を突破されてしまう。射手の安全性を考慮するなら防壁や防御塔を銃座にするのが理想だが、領主の館から防壁までは約五百メイルある。そのため、グレアムは集弾性を落とした代わりに射程距離を伸ばした<炎弾二式>を作成する。さらに射程距離を伸ばす増幅器の魔道具も増産した。
そうして、ベイセル軍と会敵するまでに射程距離七百メイルのガトリングガン六門、オルガン砲十二門が完成する。ガトリングガン一門につき銃身は八つ、オルガン砲は十の銃身が並ぶ。これにより二秒間に計一六八発の<炎弾>を発射することが可能となった。一分間の斉射では五〇四〇発となる。
ドッガーからガトリングガンとオルガン砲の使用方法を受けた団員達は四つのグループに別れ、ディーグアントが掘った地下道を通ってクサモの外に出る。さらに、そこから全部で一八のグループに別れて防壁と防御塔に登った。それぞれのグループに渡されたガトリングガンとオルガン砲を亜空間から出し銃口を町中に向けて設置する。
一方でグレアムは地下道を掘る際に残した支柱を地雷で爆破していく。支えを失った町の建物は地中に沈んでいった。
徐々に明るくなっていくクサモの町。王国軍のほぼ全軍が領主の館があったところに集まっているのが見て取れる。屋根が一部残っていたり、地中に沈む前に崩壊している建物もあったが、射撃の障害物となる物はほぼない。
すべての準備が整ったと判断したグレアムは、いつも通りの声音で射撃の開始を命じた。