6 ケルスティン=アッテルベリ1
コンコン
「ちぃーすっ、どもども」
ノックの返事をする間もなく、ドアを開けて王国元帥アイク=レイナルドの執務室に入ってきたのはケルスティン=アッテルベリという瑞々しい肌を持つ若い女騎士だった。
彼女は傷病や体力、魔力などの自然治癒力が数倍に跳ね上がる【超回復】スキルを持つ元王国八星騎士である。
異名は"不死"。
だが、レイナルドに言わせれば彼女にはもっと相応しい二つ名がある。
「何の用だ? ケルスティン」
レイナルドは手元の書類から目を離さず、冷たく言い放った。
この老練なる戦の天才は今、虫の居所が悪い。若い下士官なら踵を返して部屋から逃げ出したことだろう。
だが、ケルスティンに怯む様子はない。持参した荷物(細長い包みと布を被せた箱)をそこらに置くと、椅子を引っ張ってきてレイナルドの目の前に座った。
「いえね。ベイセル君が今朝、王都を発ったようでして」ヘラッと笑顔を貼り付けて言う。
「それがどうした?」ジロリとレイナルドはそんなケルスティンを睨みつける。
ベイセル=アクセルソン。五千名からなる蟻喰いの戦団追撃部隊の将軍である。
「彼、輜重隊を連れていないようでして」
「……別に珍しいことではあるまい」
砂漠や山岳などのような人口過疎地でも行軍しないかぎり、自国内なら徴発、敵地なら略奪で補給することは常識である。
「諸侯の領地で徴発なんかしないか心配しまして。ただでさえ彼らとの関係が冷え込んでいるのに余計なトラブルを起こさなきゃいいんですが」
「……奴とてそこは弁えているはずだ」
「そうだといいんですが」
「……何が言いたい?」
「ぱっと見たところ軽騎兵に軽歩兵ばかり。体力のない魔術師も最小限。明らかに行軍速度偏重の編成ですね。拙速は巧遅に勝ると言いますけれど、短兵急に過ぎるのでは? ベイセル君、何をそんなに焦っているのかな、と」
「…………」
「あれですかね。やはり、グレアム君の首をあげた者には身分を問わず爵位と領地と下賜するっていうテオドール王君のお触れのせいですかね。ベイセル君、法衣貴族で領地を欲しがってたから」
「…………」
「しかも、ベイセル君の部隊の中にスヴァン君を見ましたよ。あなた子飼いの貴重なスキル持ちの」
「…………」
「なぜ、止めなかった?」
ケルスティンはヘラヘラ笑いを止める。それは魂から冷えるような声だった。
「あいつら全員、死にますよ」
一瞬でヘラッとした表情に戻り冗談交じりに言うが、その目はやはり笑っていなかった。
「……どうかな」
「しますよ。絶対。我々はグレアム・バーミリンガーという男――少年と言わずあえてそう呼びますけど、この男について知らないことが多すぎる」
「…………」
「どうやって王城に侵入した? ヨハン君の話では気づいたら傍にいたという。
どうやって王城から脱出した? アイク君の軍が蟻の這い出る隙もないほど包囲していたのに。
どうしてあんなに強力で大規模な魔術を連続で使える? 全盛期のヒューストーム君に匹敵するかもしれない。
どうやってディーグアントを操っている? しかもあんな大量に。
どうやって航空部隊の位置を突き止めた? 新魔術ということで話はついたそうだが魔術というのは距離が離れれば離れるほど必要な魔力量は指数関数的に多くなる。<白>のような大規模殲滅魔術は燃焼した物体を魔力に変換するから燃え続けることができるわけで、何百キロも離れた存在に魔術を届かすなんて不可能だ」
「…………」
「ペル=エーリンクという男がいましてね」
「…………」
「こいつがブロランカ島で酒保商人をやっていましてね。ブロランカ島消滅直前に島から脱出しているんですよ。いかにも怪しいと思いません?」
「…………」
「それで尋問しようと思ったんですよ。ですが、ペル君、半月ほど前に王都の店をたたんで、それ以降の行方がわからないんです」
「……逃げたか」
「ええ。おそらく。ブロランカの生贄奴隷だったグレアム君と何らかの取引をしていたんだと思います」
「……解せんな。行方がわからないだと? お前が?」
「いや、ペル君、有力貴族に太いパイプを持っているようでしてね。どうも、そいつに匿われているようでして、下手につつけばこっちの首が危ないんですよ」
トントンと自分の首を叩くケルスティン。
「ペル君程度にそんなリスク、犯せません」
「……お前の首さえ危うくする貴族とコネがあるような商人がなぜ、ブロランカで酒保商人などやっていたのだ?」
