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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
191/442

22 ドラゴンの腹 3

(どうしてこうなった?)


 自問自答を繰り返すヘンリク。胃が締めつけられるように痛い。


「ちゃっちゃと歩け!」


 背後のナッシュから怒号が飛ぶ。


 だが、足が進まない。なぜなら今、ヘンリクが歩かされているのはクサモの町の前、つまり地雷原だからだ。


「おい」


 亀の歩みの如く進まないヘンリクに業を煮やしたベイセルは顎で指示する。


 ベイセルの部下が弓を引き絞るとヘンリクに向けて放った。


「ひっ!?」


 矢はヘンリクの頬を掠めて通り過ぎる。


 泡を食ったヘンリクは駆け足となる。幸いナッシュの推測は当たっていたようで無事に町の大門に辿り着いた。


「まだだ。何度か往復させろ」


「へい」


 ナッシュはヘンリクに戻ってくるように指示する。まごつくヘンリクに再び弓矢が向けられるとヤケクソ気味に走り出した。


 門とナッシュの間を何度も往復し、防壁と並行に端から端まで歩かせてからようやくベイセルも納得したようだった。


 ベイセルの指示を受けた数人の兵士が地雷原を走り抜け通用口を通って町の中に消える。数分後、ギギっと重い音を立てて大門が開かれた。


「よし! 全軍突入! 一人も生かしておくな!」


「「「うぉぉぉおおおお!!!」」」


 ベイセルの号令に兵士達が呼応しクサモの町に雪崩れ込んでいく。


 やや遅れて北門と東門、西門からも同じように兵士の雄叫びが聞こえてくる。ベイセルもまた自身の愛騎の幻獣に跨り、魔術師と配下の騎士に囲まれて町に乗り込んでいった。


 地雷原を歩かされた恐怖と緊張でへたり込んでいたヘンリクは呆然とそれを見送ることしかできない。


「な、なんで!? グレアムを殺したんだ! もう用事は済んだはずだろう!? なんでみんなを殺す必要があるんだ!?」


 そんなヘンリクの問いに共に残された文官と思しき男は気まぐれのように答えた。


「それが戦争というものだからです。味わった恐怖と屈辱は首一つで到底、拭えるものではありません。血の生贄が必要なんですよ」


 目の前で戦友が吹き飛び、<炎弾>の雨の中、何もできずに蹲るしかなかった。撤退命令が出た後も容赦なく背中を撃たれ、多くの仲間が死んだ。


 グレアムの首を取ったからといって「はい、さよなら」では兵士達は納得しない。ベイセルもそんな兵士達の空気を感じ取り、復讐の機会を与えたのだ。敵百人程度の逆賊の命で兵士のガス抜きができるのだ。ベイセルがそれを選択しないはずがなかった。


 もっとも、ベイセルの場合はグレアムの遺産も目的としているのは明白であったが。そうでなくては自身も乗り込んだりしないだろう。


「そ、そんな! それじゃあ、ミリーは!?」


「…………」


 文官の男は痛ましそうに顔を伏せた。血に酔った兵士達によって、尊厳を散々に汚された後、無残な最後を遂げることは間違いないだろう。


「あ、ああ……」


 よろよろと立ち上がり、町に向かおうとするヘンリク。


「待ちなさい。行けば巻き込まれてあなたも死にますよ」


 死。その言葉にヘンリクは再びその場にへたり込む。後はただ地面に蹲って嗚咽を漏らすしかなかった。


 ◇


 地面に蹲って泣くヘンリクの傍らで、スヴァンは徐々に明るくなっていく東の空を見上げた。昨日とは打って変わっての曇天模様だ。雨も降るかもしれない。


 北に目を向ければ、町の中に殺到した兵士達によって大量の土煙があがっている。ドドドドッとまるで建物が崩壊するような音も聞こえてくる。蟻喰いの戦団が【全身武闘】スキル持ちのオーソンを中心に最後の抵抗を試みているのかもしれない。


 だが、それも儚い抵抗に終わることだろう。【全身武闘】スキルを使っていた先王ジョセフの遺体に毒の痕跡が残されていたことから、【全身武闘】には<毒煙>が有効であろうと王国軍参謀本部が分析しているとスヴァンは聞いたことがある。


