11 ベイセルとスヴァン
「人には生まれついての役割がある。そうは思わんか、スヴァン」
グレアム・バーミリンガー捕縛の任を受けたベイセル=アクセルソン将軍は手に持った骨付き肉を指揮棒のように振りかざしてそう言った。
「はぁ」
ベイセルの腹は酒樽よりも大きく膨れ上がり、腕や足も丸太のようで首は見えない。長年の暴飲暴食が原因であることは明らかであったが、本人曰く、これは自分のスキルの代償であって仕方のないことだと公言して憚らなかった。
「聞いてるのか? スヴァン」
「ええ。聞いています。人には役割があるのですよね」
人払いの済ませた天幕。今、そこにはベイセルとスヴァンしかいない。
「そうだ! それをこの村の長はわかっておらん!」
「…………」
ベイセルの軍五千は、今夜、この村に駐留することにした。
そうして、ベイセルは村長に五千人分の食料五食分を明日の朝まで用意するように命じたのである。無論、今夜の食事分は別である。
たった三百人足らずの村で五千名、六食分。
明らかに村の許容量を超えている。当然ながら村長は不可能だと訴え出たが、ベイセルはそれを冷酷に斬って捨てた。
「我らは賊軍を討つ官軍である! 官軍に協力しないものもまた賊軍だ!」
そう言って村長の遺体を晒し、残された村人を脅しつけるベイセル。
今、村はパンを焼く窯の煙と牛や豚、農耕馬があげる断末魔の声で溢れている。軍の糧食とするためだ。大量の麦と家畜を失ったこの村は早晩、干上がるだろう。冬は越せず、村人は全員、凍死か餓死、良くて奴隷落ちだろうなとスヴァンは予想する。
「軍を分けて、複数の村に駐留することはできなかったのでしょうか?」
「馬鹿を抜かせ! そんなことをしたらワシのスキルが活かせぬではないか!」
ベイセル=アクセルソンは【大行進】という軍団系スキルを持っている。
軍団系スキルとはスキルの効果が軍全体に効果が波及するものを指し、ベイセルのそれは持久力と俊敏性が上昇する。
だが、軍団系スキルは軍が纏まっていなければ効果はない。各村に分散して駐留などしたら再集結までに余計な時間がとられる。それをベイセルは嫌ったのだ。ベイセルはベイセル以外にグレアムの首をとられることを何よりも恐れていた。
おそらく、蟻喰いの戦団を捕捉するまでいくつもの村や町がベイセルによって食い潰されることになるだろう。
哀れなことだが恨むならグレアムと蟻喰いの戦団を恨んでくれよとスヴァンは思う。
「あの愚王が死んでくれて巡ってきたチャンスだ。いつまでもレイナルドにでかい顔はさせられん」
「…………酔っておられますか、閣下?」
今のは不敬罪ととられてもおかしくない発言だった。そして、自分はレイナルドの部下である。
「ふん。ここにはワシとお前しかいない。そして、お前は人の秘密を明かせない。それがお前のスキルの代償だからな」
「…………」
内心でイラッとするスヴァン。
(どいつも、こいつも)
ベイセルの言う通り、スヴァンは人が明かした秘密を公にすることができない。だが、それを良いことに心に溜め込んだ汚泥の廃棄処理として自分を使うのは勘弁して欲しい。お前達はそれで多少はスッキリするのかもしれないが、打ち明けられたこちらは胃が痛くなるのだ。
「ある面で見れば、王国はグレアムに助けられたとも言える。そうは思わんか?」
「はて? 何のことでしょう?」
発言には慎重を期する。スヴァンがベイセルの秘密を明かせなくとも、その逆はそうでないのだ。
「あの愚王――ジョセフは他人のスキルをコピーできるスキルを持っていたと噂がある」
王族がスキルを秘匿する場合は、スキルそのものを持っていないか、知られると問題がある場合である。ジョセフは前者と思われていたが、どうも後者であったとの噂が宮中でまことしやかに囁かれていた。
「八星騎士に選ばれた者のスキルを自由に使えるのだとか。だとすれば、ジョセフの治世が数十年続くことになったかもしれん」
八星騎士の一人、"不死"のケルスティン=アッテルベリは若い見た目を保ったまま百年以上を生きている。それがスキルの力によるものならば、それをコピーしたジョセフもまた、百年を生きることになったかもしれないのだ。
「笑えぬ話だ」
一口齧った骨付き肉を捨て、次の肉を手にするベイセル。
「奴が何を考えて王殺しなどという大罪を犯したのか知らんが、おかげでテオドール新王陛下のもとで王国を立て直すことができる。そして、私は新生アルジニア王国の中枢に入り、アクセルソン家の栄華を極める。それこそがグレアム・バーミリンガーが天に与えられた役割なのだよ」
得意げなベイセル。どこか冗談じみて言っているが目は本気だった。自分は空席となった宰相の地位に就き、そして、やがてはレイナルドを追い落として元帥の地位もアクセルソン家の者に就かせようと考えているのかもしれない。
「スヴァン。お前も身の振り方を考えておくのだな」
「……蟻喰いの戦団は油断ならぬ相手です。王国航空部隊が壊滅したのをお忘れか?」
「ふん。魔銃か。そんなもの距離さえ詰めれば恐れるにたらん。例え半数倒れようとも半数残れば百名足らずの傭兵団など押し潰せる」
暴論だが真実をついているともいえる。蟻喰いの戦団の半数は女、子供、老人が占めているという。五千の兵が半数となっても蟻喰いの戦団に肉薄できれば勝負はつく。そして、軍団全体の俊敏性を上げるベイセルのスキルはその可能性をより高めるものだった。
「しかし、五体満足のオーソンの姿が密偵によって報告されています。グレアムもまた単身で宮中に乗りリ込み近衛兵を壊滅せしめたおそるべき魔術の遣い手とも」
「わしが何の対策もしとらんと思っておるのか。二人が前に出てくるのなら望むところよ」
肉に齧りつき白い歯を見せて笑うベイセル。
「ん? 聞きたいか?」
「……いえ、文官である自分の分ではありません」
ベイセルが準備した人材と魔道具からおおよその予想はつくが、下手に関わるのも危険だ。なまじベイセルの作戦を知っていると戦場の前線に立たされかねない。自分のスキルは確かに自他共に認める強力なものだが戦場で役立つようなものではないのだ。
そんな自分をどうしてあの戦の天才と言われたレイナルドがベイセルに無理を言って自分を同行させたのかわからない。
アイク=レイナルドは秘密を明かせぬ自分であっても軽々しく内心を吐露するような人間ではない。それだけでもスヴァンにとっては理想の上司といえた。恩に報いようと影に日向にアイクをサポートしてきた自負がある。収入も安定し、そろそろ嫁でももらおうかと思っていた矢先にこの仕打である。
(自分は何か不興を買うようなことをしただろうか?)
そんなことはないと思いたいが、スヴァンの仕事の性質上、絶対ないとは言い切れないのが悲しい。
(とにかく、何があっても自分は生き残ろう)
結婚もせずにスヴァンは死にたくなかったのである。