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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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15 魔女狩り5

「お前は隠れていろ」


 ルレントにそう伝えた後、ソーントーンは胸を貫かれて死んだ聖堂騎士の剣を自分の右手に縛り付けた。


「行かれるのですか?」


「女一人を戦わせるのは性に合わん」


 倉庫前に集まっていた敵を一掃したヴァルキューリは、次の命令を待つようにソーントーンの傍に立っていた。


「……今一度、確認するがヴァルキューリという精霊は死者の魂がこの世に顕現したというわけではないのだな?」


「はい。ヴァルキューリの姿は召喚者の心が具現化したものと言われています」


「……そうか」


 ヴァルキューリの姿を初めて目にした時、ソーントーンは亡き妻が蘇ったのかと思った。それほど、ヴァルキューリの姿はソフィアにそっくりだったのだ。


 姿は似ていても別人だと聞かされ残念な気持ちを抱きつつも、すこしホッとした自分もいる。ブロランカを失った自分はどんな顔してソフィアと会えというのか。


 ともかく、本人でなくても妻の容姿をした彼女を一人、戦場に立たせる気は毛頭なかった。


 それにアイパと呼ばれた聖堂騎士。


 あれは強者の匂いがした。


 恐らく何らかのスキル持ちであろう。ヴァルキューリ一人では荷が重いかもしれない。


「礼拝堂に安置されている魔道具を破壊すればよいのだな」


「はい。それでこの教会を覆っている結界は解かれ脱出できるはずです」


「わかった。ゆくぞ」


 声をかけると、ヴァルキューリは何の感情も示さずソーントーンについて歩く。


 一見、無防備に見えて周囲を気を配っている。歩き方も熟練の戦士のそれだ。


(やはりソフィアではないのだな)


 まぁいい。死んだ後に妻にはいくらでも詫びることができるはずだ。大地母神の慈悲があればの話だが。そのために天に宝を積むのも悪くなかろう。


 ルレントをこの教会から脱出させブランカとジュリーと一緒に安全な場所に連れていく。領民七千人を殺した罪悪に比べてささやかにすぎる善行かもしれんが、やらないよりはましかもしれん。


 少女二人を見捨てられない一方で、大罪人たる自分が彼女達を救う資格があるのか。


 先ほどまでそう悩んでいたソーントーンは今、彼女達を救う理由を見出した。


 体は鈍くとも心の枷が外れたソーントーンの剣は鋭く、次々と襲いくる教会の兵士達を斬り伏せていく。ソーントーンの背中を守るヴァルキューリの存在も、剣が冴え渡る要因であったことは間違いない。


 殺気立つ十数人の教会関係者を斬り伏せたソーントーンは、ヴァルキューリを残して礼拝堂へと至る大扉を押し開けた。


 ◇


 四百年前、古代アルジニア魔国では言語と宗教は統一されていた。


 魔国の優れた魔導文明によって、広大な人類大陸の空間的な距離をほぼゼロにしたことがそれを可能にした一つの要因であると言われている。


 古代アルジニア魔国で国教とされているのは唯一神マーニを信仰するマーニ教である。マーニの娘マーナやマーニの盟友たるドラゴンを信仰する勢力もごく少数存在したが、当局からは黙認されていた。


 それが今日、王国で隆盛を誇る国教――大地母神マーナと天龍皇を信仰するマーナ教となる。その一方で帝国ではマーニ神話に属さないまったく新しい神を信仰する宗教が立ち上がり、当時の支配者による徹底的な弾圧後、宗教そのものが禁止される。


 そして、聖国である。


 唯一神にして創造神を信仰するマーニ教。古代魔国から連綿と受け継がれる教義を国教としている。そのシンボルたる聖柱が礼拝堂の中奥にそびえ立つ。その前に聖堂騎士アルパが()を咥えて待ち構えていた。


「…………あまり良い嗜好とはいえんな」


「代償だ」


 ペッとアルパが切断された指を吐き出す。


「まぁ、俺の指でもいいんだけどよ。やっぱり口にするんなら男やババアよりも若い女の指だよな」


 アルパの唾液に塗れた若い女性のものと思しき指をソーントーンは一瞥した。


「自分の指で済むものをわざわざ他人の指で代用か。よろしい。これでお前を躊躇いなく斬れる」


 考えてみればソーントーンには彼らを斬る理由がない。彼らのテリトリーに侵入し場を荒らしているのはソーントーンである。精霊信仰者に恩や義理があるわけでもない。妖精騎士になったからと言われて、はい、そうですかと聖堂騎士と戦うのは違うと思う。


