14 魔女狩り4
「やめろ!」
ルレントの足を潰した金槌を口に咥えて、アイパの元へ飛ぶソーントーン。
倒れた際に床に放置されていた金槌を服の中に【転移】しておいた。剣までの大きさならば、触れていれば体のどこにでも【転移】できるように訓練している。
かようにソーントーンの【転移】は訓練と使い方次第では非常に使い勝手の良いスキルではあるが、本来の目的である移動の手段として使うには欠陥スキルである。
理由は転移先の障害物に対し自動回避機能がないからだ。高位の【転移】スキルであれば転移先に障害物があれば自動的に安全な場所に転移先をずらす。
その機能をもたないソーントーンの【転移】で障害物のある場所に飛べばどうなるか。
障害物のある場所に、いることのできないはずの転移者が存在する。
その矛盾は激しい衝撃となって障害物と転移者を襲った。
障害物がただの障害物であれば転移者が一方的にダメージを負うだけだが、敵であれば一種の自爆攻撃となる。
「ぐわっ!」
ソーントーンの突撃を受けた形になったアイパは吹き飛び壁に叩きつけられた。
「アイパさん!」
「――――――――ああっ! 痛い! 顔が! 俺の顔が!」
顔を抑え蹲るアイパ。
「…………内面にふさわしい顔になったじゃないか」
皮肉を呟くソーントーン。
ソーントーンの咥えていた金槌が衝突時にアイパの顔をえぐったのだ。
「――――殺せ!」
アイパの怒号に三人の聖堂騎士が動けぬソーントーンに殺到する。結界魔術の効果と激突の衝撃で、未だ体を動かせないソーントーンに三本の白刃が迫った瞬間――
「"ひとつかみの藁のウィリアム。天使と亡者を迷わせ底なし沼に誘い込め。褒美に一掴みの石炭くれてやろう。ウィル・オ・ウィスプ"」
ルレントの声が響き拷問部屋は強烈な光に包まれた。
「ぐっ!」
閃光に目を焼かれる聖堂騎士達。
視力が回復した頃には、拷問部屋にソーントーンとルレントの姿はなかった。
◇
「"命もたらす名もなき精霊よ。慈愛の腕をもって、彼の者の正しき姿を取り戻せ。空と大地に癒やしの雨をもたらそう。ライフ・ヒーリング"」
ルレントの『ヒーリング』を受けるソーントーン。
「情けない。助けにきて助けられるとはな」
うつ伏せに倒れたおかげで光の精霊"ウィル・オ・ウィスプ"の『閃光』を直視せずに済んだソーントーンはルレントを伴って視認による短距離転移を繰り返し、今は聖教会の倉庫と思われる場所に隠れていた。
「申し訳ありません。結界魔術のことをもっと早くお伝えしていれば……」
ソーントーンの体は多少は歩けるようになったが、上半身は痺れたままで剣を持つことができない。もっとも、愛用の剣まで取り戻す余裕はなく丸腰であったが。
「信者たちが礼拝にやってくる朝には結界は解かれます。それまで、あなたにはどこかに隠れているようにお伝えするつもりでした」
「お前を置いてか? 自分が助かる気がないのなら、なぜ俺を呼んだ?」
「ブランカとジュリーの二人に言伝をお願いしたかったのです。この町を離れ、東へ行けと」
「東に何があるのだ?」
ソーントーンの問いにルレントは首を横に振った。
「わかりません。精霊様がただそうせよと」
聖国の東。
そこにあるのは竜大陸へと至るアッシェント大地峡帯である。
まさか竜大陸まで逃げろと言っているのではないだろうな。その精霊様とやらは。
それならばまだ西の帝国へ行ったほうが生き延びられる確率が高いように思うのだが。
「お前たちドルイドが使う精霊魔術とやらには竜を調伏する秘術でもあるのか?」
「残念ですが」
「……まぁいい。今はドラゴンのことよりここをいかにして脱出するかだ。精霊魔術はあと何回使える」
「先ほどで打ち止めです」
「…………」
完全に無力となった老婆に、剣を振るえないポンコツ剣士。
どうやら冬を越せるかどうかは心配する必要はなくなった。今夜一晩さえ越せそうにないのだから。
