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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師

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9 王国逃避行4

 "王国、恐るべし"


 そう思う根拠は他にもある。グレアムにもミスがあったとはいえ、王国航空部隊に生き残りを出してしまった。


 グレアムがジョセフに宣言した通り、追撃者は一人も生きて返すつもりはなかった。それは脅しの意味もあるが、大きくはこちらの情報を王国に与えたくなかったからだ。生き残って情報を持ち帰られれば、対策をたてられる。少なくてもグレアムなら絶対にそうする。


 だからこそ、万全と思える態勢で奇襲を敢行したのだが、結果は数名の騎士を逃してしまった。オーソンやリーの話では、逃走系のスキル持ちがいたのだろうということだが、それなら事態はいっそう深刻である。王国は全滅することも見込んで、その場合、せめて情報だけでも持ち帰れるように動いていたことになる。


 勝利しか考えない軍隊は脆い。得てして、そういう軍隊ほど自分の都合のいいように敵が動いてくれることを想定して作戦をたてるからだ。そして、想定外の事態が起きると対応が間に合わず敗戦を重ねる。


 だが、今回の王国航空部隊のように敗北も見据えて動ける軍隊は手強い。あらゆる事態を想定していると考えていい。だから、問題が起きても柔軟に対応し被害を抑えて作戦を遂行することができる。


 王国軍がそういう軍隊である以上、もはや、こちらにミスは許されない。


 だから、グレアムは蟻喰いの戦団(バーミリンガーズ)に人型の標的を作らせていた。


 ◇


「何だって()()を人型にする必要があるんだ?」


 ジャックスはノコギリを引きながらボヤいた。


 蟻喰いの戦団一行は、古代魔国時代に敷設された街道沿いで野営していた。質量ともに満足な夕食を摂取した後、獣人達には魔銃の訓練を、古参には的の制作をグレアムは命じていた。


「撃て!」


 バシュン!!!


 オーソンの号令一下、威力を抑えた<炎弾>が作ったばかりの人型の標的を貫いていく。


 グレアムの出した複数の<光明(ライト)>で手元が狂う心配はないが、同じく野営している旅人や商人達のよい見世物になっていた。中には傭兵らしき姿の者もいる。


「いいのかね。あれ?」


「もはや隠す意味はないと判断したのだろう。うちの団長殿は」とドッガーがジャックスに答える。こういう作業が得意な元彫金細工師のドッガーは自分のノルマをさっさと終わらせて茶を飲んでいた。


「示威行為もあるんじゃないですかね? 賞金狙いの傭兵団に私たちを追わせないために」とオーソンの妻アリダ。


 グレアムには高額の賞金がかかっており、それを狙って傭兵団が動いていたがグレアム達の()動力に追いつけず、待ち伏せしてもグレアムがそれを察知し迂回してしまうため、今のところ彼らとの交戦は発生していない。


 だが、彼らを警戒するのも時間のロスになる。ある程度、自分達の力を見せつけることで手を出す気を起こさせなくなる狙いがあるのではないかとのアリダの言だった。


「まぁ、そりゃなぁ。あんなもん持って来られちゃ逃げるしかねえわ」


 バン!


 狼獣人ミストリアの<炎弾>が標的の首部分を吹き飛ばした。


「でも、だからと言ってなんでまとを人型にして訓練するんだ? 面倒くさくて仕方がねえ。ブロランカではそんなことしてなかっただろ?」


「オーソンの話では、グレアムは先の戦いで獣人たちの命中率が低いことを問題視したそうです」


「そうだったか?」


 ジャックスに目で問われたドッガーは肩を竦めた。ジャックスやドッガー達、古参はオーソンに率いられたが獣人達はグレアムとリーが率いていた。


「訓練不足だから、ある程度、低いのは仕方ないと考えていたそうですけど……」


「それが予想よりも低かったと? ふむ。獣人は身体能力が高く接近戦を得意とするから遠距離攻撃の魔銃とは相性が悪いのかの?」


「いえ、それがミストリアのように戦いの経験がある獣人はそうでもなかったそうなんです。何でも人は人を殺すことに対して無意識に抵抗感を抱えてるそうです。その抵抗感が命中率に影響するのだとか」


