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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
188/442

19 蟻喰いの戦団 VS ベイセル軍 3

『撃ち方止め』


 魔銃のトリガーから指を離した蟻喰いの戦団(バーミリンガーズ)の団員達は、呆けたような顔で逃げていく王国軍の背中を見ていた。


「……………………」


「…………なぁ、これって、勝ったのか?」犬獣人が隣の猫獣人に話しかける。


「…………ああ、多分」


「…………ちょっと殴ってみてくれ」


 猫獣人が犬獣人の顔に容赦なくパンチをお見舞いする。


「痛っ! ってことは夢じゃない!?」


「まじかよ! 本当に俺たち勝っちまったのかよ!?」


 王国軍五千をわずか百で撃退したことへの戸惑いからくるどよめき。そして、遅れてやってきた勝利の実感は歓声という形で爆発した。


「「「わぁぁあああああああ!!!」」」


 抱き合い喜ぶ者や飛び跳ねる者、涙を流す者や笑う者達で防壁の上は一種のお祭り騒ぎとなった。やがて、この勝利を演出した者に団員達はこぞって駆け寄り胴上げが始まる。


「「「グレアム! グレアム!」」」


 我らがリーダーを称える声は天空に高く高くいつまでも響き続けた。


 ◇


(つくづく気味の悪い奴だぜ)


 ナッシュは一人、集団の輪から外れ胴上げされるグレアムを見つめていた。


 誰もが勝利の喜びに笑顔を浮かべている中、グレアムだけはあいも変わらずしかめっ面だ。


 そう、ナッシュはグレアムが笑っている姿を見たことがない。ブロランカからの三年間でただの一度もだ。


 そこがナッシュがグレアムを薄気味悪く思う所以であった。


(あいつは何を楽しみに生きているんだろうな?)


 酒や女は年齢の問題があるにしろ、仲間が冗句の一つ飛ばしてもクスリともしない。美味い物を食っても黙々と腹に入れるだけ、まるでただの栄養補給だと言わんばかりだった。


 今もそうだ。五十倍の敵に勝利するという吟遊詩人がこぞって歌い上げるような偉業を成し遂げても笑顔の一つ見せやしない。


(俺なら嬉しくてしょんべん漏らすぜ)


 かと言ってナッシュが喜んでいないかというとそれは違う。ナッシュも嬉しい。ただ、それはグレアムの首がベイセルなんぞに取られ無くて済んだことに対する喜びであった。


 話は半月ほど前まで遡る。ヘンリクがミリーに一緒に逃げようと持ちかけた夜のことである。


 小便に行ったヘンリクはそこで二人の話を偶然、耳にしてしまう。


「よぉ、盛大にふられたな」


「…………ナッシュか、ほっとけ」


「相手が悪いぜ。ミリーはグレアムの熱狂的信者だからな」


「…………」


「まぁ、気持ちはわからんでもない。ありゃ将来、美人になるのは間違いない。万に一つの可能性に賭けたくなる気持ちも――」


「うるさいな! ほっとけよ!」


 ヘンリクの怒声にナッシュはおどけたように肩を竦めた。


「おお、怖い怖い。……なぁ、それよりもさっき言っていたことは本当か?」


「何がだよ」


 面倒そうなヘンリク。


「グレアムを王国に差し出せば貴族になれるってやつだよ」


「知るか。自分で調べろ」


 少々、ヘンリクをからかいすぎたようだ。ヘソを曲げたナッシュの対応は冷たい。


「まあ、そう言うなよ」


 ヘンリクが持っていた手配書はミリーに取られてしまったが、それ以前にナッシュは字が読めないのだ。グレアムに強制的に学ばされて簡単な単語と数字はわかるようになったが文となるとチンプンカンプンだった。


 王国の識字率は決して高くない。平民で文字が読める者など、ごく一握りであった。そんな環境下にあってか、ナッシュは文字を学ぶことにあまり熱心ではなかった。喜んで字を学ぶ友人(ジャックス)を内心、バカにさえしていたのだ。そんなもの学んで何になるんだ、わかるやつに読ませればいいんだと。


「グレアムの手配書なら、ちょっと大きな町にいけば手に入るぜ。それを持ってグレアムに何て書いてあるか読んでもらえよ」


 ヘンリクの挑発的な物言いにカチンとくるナッシュ。


 昔のナッシュならそんな無礼者には容赦なく暴力を振るったものだが、グレアムは団員間での体罰や暴力の類を一切、禁じていた。罰を与える場合は、隊長格以上の資格を持つ者からしか罰は与えられず、罰の内容も正座以上のことは許していない。破れば容赦のない制裁がグレアムからもたらされる。


 だが、人を従わせるのに必ずしも暴力は必要ないことをナッシュは知っている。もしもの時の為に大切に取っておいたカードをナッシュは今ここで切ることにした。


「おいおい、俺にそんな口聞いていいのか? 俺は知ってるんだぜ」


「何をだよ」


「おまえ、グレアムを殺そうとしただろ?」


「な、何のことだよ」


「とぼけんなよ。あれは二年前のことだったか? オーソンが捕まえてきたディーグアントの縄にナイフで切れ目を入れていたよな」


 サッと顔を青くするヘンリク。


「み、見ていたのか?」


(所詮、ガキだな。とぼけて知らんぷりもできんとは)


 内心でほくそ笑むナッシュ。ヘンリクがグレアムを殺そうとした証拠がない以上、知らぬ存ぜぬを貫かれればそれで終わりである。騒いで公になれば、それを知っていてなぜ、放置していたのかとナッシュ自体が責められかねないからだ。


「俺の性分でな。人目を気にしてコソコソしている奴は気になって仕方なくてな。後をつけさせてもらった」


 あるいはそれがナッシュの【視線感知】スキルの代償なのかもしれない。ナイフを持って倉庫に向かうヘンリクを追ってみると、ディーグアントを拘束していた縄の数カ所に切れ目を入れているヘンリクを目撃したのだ。


「あ、あれは、ちょっとグレアムを驚かそうと。オーソンやヒューストームを差し置いて調子に乗っているあいつを少し懲らしめやろうとしただけで殺すつもりなんて」


「それでも一歩間違えば死んでたぜ。あーあ、このことをミリーが知ったらどう思うかなぁ」


「!?」


 青い顔をさらに青くするヘンリク。


「間違いなく嫌われるな。一生、顔を見たくないなんて言われるかもな」


 それどころかミリーに殺される可能性すらあるとナッシュは思うが、少年がもっとも傷つくであろう物言いを選んだ。


「ナ、ナッシュ」その声は震えていた。


「前から思ってたんだが、年上への敬意が足りないんじゃないか?」


「ナッシュさん」


 ナッシュが従順な奴隷を手に入れた瞬間だった。

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