2 王国逃避行1
ゆさゆさと体を揺さぶられる感覚にグレアムは目を覚ます。
「時間になりました」
「…………ああ、ありがとう」
起こしてくれたミリーに礼を言い、軽く伸びをするグレアム。
ひどく懐かしい夢を見た気がする。
グレアムは仮眠をとっていたテントを出る。
ここは聖国の国境まで十キロメイル離れた森の中である。
グレアムと元王国八星騎士オーソン、そしてその従騎士にして許嫁のアリダは、同じく元王国八星騎士リーに率いられたブロランカ島脱出組と合流を果たしていた。
それから一ヶ月、グレアム一行は聖国を目指し、毒スライムを寄生させたディーグアントを走らせた。ロックスライムをゲームのコントローラに擬態させ、それを操作することでグレアム以外でもディーグアントを操れるようにしている。
グレアム含む二の村住民三十名は言うに及ばず、途中から合流したリーとアリダ、及び一の村住民達は一日でディーグアントの操作に慣れてしまい、休憩中にはレースまで始めるほどであった。
ちなみに、ディーグアントを操作するには不安がある小さな子供や、体調を崩し操作が難しい者は荷車に乗せた。この荷車はディーグアントを前三体―中三体―後三体に並べ、中と後のディーグアントは上半身を伏せさせて、そこに台座を乗せたものである。ディーグアントの前足で台座を固定させ、さらに九体のディーグアントを一体のコントーラーで同時に操作するようにしているので安定感あるものとなっている。
こうして、グレアム一行はこの世界では非常識ともいえる速いペースで王国を北に縦断したが、その代償として非常に目立った。見慣れぬ魔物に乗った妙な集団が街道を爆走しているのだから無理はない。
たちまち王国軍の知れるところとなり、どうやらそれが件の蟻喰いの戦団と察知されるのにそう時間はかからなかった。
まず、王国元帥レイナルドは国の防衛に必要な数だけ残し二十のグリフォンライダーと百のヒポグリフライダーの航空部隊を先行させた。蟻喰いの戦団にいるグレアムを捕捉、もしくは足止めするためである。
一方、グレアムは航空部隊の接近をいち早く察知し、獣人達にも魔銃を配り野営中に訓練を施した。銃の優れたところは習熟期間が短くて済むという点である。数日で魔銃の扱い方を学んだ獣人達も伴い、航空部隊の夜営地をグレアムは奇襲した。
長距離を不眠不休で飛行してきたところに魔銃の一斉射撃である。多くの騎士はまともな反撃もできず、オーソンとリーが指揮する蟻喰いの戦団に討ち取られ、かろうじて騎獣に乗って夜空に飛び上がった騎士もグレアムの大規模魔術とミリーの狙撃部隊によって撃ち落とされる。
結果、グレアムの圧勝であった。数名の重軽傷者は出したがグレアムの治癒魔術で問題なく回復させている。
一方、派遣した王国航空部隊は壊滅した。この結果に王国軍首脳部は戦慄し、同時に頭を悩ませた。スキルを駆使してどうにか生還した騎士の話を分析するに、蟻喰いの戦団は航空部隊の位置を正確に把握していたとしか思えない。
どうやって?
参謀の一人から、スライムを何らかの方法で活用したのではないかという意見が出されたが、即座に却下されている。グレアムが使役する毒スライムを警戒し、航空部隊にはスライム除けの香料を塗した装備を身につけさせ、夜営時にも確かに香料を焚いていたという。そのため、グレアムがスライムで位置を把握することは不可能であり、ヒューストームが敵を探知する新しい魔術でも開発したのだろうと結論付けられた。
「馬鹿な! 奴らは明らかに何百キロも離れた航空部隊の存在を察知していた! そんな距離をカバーできるなど考えられん!」
一部にはそのように声を張り上げ、グレアムが取った索敵方法を最優先で解明するべきだと主張する者もいたが、それは別の問題によって脇に追いやられた。
蟻喰いの戦団が使っていた武器――魔銃である。魔銃の存在自体は近衛兵長ハンスによって報告されていたが、それを襲撃してきた敵すべてが装備し強力な魔術を放ってきたという報告を王国軍首脳部は最重要視したのだ。
魔術師の存在は希少である。例えば百名の構成員からなる傭兵団があれば魔術師の数は二、三人と言われている。積極的に魔術師を登用している王国軍でも魔術師の数は全体から見て六~九パーセントである。そんな中、全員が魔銃を装備している蟻喰いの戦団は全員が魔術師であるといえる。そうでなければ、いくら奇襲を受けたとはいえ精鋭の騎士で構成される王国航空部隊がこうも簡単に壊滅するはずがない。
とんでもない連中を敵に回した。
それが王国軍首脳部の共通した見解であった。