 だが、彼ら聖堂騎士がやっていることは非道の行いである。無辜の民を追い回し、無実の人間を拷問し、その体の一部を己の趣味嗜好のために弄ぶ。


 ソーントーンの価値観と照らし合わせても"悪"である。領民の生命と財産を脅かす魔物や賊と同様の。


 剣を学んだのはそんな"悪"を斬るためだった。ならば、その剣を振るうのに何の躊躇いもない。


「やれるもんならやってみろよ」


 アイパが左手をソーントーンに向ける。


「!?」


 嫌な予感を感じたソーントーンは咄嗟に長椅子の影に隠れる。だが、何か見えない細長いものがソーントーンの右肩を抉っていた。


「【食指】というスキルだ。不可視の指がおまえの体を抉っている。一度、発動すれば回避も防御も不可能だ」


 血を流す肩に触れてみる。なるほど、細長い矢尻がついた矢に射られたかのような感触。人差し指大の穴が開いている。


「そして抉った【食指】でこういうこともできる」


「!?」


 アイパが左手で引っ張るような動作をすると、ソーントーンの体も肩から引っ張られる。


 アイパの前に引きずり出されたソーントーンはアイパの右手の【食指】が飛んでくる前に礼拝堂の天井に【転移】した。


「無駄だ」


 ソーントーンに背中を向けたまま、アイパは左手を引きずりおろすような仕草をした。


「くっ!」


 ドッシャ!


 不可視の力で引っ張られ床に叩きつけられるソーントーン。数脚の長椅子が巻き込まれて破壊される。


「【食指】がお前の体を抉っている以上、どこに飛んでも俺にはわかるぞ」


「…………なるほど。確かに強力なスキルであるな」


「降参か? ドルイドの隠れ家を教えるなら楽に殺してやってもいいぞ」


「まさか」


「強がるな。そこそこやるようだが、結界の影響で満足に体も動かせまい」


「ハンデとしてはちょうどよい」


「ふん、そうかい。だったら、いたぶり殺してやる!」


 アイパの怒号に応じるように、ソーントーンは再び【転移】した。


「どこに飛ぼうと無駄――、へ?」


 アイパの口から間抜けな声が飛び出る。


 ソーントーンが【転移】したのはアイパの目と鼻の先だったからだ。アイパの伸ばしきった左腕の内側に。


(近すぎる!)


 アイパの【食指】は一種の梃子の原理である。相手との距離が遠ければ遠いほど相手を動かす力は強くなる。だが、ソーントーンとの距離がこれほど近くては梃子の原理はほとんど働かない。ソーントーンを【食指】で振り回すには力が足りなかった。


(まさか、あのわずかな時間でそこまで見抜いたっていうのかよ!?)


 アイパは腰の短剣を抜こうとするが、虚を衝かれたアイパよりもソーントーンの方が速かった。


「がっ!」


 いつの間にか短剣に持ち替えていたソーントーンがその短剣をアイパの首元に刺し込み、鎖骨を砕きながら心臓まで引き裂いてゆく。


 ブシュゥウ!


 アイパの返り血を浴び真っ赤に染まるソーントーン。


「すまぬ。ハンデが足りなかったようだ」


「…………おまえ。名は?」


「グスタブ=ソーントーン」


「王国最強かよ。道理で……」


 瞳から光を失い倒れるアイパ。


 それがアルイトの町の聖教会で起きた今夜、最後の戦いの顛末である。


 ◇


 シュン!


 丸い水晶の魔道具をピュアミスリルの剣で斬り裂く。


 ピン


 その途端、空気が震えたように感じた。同時にソーントーンの体に残っていた痺れも急速に消えていく。この魔道具が張っていた結界には触れたものに継続麻痺の効果も付与するものだったのかもしれない。


 礼拝堂の外で待っていたヴァルキューリと共にルレントの元へ戻る。


「!?」


 ルレントの無事な姿を目にした瞬間、ヴァルキューリは役目を果たしたと判断したのか空気に溶けるように消えていった。


「名残惜しいのですか?」


「……まぁ、多少な」


 ヴァルキューリのいた空間から目を離さずソーントーンが呟く。


「貴方ならすぐに自分だけで呼び出せるようになりますよ」


「…………それはお前に弟子入りしろということか?」


「歓迎しますよ」


 ソーントーンは肩を竦めた。まぁいいだろう。彼女達を救うと決めた。安全な地を求め旅をする道中の暇つぶしとして精霊魔法を修めるのも悪くないかもしれない。


「よろしく頼む」


 その後、師弟関係となった二人は森の庵へと生還を果たす。


 ルレントとの再会に喜ぶブランカとジュリー。


 そして、ソーントーンの弟子入りを知ったブランカは「私のことは姉弟子と呼びなさい!」


「…………」


 ドヤ顔でそう宣言するブランカは、何となくイラッとしたソーントーンにコメカミをグリグリされ痛みに悶絶するのだった。

ソーントーン編はひとまず終了です。

次回からグレアムの話に戻ります。

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