外が騒がしくなってきた。聖堂騎士が兵士を総動員して自分達を探しているのだろう。
ここが見つかるのも時間の問題に思えた。
ソーントーンは倉庫を探し適当な長さの棒を見つけると、未だ力の入らない右手に縛り付けた。
二、三度、振ってみる。
自分の体と思えぬほど鈍い。まるで他人に乗り移って操っているかのようだ。
健全な状態の十分の一といったところか。
それでも振っている間に棒がすっぽ抜けるということはなさそうだ。
「戦うのですか?」
「無論だ。例え絶望的な状況でも座して死ぬことだけはない」
そうでなくてはソフィアとジュリア達に申し訳が立たぬ。
「……あなたの最後まで諦めぬ心が道を拓くかもしれません」
「何か妙案でも」
「あなたが精霊魔術を使うのです」
「……無茶をいうな。魔術系スキルなど持っておらんし、魔術を学んでもおらん」
「精霊魔術は魔術と言っていますが魔法に近いものです。習得に魔術系スキルは必要ありません。現に私も魔術系スキルを持っていません」
"魔法"という言葉が出てきて途端に胡散臭くなってきた。魔法はおとぎ話に類するものである。だが、実際にこの老婆が不可思議な力で聖堂騎士の目を焼き、ソーントーンを癒やしたことも事実である。
「だが、その精霊魔法とやらを行使するには何やら呪文が必要なのであろう?」
「はい。精霊語で精霊様に助力を乞うのです」
「そんなもの使えぬし、ドルイドでもない俺は精霊に伝手などないぞ」
「詠唱は私が代行します。妖精騎士となったあなたであれば精霊様に助力を乞う資格は十分にあります」
「……………………」
未だソーントーンに力が戻る気配はない。ダメ元でやってみてもいいだろう。
「では私に背中を」
ルレントの掌がソーントーンの心臓の真上に当てられる。
老婆とは思えぬ涼やかな声が倉庫に響き渡った。
「"死を選定する戦乙女"」
ドクンとソーントーンの心臓が脈打った。
「"<振るう者><霧><斧の時代><激怒する者><戦士><力><鋭く叫ぶ者><軍勢の足かせ><金切り声を出す者><槍を持つ者><盾を持つ者><計画を壊す者>"」
ルレントの詠唱と共にソーントーンの体の奥底から何かが湧き上がってくる。
「ぐぅぅううう!」
痛みはないが強烈な違和感と圧迫感に呻くソーントーン。
「"猛き勇者にあふれる角杯運びたて、太陽の葬列に並びたて。ヴァルキューリ"」
「がぁああああ!」
ソーントーンの胸を中心に、人型の物体がせり上がった。
「成功しました。男性のみが呼び出せる勇気の精霊ヴァルキューリ」
ルレントのやや興奮した声はソーントーンに耳に届かなかった。
見覚えのある戦乙女の相貌に意識のすべてを奪われていた。
「お、おまえは!?」
◇
「ここか?」
「はい。倉庫の中から声が」
「よし。くたばり損ない二人、アイパさんを呼ぶまでもない。ここにいる俺たちだけで突入するぞ」
「はっ――――!」
ドガァアアアン!
その瞬間、倉庫の扉が内側から吹き飛んだ。
聖堂騎士を案内してきた兵士がバラバラになった扉の破片を浴びて床に転がる。
「なっ――!?」
ズバッ!
別の兵士の口に槍の穂先が刺しこまれる。
「!?」
そのまま横に引かれた槍は隣に立つ別の兵士の首を搔き切る。
瞬く間に三人の兵士を無力化したモノが倉庫の闇から悠然と現れた。
それは白いドレスと青い鎧に身を包み銀色の長い髪を持った美しい娘だった。
その美貌に一瞬、我を忘れた聖堂騎士は胸に衝撃を受ける。
力が入らず床に倒れてから彼女が持つ槍に刺し貫かれたのだと悟った。
同時に致命傷で助からないことも。
そんな彼が人生の最後に思ったことは、自分を殺した者への恨みでも、やり残したことへの後悔でもない。奇妙なことに自分を殺した娘の笑う顔を見たかったという願望であった。
今際の際にそんな場違いな願いをもってしまうほど、銀色の髪の乙女は美しかった。