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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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23 ドラゴンの腹 4

 団員につけているタウンスライムを通じて盗聴できるとはいえグレアムが四六時中、団員の会話に聞き耳を立てているわけではない。


 複数の人間の話を一度に聞き取ることもできないし、ましてや団員のプライベートを盗み聞く悪趣味もグレアムにはなかった。


 それでもナッシュの裏切りを早期に掴むことができたのは、ナッシュにつけているスライムが異常を連絡してきたからだ。


 グレアムはブロランカを出てから蟻喰いの戦団(バーミリンガーズ)に三つの鉄の掟を示している。


 盗まず。

 犯さず。

 殺さず。


 王殺しの大罪を犯したとはいえ、蟻喰いの戦団を無法者集団とする気はさらさらない。グレアムが目指す蟻喰いの戦団の在り方は秩序を持った暴力装置である。強奪や強姦は決して許さず、殺人もグレアムの命令ある時以外、例え自己防衛でも許していない(自己防衛の場合は<衝撃弾(ショックバレッド)>を使うように命令している)。


 そして、掟を示した以上は示した者の責任として掟が守られているか監督する必要がある。その一つとしてグレアムは団員につけているスライムに団員が異常な行動をした場合は連絡するように命令していた。


 とはいえ、あまり期待はしていなかった。グレアムも随分とふわっとした命令だと自覚していたし、魔物のスライムに人間の異常を判断できるか疑問にも思っていた。現に今まで一度もグレアムに団員の異常行動を連絡してきたスライムはいなかったのだ。


 だが、グレアムもまだスライムを見損なっている。スライムは特異な能力を持っていても、基本、臆病で弱い生き物である。だからこそ、向けられる悪意や害意には敏感だった。ましてや大切な主に向けられる害意である。ナッシュのスライムはそれを見逃さなかった。


 クサモ領主の自室で魔道具を作成していたグレアムは、異常を連絡してきたスライムに音を拾って送るように命令する。この時点ではまだグレアムは楽観していた。娼婦の声一つでも拾えば盗聴を打ち切って魔道具作成に戻るつもりだった。


『俺は報奨目当てに、その下手人を追っていてな。何か有力な情報をもっていないか?』


 だが、思念波として飛び込んできたのはナッシュのそんな声だった。


 その後、老人の指定した雑貨屋(おそらくは王国諜報部の出先機関か何かだろう)でナッシュが蟻喰いの戦団の情報を流すのを聞き、グレアムはナッシュの裏切りを確信する。


 グレアムとて木石でできているわけではない。


 蟻喰いの戦団はもともとディーグアントの生贄奴隷として集められた集団である。グレアムの考えとは合わず裏切り者が出る可能性は考えていたが、いざ直面するとショックだった。


(待遇は悪くないと思うんだが……)


 ナッシュの裏切りの原因を探すグレアム。一応、食事や給与だけならこの世界の標準以上を支給していると思っている。


 命の危険がある以上、待遇が良くて良すぎることはないと思うのは、まだまだ前世の常識に捕らわれているという自覚はあった。自覚はあったが直そうとは思わない。彼らが死んだ後に、ああしてやればよかったと後悔したくはない。もう二度と……。


(それとも、今の地位に不満が?)


 同期のジャックスには一隊を任せているが、ナッシュは平団員である。それが不満だったのかもしれない。だが、ナッシュは要領は良いが近視眼的なところがある。一隊の長に据えるには一抹の不安があった。それでも、ナッシュの成長を信じて任せるべきだったか。


(いかんな)


 グレアムはそこでナッシュのことを考えるのを止めた。ナッシュが裏切った原因など、結局のところ本人に聞かねば分かるまい。それよりも他に考えるべきことがある。


「…………よし」


 気持ちを切り替えたグレアムはナッシュの裏切りを利用することにした。グレアムはクサモの町に立て籠もったが、籠城する気はない。逃避行中に立ち寄った村や町で余剰農産物は金に糸目をつけず購入し、氷結魔術で凍結して亜空間に収納しているので数年は籠城できる食料はあったが籠城など自殺行為だと思っている。


 通常、軍というのは援軍や傭兵団の雇用などで行軍中に膨れ上がる傾向がある。今回はベイセル軍が行軍速度を重視したため王都から発した規模のままであったが、籠城となって時間をかければベイセル軍に諸侯の援軍や傭兵団が合流する可能性がある。時間はベイセル軍の味方だった。