 それを受けてベイセルはオーソン対策として<毒煙>を生み出す魔道具を準備していた。仮にオーソンが毒対策をしていたとしても、今度は対グレアム用に準備していた魔道具が残っている。それを使えばオーソンは無力化される。


 ヒューストームはブロランカ脱出後から意識不明と聞く。元王国八星騎士といえどリーも数の暴力には抗えないだろう。魔銃の使えなくなった蟻喰いの戦団など敵ではない。


 で、あるはずなのに、なぜか嫌な予感がする。


 ナッシュという内通者が持ち込んだグレアムの首はスヴァンも確認した。王都の夜空に映し出された本人に間違いない。魔術的な偽装を疑い<魔術感知(センスマジック)>も使った。だが、結果はシロであった。偽首だとしても、これほどグレアムに似た人間がいるだろうか。いたとしても、逃走中の彼らに探し出せるであろうか。


「…………」


 現実的に考えて偽首だとは考えられない。だが、何か大事なことを見落としているような気がしてならない。


 "うわぁぁぁあああ!"


 スヴァンが思索に耽っていると、町の中心部から一際大きな歓声が起きた。ベイセルが領主の館を制圧したのだろう。


(杞憂でしたか……。考えすぎるのは私のよくない癖ですね)


 結局、アイク=レイナルドが何故、自分をこの軍を同行させたのか謎のままになってしまったが、無事、王都に戻れるのならば問題ない。知りすぎるのは危険なのだ。特にスヴァンにとっては。


 "うわぁぁぁああああ!"


(それにしても、随分と長い歓声ですね)


 戦場に来たのは初めてだが、勝利の鬨の声とはあれほど長いものなのだろうか。


 そう考えていると、兵士の歓声に混じって「ドォン!」「ドォン!」と爆発音が響く。


 "ひっっぁぁぁぁああああああああ!!"


 そして、さらに大きくなる歓声。


(……違う。これは歓声なんかじゃない!)


 町に入った四五〇〇名の兵士達が上げている悲鳴だ。


 サッと青くなるスヴァン。


(罠だったんだ! まずい! ここにいては危険だ!)


 町から離れようとするスヴァン。だが、大きな影が音もなく彼の背後に忍び寄っていた。


「おっと、逃さねぇよ」


「えっ?」


 腹に重い一撃を受け、蹲るスヴァン。その間に縄で縛り上げられた。


「お、オーソン!?」


「よう、ヘンリク。ナッシュは……、ちっ、逃げられたか」



―― 四時間前 クサモの町領主の館 ――



「ふわっぁああああ」


 ジャックスの口から大きなあくびが出る。ナッシュとヘンリクからグレアムの警護を引き継いだ直後のことである。


「弛んでますよ」


 警護の相棒にそう注意される。彼女の名はネル。ブロランカ島の一の砦でジャックスがナッシュと共に救出した獣人の女性である。


 その割にネルはジャックスに冷たい。それもそのはずで、ジャックスは獣人救出を強く訴えたのは自分だとネルに嘯いていたからである。獣人救出の真相は"妖精王女"ティーセからの依頼であったことがグレアムから暴露されたことで、ネルのジャックスの株は大いに下がっていた。


「……サーセン」


 くぅぅううう


 ジャックスが謝ったタイミングでネルの腹が可愛らしく鳴った。


「……弛んでるんじゃないですかねぇ」


 ジャックスは亜空間からくすねておいたパンを取り出しネルに差し出す。ネルは顔を赤くしながらもそれを受け取った。


「うっ。だってしょうがないじゃないですか。美味しそうな鶏の血の匂いがして」


「鶏の血?」


 ジャックスが鼻を鳴らすが匂いはネルの言う匂いは感じられなかった。


「厨房でもう朝飯の準備を始めてるのか?」


「いえ、グレアムさんのお部屋から感じますね」


 バターロールを口にしながら、ネルが断言する。


「グレアムの?」


 不審げに寝室の扉を見つめていると、内側からガチャリと扉が開いた。そこには寝巻き姿のグレアムが深刻そうな顔で立っていた。


「悪い。起こしたか」


「ジャックス。ネル。皆を静かに起こしてきてくれ。敵が来る。これからドラゴンの腹作戦オペレーション・ドラゴンストマックを開始する」

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― 新着の感想 ―
[一言] グレアムくんだからてっきりタウンスライムの空間能力使って生首維持してるのかと思ってた…
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