「逆です。ブロランカで酒保商人をやったから有力貴族とコネができたようです。ペル君、なぜか大量のミスリルを持っていて、それをバラ撒いたらしいんですよ。多分、グレアム君から手に入れたんでしょう」
「……なぜ、そう思う。単にブロランカとは関係ないところで手に入れた可能性もあるだろう」
「ペル君と取引していた商人や職人を片っ端から取り調べたんですよ。あ、商業ギルドには後でフォローお願いしますね。結構、無茶したんで」
軽く言うケルスティンにレイナルドは頭が痛くなる。怒鳴りつけたかったが、取り調べの結果が気になるのも事実だった。
「何でもペル君、とある鍛冶職人ギルドのところに大量のアダマンタイトを持ち込んだらしいんです。それで細長い板やら、指先みたいな形の粒に加工して欲しいという依頼だったそうです。で、他にもそこに色々、注文したようでして、そのうちの一つがこれです。図面は回収されたそうですけど、職人の記憶頼りに同じものを作らせました」
ケルスティンは床から細長い包みを掴み上げると、その布を取り払った。中から出てきたのは細長い木の台座にまっすぐな棒が一本が取り付けられた見たこともない物体だった。
「魔銃です。航空部隊の生き残りに見せたところ蟻喰いの戦団が所持していたもので間違いないそうです。ハンス元近衛兵長君によるとグレアム君の持っていた魔銃とは少し形が違うようですが、木の台座に魔杖という特徴は同じだそうです」
「……見せてみろ」
レイナルドは魔銃を両手に持ってみる。見た目よりもずっと軽い。子供や女も使っていたというから、あえて軽い素材を選んだのかもしれない。
「どう使うんだ?」
「その広くなっている台座の部分を右肩に押し付けていたそうです。で、魔杖が上になるように。左手は魔銃の中程を持つようにして。右手は魔銃の右側の顔近くに」
「こうか」
「ええ。そうしてこの魔杖の先端から赤い光の強力な魔術が放たれ、グリフォンやヒポグリフを瞬く間に穴だらけにしたそうですよ」
「むぅ」
グリフォンを倒すには熟練の戦士と魔術師が何人も必要となる強力な幻獣だ。それをこの魔銃によって容易く打ち倒されたという。
「……この個室は何だ?」
台座の中程――ちょうど左手を持つ位置と、右手の近くに小さな四角い穴がある。簡単な留め金で蓋ができるようにしてあった。中を覗いてみると、魔杖が通っているのが見える。他にも金属の仕掛けが施されていた。
仕掛けは右手近くにあるレバーと側面にあるダイヤルのようなものと連動しているようだった。ダイヤルを左にするとレバーは動かず、右にするとレバーが動くようになる。そのレバーを引いてみると個室の底面から丸い金属塊がせり上がった。左手のスイッチも似た動きをしていた。
「おそらく、その個室に魔銃の心臓部が納められるんじゃないでしょうか? そのレバーやスイッチを動かすと、魔杖を通して魔術が発動する仕組みなんでしょう。ダイヤルは暴発を防ぐための安全装置といったところでしょうか。あと、この小剣を先端につけることで槍のようにも使えるみたいです」
レイナルドは小剣を受け取って魔銃の先端に装着するとニ、三度突いてみた。充分、実用に耐えられそうだった。その後も何度か構えを変えてみたり、剣のように振り下ろしてみたりする。
気付けばケルスティンがこちらをニヤニヤと見ていた。
「……なんだ?」
「いえ、男の子はいつまでも男の子なんだなぁと微笑ましく思いまして」
レイナルドは心持ち強く魔銃を机に置くと「魔術を撃ち出す仕組みは魔道具か?」と聞いた。
「んー、ジョセフ先王君の見立てでは違うという話でしたが……。とにかく、その職人ギルドの話では、これを三百個ほど作ってペル君に引き渡したそうです」
「……待て。ほとんど木材とはいえ、こいつには色々手間がかかっている。結構な値がするのではないか?」
「ええ。魔銃一個につきそのギルドで標準的な剣三本分の値段を要求したそうです。でも、半分を前金で、納品後に残りを全額支払ったそうですよ」
「…………」
「他の商品も一度も滞りなく支払われたそうです。いやはや、グレアム君はお金持ちですね。まったく羨ましい。いっそのこと私の婿になってくれませんかね」
「…………」
「ごほん。まぁそれはともかく、ペル君とミスリルとアダマンタイトと魔銃は一本の線で繋がってると考えた方が自然でしょう。そしてその全ての線はただ一人の人物に繋がっています。そう、言わずとしれたグレアム君です」