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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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13 魔女狩り3

 ソーントーンは精霊信仰者(ドルイド)が住む森の庵で一晩過ごした翌朝、一人、少女達の師匠が囚われているというアルイトの町に戻った。


 精霊信仰者の少女ブランカが語った話の裏付けを行うためである。


 市場や酒場での聞き込みでわかったことは、町の人間達は聖教会を敬う一方で聖堂騎士には恐怖の感情を持っているということだった。聖堂騎士について話を聞いてみれば、皆、一様に口を噤んだ。酔客に酒を奢り、脅し宥めすかし、どうにか聞けた話では彼らに連れて行かれた者は一人として無事に戻ってこないという。


「あんたもあいつらに逆らえば殺されるぞ…………、くそっ! 酔いがさめちまった!」


 悪態をついて酒場を出ていく酔客を見送ったソーントーンは今度は精霊信仰者についての情報を集めることにした。そうしてわかったことは、この町の住民が精霊信仰者に向ける感情は決して悪いものではなかったということだった。


 聖教会から病の治癒魔術の代金として高額のお布施を要求され困っていたところ、精霊信仰者の作る安価な薬で完治したという話はいくらでも出てきた。


「だが、だからといって町民たちが一丸となって精霊信仰者を助けるとは思わない。彼女たちが泊まっていた宿屋に聖堂騎士が踏み込んできたのがその証拠だ」


 誰かが密告したのだろう。それは信仰のためか、いくばくかの謝礼のためか。


 いずれにしろ精霊信仰者にとってこの町は既に危険地帯ということが再確認できただけだった。


「では、どうする? ジュリア?」


 暗い道を一人歩きながら、ソーントーンが最も信頼する人間の一人に問いかける。返事などあるわけないと分かっていたが、それでも聞かずにはいられなかった。


「所詮、俺にできることは剣を振ることだけだ。この町の聖堂騎士すべてを切り捨てるか?」


 無意味だ。別の町から別の聖堂騎士が派遣されてくるだけだろう。精霊信仰者全体の立場がもっと悪くなるだけかもしれない。


「……俺が考えても無駄か。ならば、知恵ある者に知恵を借りるのが一番だ。当事者でもあるしな」


 ソーントーンは目の前に建つ建物を見上げた。この町の領主の館よりも大きく豪奢なその建物の屋根には一本の柱が掲げられている。それは聖柱と呼ばれる聖教のシンボルである。つまり、ここが聖教会。その地下に、ブランカとジュリーの師匠ルレントが囚われているはずである。


 ◇


 ソーントーンは塀を乗り越え聖教会の敷地に降り立った。地下牢とはいえ、明かり取りの窓ぐらいはある。それを見つけて地下牢に短距離転移する。


 シュパ!


 ソーントーンが転移した牢には誰も捕われていなかった。補強された木の扉に耳を押し当て、外に誰もいないことを確認してからゆっくりと扉を開けた。


 キィ


 廊下に出る。


「…………」


 苔とカビとホコリと饐えた臭いに混じって、かすかな鉄錆の臭い。


 やな予感を感じつつソーントーンは地下牢の奥へと歩を進める。


 ギィイ


 突き当りの扉を開くと思いのほか、大きな音が出る。


 構わず中に入ると様々な拷問器具が壁に並べられていた。


 部屋の中央には張りつけ台。


 そこに両の足がぐしゃぐしゃになった老婆が繋がれていた。床に放り出されたままの金槌で潰されたのだろう。新しい血が槌にこびりついている。


 白金の美しい髪を持つ老婆。それがブランカから聞いていたルレントの身体的特徴である。


 だが、その髪は血と泥で薄汚れていた。


「まだ生きているか?」


「…………だれ?」


 気息えんえんといった様子だが、どうにか言葉を返す老婆。


「ルレントというのはお前か? ブランカとジュリーの師匠の?」


「……そうです。二人は?」


「無事だ。森の庵でお前の帰りを待っている」


「……そうですか。あなたが二人を助けてくださったのですね。妖精騎士(エルフィン・ナイト)