 そうさせないために、王国軍五千を速やかに殲滅する必要がある。


 ドラゴンの腹作戦オペレーション・ドラゴンストマック


 それがこの作戦の目的である。


 ◇


「この館の地下に町の外に通じる坑道を掘ってある」


 ジャックスとネルにより起こされた団員達は大広間に集められていた。


「一時的に町の周りに敷設してある地雷原を無効化して、王国軍をこの町の中心――つまりこの館まで引き込む。俺たちは坑道を通って一旦、町の外に出た後、王国軍を包囲殲滅する」


 グレアムの説明に集まった団員達はそれぞれ興奮半分、戸惑い半分といった反応を見せた。


「グレアム。包囲殲滅といってもこの少人数では難しくないか?」


「包囲したところで薄膜一枚の包囲網にしかならん。敵が<炎弾>を食らうまで、のんびり立ち尽くしているとは思えん。包囲網を破ろうとしてくるに決まってる。数丁の魔銃ではそれを阻止できんぞ」


 オーソンとリーがそれぞれ否定的な意見を述べた。


「わかっている。だからこそ新兵器第二弾を用意した。ドッガー、説明を頼む。それとオーソンは別口で頼みたいことがある」


「ちょっと待ってくれ、グレアム。まだ、ナッシュとヘンリクが来てないんだが」とジャックス。


「彼らは……」


 そこで言いよどむ。仲間の裏切りを公表するのは作戦前に動揺を与えるだけだと判断する。


「彼らも別口だ」


 だが、一部の勘のいい者は何かを察したようだった。そのうちの一人がオーソンだった。


「裏切ったか……」


 ドッガーが説明している大広間の片隅でコソコソと話をするグレアムとオーソン。


「まぁな。ただ、ヘンリクはナッシュに脅されている気がする。二人は今、俺の首に擬態させたロックスライムを持って王国軍陣営に向かっている」


「……なるほど」


 ロックスライムが精巧な擬態能力を持っていることはオーソンに教えていた。それだけでグレアムが何をしたのか察したのだろう。


 グレアムは自分の上半身を亜空間に収納し、二体のロックスライムにグレアムの胸と頭に擬態させた。そして大量の鶏の血をロックスライムに含ませる。刃物が差し込まれた瞬間、鶏の血を吐き出すように命令したのだ。胸に剣が刺される状況や首が切り離される状況を何度か練習した甲斐あってか、うまくナッシュを騙すことができた。


「で、俺に頼みたいことっていうのは?」


「ヘンリクが殺されそうになったら救出してくれ」


「……脅されているとはいえグレアムを殺そうとするのを黙って見ていたんだろう? それでも助けるのか?」


「ヘンリクはまだ子供だ」


「……俺が救出に動くことでこの作戦が失敗する可能性だってあるんじゃないか?」


「わかってる。失敗すれば、また別の作戦を考える」


「……必ず助けられる保証はないぞ」


「だから、命令ではなく頼みごとなんだ。王国軍はオーソン対策をしていると言った口でこんなことを頼むんだ。拒否してくれても構わない」


「……わかった。善処してみる」


「すまない。ヘンリク救出のタイミングは俺が指示する。王国軍の近くで待機していてくれ」


「了解。ナッシュはどうする?」


「ナッシュ? ナッシュのスライムにはあいつから離れるように命令は出したが」


「捕まえて処罰しないのか?」


「掟を破ったわけでもないしな」


 はっきりと明文化しているのは「盗まず」「犯さず」「殺さず」だけである。団員間の体罰、暴力禁止など細かい決まりもあるが、情報漏洩の禁止は暗黙のルールとして罰則を定めていない。


「ナッシュに怒っていないのか。俺は怒っているぞ」


 裏切られて悲しい気持ちはあったが、怒りは湧かなかった。怒りは結果の感情である。ナッシュの裏切りの過程で仲間が死ぬ結果となれば怒りも湧いただろうが、仲間が死んだかもしれないという仮定では怒りは湧かない。


(ああ、そうか。オーソンは俺が悲しんでいるのを怒っているのか)


 その見た目やスキルから脳筋だと思われがちだが、オーソンは思慮深く情の深い男だった。


「ありがとう、オーソン。だが、俺は大丈夫だ」


「……そうか」


 少し寂しそうに笑ってオーソンは大広間を出ていく。その背中を見送るグレアムの横で、新兵器の説明を聞いた団員達がどよめいていた。

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