「……俺たち二の村組は別にそんなことなかったよな?」ドッガーに同意を求めるジャックス。


「運が良かったんだそうです。ほら、ディーグアントの上半身って人の形をしているじゃないですか。日常的にディーグアントと戦っていたことで、抵抗感が薄れていったのだろうって」


 確かにブロランカにいた頃は槍や魔銃で何度もディーグアントをぶち殺した。そんな存在が今では便利な仲魔(?)になっていることにジャックスは複雑な思いを抱える。


「なるほど。だから訓練で人型のまとを使うわけか。人に向かって撃つことに慣れさせるために。ならば、お前さんは大丈夫なのか?」とドッガー。


「私ですか? 私は――」アリダはおもむろに亜空間から魔銃を取り出すと<炎弾>を放った。


「ぐぎゃ!」


 近づいてきていた数十匹の豚頭オークの群れ。そのうちの一匹が頭を撃ち抜かれて絶命する。それを見た周囲の見物人達が、どよどよとざわめいた。魔物の硬い頭蓋骨を貫いたその威力に驚いているようだった。


「これでも元従騎士ですよ。さて、まと作りも終わったので食後の運動がてら魔物退治にいってきますね」


 にこやかにアリダはそう言うとその場を離れた。


「…………」


「…………」


「……百メイルぐらい離れておるよの」


「……まあな」


 ジャックスとドッガーがオークが倒れた場所を見る。


「これはお前さんもうかうかしておられんのではないか?」


 魔銃の腕前はジャックスとミリーで一、二を争っている。そこにアリダが参戦してきた形だ。ミストリアも腕は悪くない。ミリーならともかく新参者に遅れをとるわけにはいかない。


 ジャックスとドッガーも魔銃を取り出し、前線へ走り出そうとしたところで待ったがかかる。


「古参組は魔銃を持ったまま後方待機だ」


「グレアム!?」


「いい実戦経験だ。戦闘経験の薄い獣人たちで連中を殲滅する。オーソン、聞いたとおりだ。魔銃のリミッターを解除する。新参組に隊伍を組ませて前進させろ」


 遠くで耳に手を当てているオーソンが身振りで"了解"の意を示す。


 ジャックスとドッガーもメンバー全員に配布しているイヤフォンマイクを耳に装着した。遠く離れていても、これでグレアムとの通信が可能となる。こいつがなければ、この逃避行で何人か落伍者が出たことだろう。


『見物人はどうする?』とリーから通信が入る。リーもまた新参組の一人だが、奴の統率能力にはジャックスも認めざるをえないものがある。視野も広く、今もオークの一団が射撃練習を見物していた旅人や商人連中に向かっていくのを誰よりも早く見つけていた。


「助けよう。ジャックス」


「おう! ナッシュ! アック! 他に手の空いてる奴は俺とこい!」


 ジャックスは古参組の仲間に声をかけながら走り出す。


 バババシュ!!!


 それと時を同じくして新参組による一斉射撃が始まった。彼らの五十メイル手前でオークの群れはバタバタと倒れていく。


 バババシュ!!!


 数秒待って再度の一斉射撃。これで、ほぼ片付いた。通常なら数百人規模の傭兵を必要とするオークの群れをほぼ瞬殺である。


 この事実に、さしものジャックスも背筋の寒いものを覚える。もし、まかり間違って魔銃の銃口が自分に向けられることがあればと考えれば、ジャックスには戦団を離れるという選択はとれなかった。だが、それ以上に――


 バシュ!


 ジャックスはオークの頭を吹き飛ばす。衛兵時代の自分ではオーク一匹でも倒すことは難しかっただろう。それがこうも簡単に。


 ジャックスはとある可能性を感じたのだ。だからこそ、グレアムに付き従う決心をした。


 例えそれが茨の道であったとしても……。

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