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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
179/442

10 王国逃避行5

「「隊長、全員の点呼完了しました」」


 蟻喰いの戦団(バーミリンガーズ)古参組では最年少のエーランドとヨーンはミリーにそう報告した。


「ご苦労様。では()を閉めましょう」


「「はい」」


 戦団の野営地は生きたディーグアントを積み重ねた壁に囲まれている。魔物はディーグアントを襲わない。この特性を利用しディーグアントでミリー達の姿を隠すことで他の魔物に襲われることを防ぐのだ。無論、空から襲いくる魔物には効果はないが、それでもあるのとないのとでは安全度がまったく違う。


 戦団に襲撃をかけてきた五十匹ほどの豚頭オークの群れを手早く殲滅し、その素材を回収しに出ていたメンバーが全員、戻ってきていることを確認した後、ミリーはコントローラーを操作して亜空間から次々とディーグアントを出していく。そして、意図的に開けていた壁の隙間をそれらのディーグアントで埋めるように積み重ねていった。


「…………」


 ミリーは完成した壁に問題ないことを確認すると解散を宣言する。


 今夜の見張りを残して、自分たちのテントに戻っていくメンバーを見届けたミリーも自分のテントに入る。だが、出入り口は開けたままにしておいた。


 外にはグレアムのテントが見える。まだ、明かりがついていて、その明かりが消えるまでミリーも休むつもりはない。


 指先ほどのサイズとなって肩にくっついているタウンスライムの"アン"をトントンと軽く叩くと、目の前の空間が歪んだように変質した。これはタウンスライムの特殊能力で中にはミリーの私物などが綺麗に整理されて納められていた。


 ミリーはその中から二丁の魔銃を取り出す。グレアムが眠るまで魔銃の手入れを行うつもりだった。まずは王都の工房で作られた魔銃からだ。これは、旅の途上でグレアムが自ずから狙撃用に改造してくれた特別製である。<炎弾>の射程は三百メイルにまで伸びており、照準器も筒型となっており覗き込むと<視力増加(ビジョン)>の魔術がミリーにかかる魔道具である。


 ミリーはまず、二つのコパートメントから魔銃の心臓部となる()()を取り出す。グレアムは最悪、魔銃は壊してもかまわないが、この心臓部だけは大切に扱うように厳命している。


 石のようなざらざらした手触り。それらを枕の上に広げたハンカチの上にそっと置いて優しく拭いてあげた。


「…………」


 その後、コパートメントに溜まっている埃や砂を綺麗に取り除いていく。安全装置がオンの状態でトリガーを引いても動かないことを確認し、今度は安全装置をオフに切り替えてトリガーの具合を確認する。


「…………」


 問題ないことを確認すると照準器も取り外して綺麗に磨き、今度は全体的に磨いていく。一通り終わると最後にトリガーやスイッチの可動部に油を注して()()をコパートメントに戻した。これで魔銃の手入れは完了である。


 次は、ブロランカ島で作った初期型魔銃である。グレアムは安全装置のないこの魔銃を使うことを推奨していないが、これは戦団の古参メンバーみんなで作り上げた品である。手作り感満載の無骨な品だが、その分、思い入れはこちらの方が大きい。コパートメントから魔銃の心臓部を取り出してから、より丁寧に手入れをしていく。


「…………」


 少しトリガーが軽くなっているような気がする。機械的な部分の整備はドッガーに任せるしかない。彼はまだ起きているだろうか。


「ミリー」


 すると、外から自分を呼ぶ小さな声が聞こえた。


「ヘンリク? どうしたの?」


 近くの町に買い出しに出かけていたヘンリクは夕方頃に本隊と合流したが、夕食もとらずに自分のテントに引きこもっていたのだ。体調でも崩したのかと心配していたが、やはり少し顔色が悪いような気がする。


「少し、話があるんだ。ちょっといいかな?」


 ミリーはちらりとグレアムのテントを見る。いつの間にかテントの明かりは消えていた。グレアムより早く起きたいのでミリーは正直、休みたかったがヘンリクもグレアムを守る戦団の一員だと思えば邪険にもできない。


