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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
186/441

17 蟻喰いの戦団 VS ベイセル軍 1

 ―― 王国北東部 国境より百キロメイル付近 ――


「あれがグレアムが立て籠もっているという町か?」


 グレアム追撃部隊の将であるベイセル=アクセルソンはスヴァンに訪ねた。スヴァン自身の能力の高さとスキルの代償として他者の秘密を絶対に守るスヴァンはこの数週間でベイセルに信用され、ベイセルの副官のような立ち位置となっていた。


「はい。やはり我々の接近は察知されていたようですね」


 どうしているのか不明だが、グレアムはこちらの兵数と動きを察知する術を持っている。流石に五十倍の兵力差ある敵を何もない場所で迎え撃つ気にはなれなかったのだろう。粗末ながら防壁のある町に蟻喰いの戦団(バーミリンガーズ)は立て籠もっていた。


「あの町の領主と代官は何をしている? なぜ、王殺しの賊軍にそんな暴挙を許した?」


「あのクサモと呼ばれていた町は十年ほど前に廃棄され、今は誰も住んでいないそうです。なんでも町中に魔物が湧き出るようになったとかで」


 ここ十数年で魔物は増加の一途だ。魔物が湧き出る瘴気が町中に突然現れても何ら不思議ではない。


 とはいえ、クモサの住民にとっては不運でしかない。何せ、枕元にいきなり魔物が現れるのだ。おちおち眠れやしない。住民が一斉に逃げ出すのも無理からぬことだった。


「よく、そんな町に陣取る気になったものだな、グレアムは」


「彼らは元領主の館に寝泊まりしているそうです。ディーグアントで館を囲み魔物の襲撃を防いでいるとか」


 そうして、朝になれば悠々と魔物を撃滅していく。基本、ディーグアントの壁に囲まれて人の姿を見せなければ魔物が襲ってくることはない。おかげで新参の獣人達のよい射撃訓練になっているという。


「ふん。小賢しい真似を」


「ですが魔物を御する方法には心ひかれるものがあります」


 聖国の聖結界や帝国の統計学にもとづく組織的対応で被害をほぼ零に抑えているのに比べて、王国の魔物対策は遅れている。否、何ら有効な手立てを打てていないといえる。それを打破するためのブロランカの実験だった。魔物をもって魔物を制すというコンセプトで魔物(ディーグアント)に魔物を駆除させることを目的とするものであった。


 実験は惨憺たる結果に終わったが、ディーグアントを操って魔物を避ける術を持つグレアムはある意味、その実験を成功させたともいえる。


「だが、軍事に関しては素人のようだな。あんな町に立て籠もってかえって自分の首をしめていることにも気づかぬほど、兵法のイロハも知らんとみえる」


 クサモの町はこの軍がまるごと収容できるほど大きな町であったが、その分、守らなくてはならない場所も多くなる。特にクサモは平野に開かれた町で東西南北に軍が展開できる。防壁も<破壊不可(アンブレイカブル)>のような魔術がかかった特別なものではない。ところどころに綻びが確認できた。高さもせいぜい三メイルといったところ。急ごしらえの梯子でも容易に乗り越えられるだろう。つまり、クサモは守りにくく、攻めやすい。この防衛に向かない町に内部から魔物が出るとあれば、早々に廃棄を決定するのも止むを得なかったのかもしれない。


 だが、スヴァンはそこに疑問を感じるのだ。仮にグレアムが軍事の素人だとしても、側近には元王国騎士のオーソンと傭兵として鳴らしたリーがいる。彼らがクサモの町の欠点に気付いてないはずがない。グレアムとは側近の忠告にも耳を貸さないほど愚かなのか、それとも――


「何か罠でも仕掛けているのでしょうか?」


「どんな罠を仕掛けようともこの圧倒的兵力差では焼け石に水だ」


 そうだろうか。手段を選ばなければ圧倒的兵力差を覆す方法もないとはいえないのではないか。例えば――


「毒」


 スヴァンの呟きにベイセルは楽しそうに声を上げて笑った。


「スヴァンよ。我が軍がどこで戦っていたと思っているのだ。<毒煙>を使う帝国相手に長年戦ってきたのだ。グレアムが毒を使うというなら望むところよ」


 王国参謀本部はグレアムが襲撃した王宮謁見の間の痕跡と近衛兵長ハンス(生き残り)の証言からグレアムが毒スライムを操ると推測していた。その対応ができるベイセルの軍に白羽の矢が立ったのだ。無論、軍全体の行軍速度を上げる【大行進】スキルをベイセルが所持していることが最大の理由であったが。


 自信満々で笑うベイセル。一方でスヴァンは嫌な予感が拭えなかった。グレアム・バーミリンガーという男には気味の悪い何かを感じている。彼ほどの才能があれば、王国の重鎮に取り立てられることも夢ではなかっただろう。それを拒否して、こうして王国と敵対する道を選んだ。狂人の所業である。だが、狂っている人間に王国をここまで振り回すことが果たしてできるだろうか。


 狂っているように見えて、否、狂いながら、なお冷徹な計算を働かせることができる男なのではないだろうか。グレアムという男は。この戦にもグレアムには何らかの勝算があるのではないか。そうでなければ待ち構えたりせず、一目散に逃げるのではないか。


(まさか、もう逃げている?)


 ここでグレアムが待ち構えているというニセ情報を掴ませ、我々が時間を浪費している間に既に遠くに逃げている。


 スヴァンがその思いつきをベイセルに伝えようとした瞬間――


「閣下! 南の防壁にグレアムの姿を確認しました!」


 ベイセルの幕僚の一人が息せき切って天幕に入ってくる。


「確かか!?」


「間違いありません! 王都で見たあの姿です!」


 遠眼鏡の魔道具を片手に幕僚が断言した。


(杞憂だったか。だが、そうだとすると――)


 そこでスヴァンは自分の思索を打ち切った。上司ベイセルが慌ただしく動き始めたからだ。


「町の包囲は終わっているな!」


「はっ! それぞれ千を率いた別働隊が北と東西に布陣を完了させています! 奴は既に袋のネズミといってもいいでしょう!」


「よろしい」


 ベイセルは鷹揚に頷く。


「攻撃を開始する!」


「降伏勧告の使者は出さぬのですか?」とスヴァン。


「時間の無駄だ。魔物が出てくる夜になる前に決着をつける」


 即断即決、勇猛果敢と西部戦線で勇名を誇ったベイセルらしい判断だと思った。見た目によらずベイセルは有能な将であることには間違いない。


「小細工はいらん! 数で押しつぶす! 南の本隊二千の攻撃開始と同時に北と東西も攻めろ! 魔銃の攻撃を分散させるんだ!」


 天幕を出たベイセルは矢継ぎ早に幕僚に指示を出す。


「グレアムの手配書は行き渡らせたな! いいか、絶対に奴を生きたまま捕らえるのだ!」


 ベイセルはグレアムがオリハルコンやアダマンタイトといった希少金属を大量に保有しているという情報を掴んでいた。どうやって大量の希少金属を手に入れたのか、ディーグアントを操る方法とあわせてグレアムから情報を聞き出すほうがより利を得るとベイセルは判断したのだ。


 要はベイセルは欲に目が眩んだのである。だから、グレアムを生け捕ることに方針転換したのだ。


「グレアムを捕えた者には褒美は思いのままだ! 前進!」


 ベイセルの号令が蒼穹に響き渡った。

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