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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
181/442

12 王国逃避行6

 スライムの天敵は多い。一応、魔物の分類に入るようで魔物からは襲われないが、一般的な野生動物――犬、猫、狐、狼、猪、熊、猛禽類などの肉食、雑食動物の餌食となることが多い。それらの動物をディーグアントによって駆逐されたブロランカ島北部の森は、スライムを増やすのにうってつけの環境だったと言える。


 だが、そんな恵まれた環境など自然界にはなく、スライムはこれらの天敵から自分や仲間を守るため、隠れたり、毒を持ったり、擬態したりと様々な自己防衛術を身につけている。


 そして、グレアムが逃避行の旅路で新たに仲間にしたスライムもまた、その例に漏れず独自の自己防衛術を身に着けていた。


 自然界で最もポピュラーな自己防衛術――すなわち"逃走"である。


 ◇


「で、この真っ黒いのが新しく手に入れたスライムか?」


 元傭兵リーの質問にグレアムは頷く。


「ああ。その特徴から"エスケープスライム"と名付けた。体の色から"ブラックスライム"やテプリ近郊で仲間にしたから"テプリスライム"にしようかとも迷ったんだが、将来的に他に黒いスライムを仲間にした場合や、テプリ以外にも同種のスライムがいれば混乱を招くとも思ってこの名前にした」


「お、おう」


 後半部分のどうでもよい内容に対して適当に返事するリー。


「エスケープというからには逃げるスライムなのか?」とやや懐疑的な口調のオーソン。


 粘体生物であるスライムの移動速度は決して速いとはいえない。ロックスライムのように自分の体を丸く固めて転がれば多少は速いが、床や地面を這うようにして進む他のスライムは分速20メイル程度がせいぜいだろう。


 そんなに遅くて天敵から逃げられるのかとオーソンは疑問に思っているようだった。


「実際に見てみたほうが早いだろう。リー、ちょっとこのキシリマを斬ってみてくれ」


 グレアムがキリシマと呼んだエスケープスライムを地面に置くと、リーの前に自力で移動してくる。


「……いいのか?」


 グレアムが大切に扱うように厳命しているスライムはプルプルと震えていた。


 農村出身のリーはスライムに対して王侯貴ほどの忌避感は持っていなかったが、油断すれば収穫した農作物を食べるやっかいで忌々しい存在である。


 だが、グレアムが新参組に対して行った公衆衛生の講義で、スライムがいなければ糞尿やゴミで川や池の水は汚染され、そこから病が蔓延していたかもしれないと聞くと多少は感謝の念も湧いた。何より亜空間収納を使うためにスライムの世話をしていれば愛着も湧く。


 そんなスライムに対して剣を振り下ろすことにリーは抵抗があった。

 

「かまわない。やってくれ」


「んじゃま」


 抵抗はあったが彼も元傭兵である。昨日の友が今日の敵となることも多い稼業で、そんな躊躇いは命取りと知っているリーは思い切り、剣をエスケープスライムに対して振り下ろした。

 

「?」


 リーの剣がキリシマを圧し潰し、キリシマはまるで牛の胃で作った水筒のようにペシャンコになる。


「何だこりゃ?」


 キリシマを指先でつまんでみるとペラペラの布のようになっていた。


「それはキリシマの"皮"だよ。本体はこっち」


 いつの間にかグレアムの手に真っ黒の体を持つスライムがいた。


「"自切"の一種だよ。トカゲが尻尾だけ残して逃げるように、エスケープスライムも体の表面のごく一部だけ残して逃げる」


「はあ? いつ逃げたんだよ? まったくわからなかったぞ」


 キリシマがリーの前に這ってきてから剣を振り下ろすまで、目を離した時間はないはずだ。あの鈍重な動きをするスライムが、いつ、どうやって"皮"一枚だけ残して逃げることができたというのか。


「すまん、グレアム。俺にもまったくわからなかった」とオーソン。


「【気配感知】は使ってなかったのかよ?」


「使っていたさ。だが、もともとスライムは気配が読みにくい。それが突然、消えたようにしか思えなかった」


「それで正解だよ、オーソン。実際に消えたんだ」


「……もしかして空間転移?」とミストリア。


「「空間転移!?」」オーソンとリーが声を揃えて驚きの声をあげる。


 空間転移する魔物もいないわけではないが、それをするのは上級の魔物だけである。それをスライムがやったというならば、まだ彼らはスライムの力を見損なっていたといえる。


「もう何でもありだな……」呆れたようにリーが言う。


「……それで、そのエスケープスライムの空間転移をどう使うんだ?」


「それはまだ研究中。でも、少し面白いことができるかもしれない。それよりも、今、重要なのはこっちのほうなんだ」


 グレアムはエスケープスライムが残した"皮"を手に持った。


「こいつで新しい武器を作る」


「……また何かエグいことを考えているんじゃないだろうな?」


「……否定できないな。今から作ろうとしているのは『悪魔の兵器』と呼ばれることもある」


 グレアムの言葉に顔を引きつらせるリー。


「一体、何を作ろうとしているんだ?」


「……王都から俺たちへの追撃部隊と思われる軍が出発した」


「「?」」


 突然、話が飛んだように思えて、ポカンとするリーとミストリア。


 オーソンには既に話を通している。彼は腕を組んで頷いていた。


「その数、およそ五千。アルジニア街道を北上中だ」


 ちなみにアルジニア街道とは古代魔国時代に整備された高速道路だ。主要な都市を短距離で結ぶため山を切り開き、川に橋をかけ、沼地を干拓し、そこに石畳を敷き詰めている。当然ながら魔術付与もされている。