「わかったわ。でも、ここではダメ」


 自分たちの話し声で万が一にもグレアムの眠りを阻害したくない。


 ミリーは初期型魔銃を手に持ってテントを出た。


 しばらく二人で歩き、人気のない場所へ来ると突然、ヘンリクが詰め寄ってきた。


「ミリー! 一緒に逃げよう!」


「……はぁ?」


「ここはやばい!」


「……突然、どうしたの?」


「これを見てくれ!」


 ヘンリクが差し出したのは一枚の羊皮紙。それはグレアムの手配書だった。


「!!」


 ミリーは手配書を奪うようにヘンリクの手から取り上げると、食い入るように見つめた。


「わかるだろう? ミリー」


「ええ! 前の人相書きよりクォリティが上がってるわ! ありがとう、ヘンリク! 私のために持って帰ってくれたのね!」


「違う! 報酬のところを見てくれ!」


「…………」


 生死不問(デッドオアアライブ)で金貨一万枚。これは前も見た。そこに追加されているのは――


「領地と爵位を下賜?」


「そうだ! グレアムを捕まえると貴族になれるんだ!」


「……だから何?」


 若干、ミリーの声の温度が低くなったが、興奮しているヘンリクは気づかない。


「ありえないだろ!? なんであいつを捕まえるだけでそんな破格の報酬になる!? あいつ、一体何をしたんだ!?」


「この国の王を殺してきたんでしょ。何を今更、言ってるの?」


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 ヘンリクは目眩でもしたかのように顔を手で抑えた。


「ほ、本当のことなのか?」


「グレアムがそう言っていたじゃないの」


「う、嘘に決まっていると思っていたんだ。奴隷が王様を殺せるわけないって。せいぜい尻尾を巻いて逃げ帰ってくるか……」


「捕まるか死ぬかと思ってた? あなた、そんなふうに考えていたの? グレアムがそうなったら、あなたどうする気だったの?」


「魔銃と亜空間収納があるから仕事には困らないと思ってた。ゆくゆくはどこかの貴族にでも仕官しようかと」


「…………」


 幼馴染は予想以上に馬鹿だった。グレアムがいなくなっても魔銃と亜空間収納を使い続けることができると思っていたなんて。いや、それ以上にグレアムが失敗すると思っていたとは呆れてものが言えない。


 グレアムは私の神である。


 神が失敗などしない。


 ましてや神が、たかが人の王などに負けるはずがないのだ。


「国が王様を殺されておいてただで済ませるわけがない! それこそ奴ら、地の果てまで追ってくるぞ!」


「…………」


 何をビビってるんだ、こいつ? こいつに比べれば、新参の獣人達どころかエーランドとヨーンの方がよほど肝が座っている。


「その追ってきた連中をこの前、撃退したじゃないの。騎士といっても大したことないなってあなた笑ってたじゃない」


「そ、それは――」


「怖じ気づいたのなら退団してもいいのよ。多分、グレアムは許してくれると思う」


 あの人は子供には限りなく優しい。かつて、スライムと触れ合うことを拒絶した連中に対し、グレアムはその愚かさを彼ら自身の体に刻みつけたが、ヘンリクには明らかに手加減していた。愚かなヘンリクはそれに気づかず「大人連中も情けないな」とボヤいていたが。


「ミ、ミリーは?」


「わたし? 聞くまでもないでしょ」


 地獄の底でもグレアムについていく。


 その覚悟をミリーの目を見て察したのか、ヘンリクはフラフラと青い顔をしたまま去っていった。


 それを見送りながら、ヘンリクはもう駄目かもしれないとミリーは思った。所詮は覚悟も認識も足りていないガキだったことが露呈した。あまつさえ、グレアムを信じることもできなけば彼の居場所はここにはない。


 多少、寂しい気持ちもないではないが徒に留まり続けて戦団の不穏分子となっても困る。グレアムは神だと信じて疑っていないが、その身に纏う肉体は人間のものである。時折、神は受肉して人の地に降り立つという。そして、人の死を迎えた瞬間、その肉を脱ぎ捨て天に帰るのだ。


 地獄のようなこの世界。ここを少しでも天の楽園に近づけるために、グレアムにはできる限り地上に留まって欲しい。


 だが、グレアムはかつて"裏切り者がでる"とも予言していた。もし、その"裏切者"がグレアムを害することを示唆しているのだとしたら。そして、それがヘンリクであったとしたら……。


「…………」


 ミリーは手に持っている安全装置のついていない魔銃を握りしめた。


 軽くなったトリガーの相談は、また今度にしようと思った。

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