5 魔女狩り2
男達を昏倒させた後、ソーントーンは顔の包帯を巻きなおしローブを羽織った。
宿を変える、いや、もう町を出たほうが良いと思った。
宿の代金は前払いしてある。特に呼び止められることなく宿を出れるはずであった。
「待って! 待ってください!」
だが、例の少女二人がソーントーンを追いかけてくる。
「あ、あの。助けてくれてありがとう」
「成り行きだ」
無感情に短く告げるソーントーン。
それに対して赤髪の少女はソーントーンの顔をじっと見つめた。
「もしかして、妖精の呪い?」
「知っているのか?」
「私たちのお師匠様がそういうのに詳しいの。正確には呪いじゃなくて、妖精に縁ある品を使った代償なんだって。ねぇ、どう? 私たちを助けてくれるなら、それ解いてあげられるかも」
呪いと代償がどう違うのか、多少気になったが「いや、別にいい」
身を翻し立ち去るソーントーン。
「え?」
断られたことが意外だったのか、一瞬、呆然とする赤髪の少女。
「ち、ちょっと待ってよ!」
「何だ?」
「い、痛くないの?」
「痛いな」
「でしょう。だったら――」
「別にいい」
「だ、だから、ちょっと待ってよ! まともに眠れてないんじゃないの!?」
「問題ない」
「問題大ありよ! 死んじゃうわ!」
「別に構わん」
「…………」
言葉を失う赤髪の少女に、今度こそ用は無くなったと判断したソーントーンは踵を返して立ち去ろうとする。だが、わずかな抵抗を感じ、足を止めた。
「?」
見れば銀髪の少女がソーントーンのローブを掴んでいた。
「ジュリー」
赤髪の少女が銀髪の少女に呼びかける。
「……この少女はジュリーというのか?」
「え? ええ、それで私はブランカ」
「それは別にどうでもよい」
「むっ」
頬を膨らませる赤髪の少女。
「…………」
家令だった女性とよく似た名前を持つ少女の頬は殴られて赤く腫れ上がり痛々しいが、ソーントーンの感情に何も呼び起こさなかった。同情や慈しみの精神はブロランカで生贄奴隷を使うようになってから失った。
「…………」
そのはずであるのに妙に胸がざわつく。
「…………話だけなら聞いてやる」
「…………」
「どうした?」
ブランカはジュリーを抱きしめて、ソーントーンから遠ざけようとする。
「…………わ、私じゃ駄目かしら?」と震える声で懇願するように言う。
「何がだ?」
「ジ、ジュリーはまだ八つになったばかりなの」
「…………」
「わ、私はジュリーより三つも年上だけど、か、体は――」
「よし、わかった。それ以上、口を開くな」
「ひっ!?」
ソーントーンの怒気に本気で怯えるブランカ。それを見てソーントーンはバツが悪い思いをする。
(子供相手に何をしているんだ、俺は?)
自分の頭を叩くソフィアの姿をソーントーンは幻視するのだった。
◇
「本当に森の中に住んでいるのだな」
誤解を解いた後、ブランカに案内されたのは森の中に佇む一軒の小さな庵であった。
「普段はお師匠様の術で隠されているの。案内がなければ、見つけることはできないわ」
「なるほど。それが魔物であってもか」
「ええ。その通りよ。さぁ、入って」
扉をくぐるとリビングだろうか。椅子が三つに食卓。そこからすこし離れて台所と思われる場所には、いくつもの薬草が吊り下げられ、戸棚には沢山の壺が置かれていた。薬品臭が漂っているが不快な匂いではない。
リビングと台所が一つとなった大きな部屋に寝室と思われる小さな部屋が一つ。それがその庵の全てである。
「あまり物がなくて驚いた?」
ブランカがお茶をソーントーンの前に置く。
「そうだな」
少なくともブロランカの領民のほうがもう少し物を持っていた。だからといって、少女達が貧しいとも思えない。二人の血色は良く、着ている物も平民にしては上等といえる部類にある。
「物に執着しない。それが私たち精霊信仰者だから」
ブランカとジュリー、そして彼女達のお師匠様の三人は精霊信仰者として森に暮らしていた。
時折、町や村に赴き、病に苦しむ人々に薬を処方し、対価として金銭や食料を得ることを生業としていたらしい。
ところがある日、いつものように町に出かけたお師匠様が戻ってこない。心配したブランカとジュリーがお師匠様を捜しに町に赴いたところ、顔馴染みの商人からお師匠様が魔女として聖堂騎士に捕まったことを聞かされた。
何とかお師匠様を助け出せないか、あれこれ探っている内に二人も聖堂騎士に目をつけられる。それがあの宿屋で起きたことの顚末である。
「聖堂騎士とは?」
「教会直属の騎士よ」
「ということはお前たちの師匠を捕らえたのは聖教会か。ふむ。奴らは聖結界をお前たちが破って魔物を引き込んだと言っていたが」
「知らない! 私たちじゃない!」
「冤罪だと?」
「そうよ! もともと、あの町の教会は私たちを目の敵にしていた。治癒魔術で町の人たちからお布施を集める教会は、薬を作る私たちが邪魔だったのよ!」
「それでありもしない罪を被せたと? ふむ」
ありそうな話である。この聖国では聖教会の権勢は凄まじいと聞く。聖教会にとって異端である精霊信仰者に罪を被せるのも容易かもしれない。
「領主か代官には訴えたりはしなかったのか?」
「私たちは市民権を持っていないから」
領主の庇護が受けられるのは市民権を持つ者だけである。顔馴染みである彼女達は町に入れてはくれるのだが、権利の保障は一切ない。
「それは自業自得だな」
自由と引き換えに自分の身は自分で守る。元領主の身としては、それができなかった彼女達にも非があるように思うのだ。
「私たちだって前は市民権を持ってた。でも、聖教徒じゃない人は毎年の更新料が二十倍になるように法律を変えられたの」
事実上の異教徒排斥政策だ。改宗を迫られ信仰と庇護を天秤にかけ精霊信仰者達は信仰を選んだ。彼女達にとってもやむを得ない選択だったのだろう。
「……それで、俺に何をしろと?」
「お師匠様を助け出してほしいの。噂では、もうすぐ町の広場でお師匠様が火あぶりにされる。そうなる前に」
「……それだけでいいのか?」
「? どういうこと?」
「首尾よく師匠を助け出した後のことは考えているのか? 聖教会と聖堂騎士があの町に健在なら、もう町には入れまい。近くの村にだって手配書がまわるかもしれん」
「そ、それは」
「町や村から食料を手に入れられず冬を越せるのか?」
「…………」
「というか冬支度はしているのか? そろそろ始めなくては間に合わなくなるぞ」
領民に餓死者や凍死者を出すなど領主の恥だとソフィアは常々言っていたのを思い出す。
温暖なブロランカ島でも冬の寒さは厳しかった。ブロランカより北にある聖国ならその厳しさはブロランカの比ではなかろう。
「……そのためにお師匠様は町に行ったの」
「畑は作らないのか?」
「『隠蓑』は畑まで隠せるほど効果は広くないから」
「…………」
森の恵みで生きるにも、魔物が出る以上、命がけとなるだろう。そして冬が訪れれば、森の恵みもなくなる。
結局、ソーントーンが彼女達を助けようが助けまいが彼女達は終わっている。聖教会に目をつけられた時から。
面倒なことになったものだとソーントーンは再び嘆息したのだった。