「五千! また、奮発したな!」


「本当に狙いは我々なのか?」とミストリア。


「どこかで反乱が起きたという話も聞かない。それだけの数の軍を北上させる理由は俺たち以外ないと思う。そうじゃなかったとしても対策はすべきだ」


「それもそうだな。……そうか。新兵器はそれに対抗するためか」


「ああ。今の戦団の人数じゃ魔銃だけで五千には対抗できない」


<炎弾>を一発撃ってから再度発射できるようになるまでおよそ二秒かかる。これは魔銃の発射メカニズムのためである。


 魔銃にいるロックスライムは魔術式を展開せず、近くにいる別のスライムから魔術演算の結果を思念波で受け取り、それを放出するいわばクライアントである。


 魔術演算を行ったスライムは魔力が空となっているのでクライアントのロックスライムは別のスライムをサーチし魔術演算を依頼する。依頼されたスライムは魔術演算を実施し、結果をクライアントに送信する。この一連のプロセスに約二秒ほどかかる。そして、魔銃の引き金を引き続ける限りこのプロセスは繰り返されるようになっている。


 では、二秒に一回発射でき、射程距離百メイルの魔銃でどれだけの敵を殲滅できるか計算してみる。


 仮に百人の敵軍が百メイルの距離を二十秒で走ると仮定した場合、<炎弾>は十発撃てる計算になる。味方の数が二十人とし、<炎弾>による撃破率を50%と仮定した場合、敵がこちらに辿り着く前に殲滅できる計算になる。そして、これはブロランカ島で陽動部隊が二の砦の傭兵部隊を相手にした際に、ほぼ正しいことは実証済みであった。


「つまり、敵が一気に襲いかかってくれば、こちらに辿り着くまでに五百は撃破できるが――」


「敵は四千五百残る」


「白兵戦をやるにはちょっときつい数だな」とミストリアは軽く笑う。


「前から聞こうと思っていたんだが、魔銃の火力をもう少しあげられないのか? 例えば<火炎散弾>を全員が使えるようにするとか」


 オーソンの疑問にグレアムは首を横に振った。


「できればそうしたいが無理だ」


<火炎散弾>のような強力な魔術は【スライム使役】で構築したスライムネットワークで大規模魔術演算を高速分散処理できるから可能なのだ。クライアントとなるロックスライムにグレアムと同じことをさせようとしても【スライム使役】を持たないクライアントはスライムネットワークを使えない。クライアントはあくまで仲間のスライムに「依頼」することしかできないのだ。


「ミリーの魔銃は? 射程距離を三倍にしているだろ?」


「あれは魔道具でブーストしているんだ」


 ミリーの狙撃銃につけている魔道具は照準器であると同時に増幅器(ブースター)でもあるのだ。


「そして、魔道具は量産できるものじゃない」


 魔道具の原材料であるオリハルコンに魔術式を書き込むことで魔道具となる。そして魔術式の書き込みは魔術師の手作業であるのだ。


「むう」


 魔銃の威力底上げは無理かと唸るオーソン。だが、グレアムも魔銃の威力を増幅器以外で底上げする方法はないかと考えているのも事実であった。例えば、三年前。グレアムはムルマンスクでリーに指を切り飛ばされたが、フォレストスライムのヤマトはそれを瞬く間に<再生>してくれた。


 グレアムがスライムネットワークを構築する前のことである。そして<再生>に必要な魔力は<炎弾>の比ではない。ヤマトが独自にスライムネットワークを構築したとしか思えない。魔銃のロックスライムにもスライムネットワークを構築させようとしてみたが、今のところ成功した例はなかった。もし、スライム単体でスライムネットワークが自由に使えるようになれば、あるいは……。


 しかし、グレアムはその方法を棚上げしている。エスケープスライムの件もそうだが、他に優先して研究すべき事柄が多いのだ。特に魔術関連は師匠のヒューストームがあの状態なので、そのしわ寄せがグレアムに来ている。


 そして、最優先事項の研究は迫りくる五千の敵をどうやって撃退するかである。時間は限られている。だから、確実に実現できそうな研究を優先せざるをえないのだ。


「……オーソンとお前といれば問題ないと思うがな」とリー。


 確かに【全身武闘】でほぼ無敵状態となれるオーソン、そして大量の<炎弾>をばら撒く<火炎散弾>を使うグレアムがいれば、いくら敵が多くとも問題ないように思える。事実、ブロランカ島ではそれぞれ単独でディーグアントの巣に入り、次々襲い来る蟻を蹴散らして女王を撃破しているのだ。


「俺もオーソンも対策されていると考えた方がいい」


 敵は蟻とは違い思考する存在なのだ。無策で来るとは思えない。味方の犠牲を考えなければグレアムでも対応策を十は考えつく。未知のスキルや魔術もあるかもしれない。


「組織に対抗できるのは組織だけだ。個では組織に対抗できないんだよ」


 グレアムが蟻喰いの戦団を作った最大の理由である。グレアムは単独で王城に侵入しジョセフを害しているが、あれは奇襲と運に助けれられたからできたことだ。同じことをもう一度やれと言われてもできないだろう。


『君なら何度でもやれそうだけどね』


 どこかの異世界転移部部長の声で幻聴が聞こえたような気がしたが、無理なものは無理である。


 耳を掻くグレアムにリーは「まぁ、結局のところそうなんだろうけどよ……。で、こいつを使って残る四千五百の敵をどうするんだ?」とエスケープスライムの"皮"をかざして問う。


 グレアムは小指についたカスをフッと吹き飛ばすと

「敵の足を止めるんだ」と答えた。

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