1 戦闘準備
警戒に出していたスライムの一匹――シウンからの思念波でグレアムは眼を覚ました。
「来るぞ!」
高く大きな声で一言、グレアムは発した。
暗闇の中、即座に周囲か慌ただしくなる。
何が、と訊く者は一人もいない。
何が来るか、これから何をすればいいのか、皆がわかっている。
ただ一人を除いて。
「師匠! 起きてください! 敵が来ます!」
豊かな髪と髭を蓄えた老人にグレアムは呼びかける。
だが、反応がない。
「師匠?」
今度は揺すってみる。
だが、やはり老人が眼を覚ます気配がなかった。
グレアムの心臓が跳ねた。
師匠の年齢を聞いたことがないが、外見からかなりの高齢であることはわかる。
まさか、隣で眠っている間に……。
「師匠! 師匠!」
必死で呼びかけるグレアム。
心臓マッサージをと、老人の顔をあお向けた瞬間、
「……グ〜」
ねびきとともに酒臭い鼻息がグレアムの顔にかかる。
「……」
グレアムは無言で老人の尻を蹴り上げた。
「おぅ!」
一瞬で眼を覚ます老人。
「グ、グレアム! おまえには老人をいたわる心はないのか?」
自分の尻をさすりながら老人がグレアムを非難する。
「また、酒を飲みましたね?」
「う、うぐ」
「約束しましたよね。今夜はダメだと」
「そ、そうじゃったかのぅ。いや、トシをとると忘れっぽくなっていかん」
「その言い訳は何度目ですか? とにかく敵が来ます。早く櫓に上がってください」
ため息混じりにグレアムか言う。
「う、うむ。わかった。……しかし、何というか、グレアムも逞しくなったものじゃのう。ここへ来た頃のあの線の細い美少年はどこにいってしまったのじゃろう。わしゃ、寂しい」
「誰のせいですか」
誰かが松明に火をつけた。
その光がグレアムの全身を浮かび上がらせる。
そこには適度に日焼けした偉丈夫が立っていた。
十二歳にして一七〇近い身長に、体はどこも鍛えられほとんど無駄なぜい肉がない。
三年以上の農奴戦士としての経験が、グレアムをいっぱしの男として育てあげていた。