 青白い顔に笑みを浮かべるルレント。


「妖精騎士? 何だそれは?」


「私たちドルイドが窮地に陥った時、古の約定により私たちを救う者のことです」


「ならば人違いだな。古の約定などとそんな御大層なものを結んだ覚えはない」


 否定するソーントーンにルレントはゆっくりと首を横に振った。


「いいえ。あなたは私が精霊様を通じて呼んだ妖精騎士で間違いありません」


「呼ばれた覚えなどない」


「では、どうしてこの町に来られたのです?」


「きまぐれだ。明確な目的があったわけではない」


「どこでもよかったと?」


「そうだ」


「導かれたのですよ。無自覚に。その証拠に今、痛みますか?」


 ルレントはソーントーンの顔に巻かれた包帯を見つめた。


「…………」


 そういえば、いつの頃からか痛みを感じなくなっている。


「妖精にゆかりある品を使いましたね?」


「……妖精剣アドリアナを振るった」


「あなたの顔のそれと痛みは、剣を振るった代償を求められているのです」


「その代償を支払えば解けると?」


「はい。あなたは私の求めに応じ、この地を訪れ私の弟子たちを救ってくれた」


 確かに、思い返せばブランカとジュリーの二人と出会った頃から痛みを感じなくなったようにも思う。昨夜は森の庵で久しぶりに眠れたような気もする。


「なるほど。痛みは借金返済の催促。俺が利子を支払ったから、それが緩和されたというわけか」


「はい。概ねその理解で正しいかと」


「だが、元金を返せねば生涯このままであろう。ふっ。やはり呪いと変わらん」


「精霊様は慈悲深い方です。払えぬ代償など求めません」


「そうだと良いのだがな」


 キン!


 ソーントーンはルレントを拘束していた鎖を剣で斬る。


「詳しい話はここを出てからだ」


 自由になったルレントを抱える。


「いけません! 私をここに置いていってください!」


 弱々しくも抵抗を見せるルレント。


「罠なのです! 私を助けようとする者を――」


 そんなルレントに構わず森の庵に観想転移を行うソーントーン。


 バシッ!


「――――がっ!!」


 突如、激しい痛みがソーントーンを襲い、ルレントと共に血の染みがついた床に倒れ込む。


(な、なにが?)


 体が痺れて、指先一つ動かせない。


(転移に失敗? まさか!?)


 一瞬、ブランカとジュリーが待つ森の庵が消失したのではないかと焦る。だが、すぐに否定した。王城でブロランカに飛ぼうとした時と状況が異なる。少なくともあの時は転移失敗で自分の体が痺れて動けなくなるようなことなどなかった。


 これは転移に失敗したというより、転移を妨害されたように感じる。


「ネズミ捕りを仕掛けておいて正解だったな」


 鎧を着た四人の男が拷問部屋に入ってくる。


 そのうちの三人は見覚えがある。宿屋でブランカとジュリーを捕縛しに来ていた男達だ。


「こいつです。アイパさん。昨夜、俺たちの聖務を邪魔した化け物剣士は」


 ソーントーンの髪を掴んで頭を持ち上げた男は、最初にソーントーンが顎を砕いた男である。軽く包帯が撒かれているが、ほぼ完治しているようだった。魔術を使ったのだろう。


 アイパと呼ばれたリーダー格の男は「残念だったな。ここには入ることはできても出ることはできない」と残忍な笑みを浮かべた。


「…………教会お得意の結界魔術か」


「ほう。もう喋れるようになってるのか。大したもんだ。だが、おかげで待つ必要がなくなった。おい」


 アイパに指示された聖堂騎士は、まだ動けぬソーントーンを拘束椅子に座らせると両手両足を金具で固定した。


「お前達の仲間がどこに隠れてるか、洗いざらい喋ってもらおうか」


「……仲間? そんなものは俺にはいない」


 そう答えた瞬間、アイパの拳が飛んだ。


 唇を切ったソーントーンの口元から一筋の血が流れる。


「俺が望む答え以外は不要だ」楽しそうに笑うアイパ。


「……ルレントの足を潰したのはお前か? 老婆の足を――」


 ガッ!


 再びアイパの拳が飛ぶ。


「おいおい。俺をあまり喜ばせるなよ」


「…………」


「俺はお前みたいな強情な奴が大好きなんだ。ピーピングシェルのように固く硬く口を閉ざした奴が、最後の方には泣いて赦しを乞う瞬間、俺は生きててよかったなって思うんだ」


 瞳の奥に狂気の光を宿して凶悪に嗤うアイパ。


 人を暴力で屈服させることに快感を覚えるサディストか。


 反吐がでる。


 ソーントーンが口を開こうとした瞬間――


「ヒュウ」と聖堂騎士の一人が口笛を吹いた。


「アイパさん。こいつはピュアミスリルの剣ですよ」


 ソーントーンの剣を鞘から抜いてアイパに見せる聖堂騎士。


「なに?」


 剣を受け取ったアイパはソーントーンと剣を交互に見る。


「薄汚いドルイドがなぜこんな上等なものを持っている?」


「本物ですかね?」


「俺の見立てに間違いねぇよ」


「試してみればわかる。本物なら骨でも溶けたバターのように切れるはずだ」


 アイパはソーントーンの剣を持って、いまだ倒れたままのルレントの元に歩いていく。


「……待て。なにをするつもりだ」


「もうババアは用無しだ」


 剣を振りかぶるアイパ。


「やめろ!」


 ソーントーンの怒号が拷問部屋に響いた。

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