17 一章エピローグ
「ふぅ、ありがとよ。だいぶ、楽になったよ」
ムルマンスク傭兵ギルドのギルド長エルザはギックリ腰に治癒魔術をかけたレナに礼を言った。
「いえ、お礼を言うのは私のほうです。お金を貸していただき助かりました」
「それは礼を言われることじゃないよ。あんたの力への正当な対価さ。ギルドもだいぶ助かっているしね」
傭兵の怪我は自己責任。クエストで怪我をしたからといって保障はない。
神殿で行う治癒魔術は治療費がバカ高く、街の個人でやっている治癒魔術は安いがいつも人がいっぱいだ。
だから、傭兵の怪我は薬を塗って自然治癒を待つというのが常識だ。
だが、そうするとクエストに動員できるギルド傭兵の数が足りなくなる。
ギルド傭兵が足りなければ外部の傭兵団に発注するしかない。これが思いの外、高くつく。
ギルドのクエストは街の運営には欠かせないものが多く、傭兵がいないからといって、できませんでは済まされない。
傭兵団もそれがわかっているから足もとを見てくるのだ。
それをギルド傭兵を優先的に治すレナのおかげで稼働できる傭兵が増え、傭兵団に払う金も削減できた。
レナに金を貸すことにブツブツ言っていた王都の役人も、最近は何も言わず、エルザも胸がすく思いだった。
「何か困ったことがあるならアタシにいいな。こんな様さらして何を言うのかと思うかもしれないけど、これでも若い頃は鮮血エルザの名前でブイブイ言わせてたもんさね」
「ブイ…….?」
若いレナに言葉の意味はわからなかったが、ニュアンスは伝わった。
「あの、それでしたら軽い傷は薬師さんのほうに行くように言っていただけませんか? 治療費を払っていただけるので助かるのですが、爪の逆剥けで来られるのは流石に……」
レナが遠慮がちに言うと、エルザは頭痛を抑えるような仕草をした。
「若い連中だね。あのアホども……。わかった。レナの治療は今後、許可制にする」
「ありがとうございます」
「しかし、ギルド傭兵を優先して治療するなんて条件、よく思いついたもんさね。他の客から不満は出なかったのかい?」
「それでしたら……」
レナはエルザを待合室に連れていく。
そこには老人たちと幼い子供たちがいて、一緒に本を読んだりして遊んでいた。
老人の中にはエルザの見知った顔もいた。
「ゲッ! エルザのババア」
「ドレッドのジジイじゃないか。鍛冶屋を引退して何をしているのかと思ったら……、何をしているんだい?」
「ふん、何でもいいじゃろう」
「ドレッドさんには時々こうして、幼い子の面倒をみてもらっているんです」
レナはギルド傭兵を優先的に治すことを宣言すると同時に、治療を受ける受けないに関わらず、待っている人にはお茶を出すようにしたのだという。
すると隠居した老人たちが集まるようになり、孤児院の幼い子供を自主的に面倒みてくれるようにもなったのだ。
「なるほどね。ジジイやババアなんざ、いつもどこかしら壊れてるようなもんだからね。多少、傭兵を優先したところで文句を言う奴も少ない。うまいこと考えたもんさね」
「ええ、まぁ」
エルザの口の悪さに若干引き気味のレナは曖昧に返事をする。
ギルド傭兵を優先するといっても、いつも傭兵がくるわけではない。
余った時間と魔力は待っている老人たちに使うことで孤児院の運営費を稼ぐことができる。
「ふむ、もしかしてこのアイデアも、例の……」
「はい」
レナが悲しげに目を伏せる。
あの日、トムスの遺体を見つけ、失意のなかムルマンスクに帰還した日、すべては終わっていた。
グレアムは即日裁かれ永久犯罪奴隷として奴隷商人に連れていかれ、トレバーは逃亡し、いまだ見つかっていない。
レナはグレアムに会いたかった。
グレアムが孤児院の子供たちを救うためにやったのだと確信していた。
結局、あの小さな体にすべてを押しつける形になってしまった。
会って謝罪とお礼を言いたかった。
しかし、犯罪奴隷は出身地と違う遠い場所で売るという決まりがある。
罰を与えることが目的なので、身内に購入されるのを防ぐためだ。どこへ連れていかれたかも知ることはできない。
レナは時々、すべてを放り出してグレアムを探しに行きたい衝動にかられることがある。
だが……
「レナさん」
ハンナが薄汚れた一人の女の子を連れてきた。
孤児院では見たことがない子だった。
「馴染みの行商人が連れてきたんです。たぶん、戦災孤児じゃないかって」
「そうですか。ありがとうございます」
こうして子供たちがいる以上、レナはここを離れることはできない。
命がけでここを守ったグレアムも、レナがここを放り出すことを望まないだろう。
レナは体を拭くためのお湯を準備している間に、女の子の鑑定をすませることにした。
孤児院の子供は全員鑑定し、領主に報告する義務がある。
「ちょっとだけ、ごめんなさい」
針で指先を刺す。
指先から取得した血を鑑定紙につければ女の子が所持しているスキルが鑑定紙に浮かび上がる。
だが、なぜか針が指先に刺さらない。
レナが不思議に思い針先を見つめていると、女の子が自分で指先を噛み切り、鑑定紙に血をつけた。
これでいい? と言わんばかりにレナを見つめる。
女の子の思い切った行動にびっくりしたレナだったがすぐに我に返り、女の子の指にガーゼをあてる。
戦災孤児の扱いはデリケートだ。女の子の目の前で両親が殺されているかもしれない。だから、色々聞くのは数日経って落ち着いてからと決めている。
だが、この分なら大丈夫だと思えた。
「あなたの名前はなんていうの? どうしてここにいるかわかる?」
「クレア……、いや、違う。それはこの体の前の持ち主の名前。私自身の名は、アカツキ。一人の人間を探している」
奇妙なことを言う子だった。
やはりまだ聞くのは早かったかもしれない。
女の子の指先の治療を終えたレナは鑑定紙に浮かび上がった文字を読んだ。
「えっ!?」
その内容に思わず驚きの声を上げる。
『人類断罪』
効果:人族に対する絶対的優位性を保持する。人族によるあらゆる攻撃と防御を無効化する。
「タナカジロウはどこにいる?」