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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
185/442

16 王国逃避行7

 ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ


 ディーグアントが土を掘る一定の音が深い夜の闇に響いてゆく。


 ディーグアントの掘った穴にエスケープスライムが入り、それを別のディーグアントが土を被せて埋める。埋められたエスケープスライムは土の中に"皮"を残し地表に転移する。その後、タウンスライムから魔石を受け取り、また穴に入って埋められる。


 これを八十センチメイルの等間隔に行って、エスケープスライムの"皮"と魔石が一定の範囲に敷き詰められていく。ちなみに八十センチメイルは成人男性のおおよそ一歩分の歩幅である。エスケープスライムの"皮"が埋められた場所を誰かが踏んだ瞬間、とある魔術が発動するようになっている。


 オーソンもリーもこの兵器の存在を知らなかった。この兵器のコンセプトはこの世界の住人にとっては未知の概念だった。だからこそ、その効果を確信できる。


 ちなみにグレアムはエスケープスライムを仲間にするまで、この兵器を魔道具で作るつもりであった。魔道具を作るには<魔道具作成(クリエイト・デバイス)>という魔術が必要となる。魔術を使えるのは今はグレアムだけであるため、グレアムは毎晩一人、睡眠時間を削ってオリハルコンに魔術式を組み込む作業を行なっていた。


 この兵器の性質上、魔術式は雑でも問題なかったが、それでも一晩に二つが限界である。それをグレアムは百個作った。そんな苦労して作った兵器がエスケープスライムの"皮"で代用できることを知った時、少し泣いたのは秘密である。


「グレアム」


 スライムの作業を監督していると、苦虫を噛み潰したような顔のオーソンに呼ばれる。オーソンの隣には最近、知り合った女性騎士がいた。


「ちーっす。どもども。あ、私がプレゼントしたスライム君、さっそく活用してくれているようですね。何しているのか知りませんけど」


「……………………」


 ◇


 蟻喰いの戦団(バーミリンガーズ)古参組の一人であるナッシュは乗っているディーグアントの足を緩めると後ろの仲間達に向けてハンドサインを送った。街道から森の中に入り、人気のない場所で一行は停止する。


 彼らはカーキ色の軍服を脱ぎ捨てると、一般的な旅人の装いに着替える。ディーグアントも亜空間に収納した。


 ナッシュ達一行は近くの町に生鮮食品などの買い出しに来たのである。着替えたのは領主や町を守る兵士を刺激しないためである。


「入町税は一人銀貨一枚だ」


「ほいよ」


 町の門を守る衛兵に人数分の銀貨を渡して入町すると、ナッシュは仲間に野暮用と伝え一行から離れた。


 仲間は苦笑いである。大方、女を買いに行ったと思われたのかもしれない。


(ばーか。そんな()()()なもんじゃねーよ。これからやろうとしていることは大商いだぜ)


 ナッシュは屋台で何かの肉の串とエールを買うと人気のないベンチに座った。


(見られてるな)


 実はナッシュはスキル持ちである。【視線感知】というオーソンの【気配感知】の下位互換でしかないが、奴隷に落ちる前には重宝した。


 このスキルを使って盗みを繰り返したのである。誰にも見られることない鮮やかな犯行にナッシュはいつしか自分が伝説の大怪盗になったかのような気分を味わった。だが、盗んだ物が住処から見つけられ御用になる。


 利き腕を切り落とされブロランカに島流しになった時には流石にもう駄目かと思ったが、天はナッシュを見放していなかった。それどころか、さらなる出世の機会を自分に与えようとしている。


「いや~、最近、すっかり寒くなりましたなぁ。あ、そこよろしいですか?」


 腰の曲がった老人がそう話かけてくる。どこにでもいそうな老人。だが、彼が町に入ってからずっとナッシュのことを見ていたことをナッシュは知っている。


「じいさん、景気はどうだ?」


「ぼちぼちですかね。最近は何かと物騒で」


「まあな。王都じゃ王が殺されたとも聞く」


「おお。恐ろしい」


「じいさん。その下手人がこの町の近くに潜伏しているって噂を聞いたことないか?」


「…………はて?」


「俺は報奨目当てに、その下手人を追っていてな。何か有力な情報をもっていないか?」


「…………ワシは存じませんが……、そうですな――」


 老人はとある通りにある一軒の雑貨屋の場所をナッシュに伝えた。そこの店主が詳しい話を知っているかもしれないと。


「恩に着るぜ。じいさん」


 立ち去る老人の背を見送ったナッシュは串の肉にかぶりつくと眉を潜めた。塩もろくにふっていない。それどころか血抜きもろくにされていない。口直しにエールを含むとその不味さに思わず吹き出した。


(くそ! 屋台の親父、余所者だと思って馬鹿にしやがって!)


 悪態をつくナッシュだったが、屋台の親父は決してナッシュの人となりを見て、あえて劣悪な商品を提供したわけではなかった。蟻喰いの戦団の食事を日常的にとっているナッシュの舌が単に肥えてしまっただけである。


(まぁいい。貴族様になれば、こんなもの二度と口にすることはなくなる。それどころかもっと美味いものがわんさかと食えるはずだ)


 ナッシュはそう考えるが、蟻喰いの戦団が出す食事は王侯貴族でもなかなか口にできないレベルに達している。異世界転移部の部長が"食事チート"を目指し、調理部だと勘違いされるほど積極的に料理研究していた。中世の食材でいかにおいしく調理できるかを。

 

 当然ながら部員の田中二郎ことグレアムも料理研究に従事している。包丁や鍋を振るって調理するのはもっぱら田中二郎であったため、むしろ部長よりも習熟していたかもしれない。


 グレアムはその前世の経験を活かし、ブロランカにいた頃より調理担当のメンバーと共にメニューの開発に勤しみ、その結果、蟻喰いの戦団の食事はかなりハイレベルなものとなっていたのだ。


 だが、王侯貴族の食事など口にしたこともないナッシュはその勘違いに気付かない。気付かないまま夢見心地で例の雑貨屋に向かうのであった。

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