151 二章エピローグ2
王都郊外。妖精の羽根を広げ、一直線にやってきたティーセは手に持った金貨を握りしめた。
ジョセフの遺体の傍にばら撒かれていた金貨の一枚である。それを乱暴に地面に投げ捨てるとティーセは荒々しく言葉を発した。
「出てきなさい! グレアム!」
確証はない。だが、確信はあった。
一の村の獣人達を助ける条件としてグレアムが提示したタスク。
『この金貨を見つけたら、誰にも知られず外に持ち出してほしい。俺の歯型がついたこの金貨を』
地面に落ちた金貨をしばらく睨みつけていると、金貨がぐにゃりと歪み一匹の灰色のスライムになった。
プッ
そのスライムは体から半透明の小さなスライムを吐き出す。そして、何もない空間から茶色の髪と黒い瞳を持つ少年――グレアムが現れる。
シュッ! ガキン!
思わず振るったアドリアナは<魔術障壁>で受け止められた。
「…………悪かった」
「うるさい! よくも! よくも私を――」
ジョセフの遺体の傍で歯型がついた金貨を見た時、ティーセはすべてを察した。グレアムが自分を脱出のために利用するつもりであったことを。事実、王城は地上も空も軍によって包囲され、蟻の子一匹通ることができなくなっている。王族であるティーセを例外として。
「殺した男の娘に逃亡を手伝わせたんだ。自分でも酷いことをしたと思っているよ」
「よくもぬけぬけと!」
ガキン!
何度も妖精剣を打ち付けるが、グレアムの魔術障壁はビクともしなかった。アドリアナに魔術防御無視の効果が欲しいと願った。
「…………」
グレアムがティーセに向けて手をかざす。すると地面から植物の蔦が伸び、ティーセを拘束した。
「くっ! 放せ!」
ティーセは暴れるが<プラント・バインド>を解くことができない。魔物やドラゴン相手には無双の力を振るえるが、人間相手では年相応の少女でしかなかった。
「俺は助けた者の責任として仲間のもとに無事に戻らなければいけない。少なくても俺はそのための最大限の努力をする義務がある。だから、お前を利用した。済まない」
それを聞いたティーセは暴れるのを止めた。ティーセにもわかっていたのだ。彼ら生贄奴隷達にはまだグレアムが必要だということを。だから、金貨を王城の外に持ち出した。
「…………返して。お父様の首を」
「用が済んだら返すよ」
「この後に及んで何をするつもり!?」
グレアムは返事の代わりに魔術式を展開した。
◇
グレアムは穏便に済ませたかった。
理想は人知れずジョセフを暗殺し、ヒューストーム達の元に戻る。誰も哀れな奴隷が殺したと思わない。だが、シャーダルクを生かすことを選択した時点でそれは叶わなくなった。
王国は自分を絶対に許さないだろう。だが、自分は死ぬわけにはいかない。既に自分の命は自分だけのものではなくなっていた。
自分が生きるために死者さえ利用する。
その醜悪さに、グレアムは今度こそ地獄に落ちることができればいいなと思った。
◇
「レイナルド閣下! 空を御覧ください!」
部下に言われて見上げた夜空には一人の少年の姿が投影されていた。茶色の髪に黒の瞳、カーキ色の軍服のようなものにその身を包んだ姿はシャーダルクとハンスの証言に一致する。
「グレアム…………」
「あれは、幻影魔術の一種でしょうか?」
特定の像を空中に投影する魔術をヒューストームが得意としていたことをレイナルドは思い出す。
空中に投影された端正とも言えるその顔を食い入るように見つめていると、グレアムはおもむろに口を開いた。
『私の名はグレアム。グレアム・バーミリンガー。今宵、お前達の王――ジョセフ・ジルフ・オクタヴィオを誅殺した者だ』
「この声はどこから?」
「今はよい。それよりも一字一句聞き漏らすな」
『ジョセフの罪状はブロランカ島領民一万人の虐殺』
ザワリと周囲が騒がしくなる。
『ジョセフは<白>と呼ばれる大規模殲滅魔術を使い、自身の失政を隠蔽するために一万の領民諸共、島を消滅させた。正に悪逆非道の行いである。故に、宣戦を布告しジョセフを討った。これは正義の行いである』
グレアムが腕を持ち上げると丸い物体が投影される。ジョセフの生首であった。
城下からも喧騒と悲鳴が巻き起こる。
『ご覧のように既に目的は達した。これ以上、血が流れることは私の本意ではない。講和を求めるなら受け入れよう。だが――』
グレアムが空いている方の腕を上げた。像の中で指し示しているのは王城の尖塔である。
『あくまでも私を王国の敵とするのであれば相手をしよう』
その言葉とともに周囲が光に包まれ――
ドッォォォオオオオオン!!!
尖塔に雷が落ちる。
たちまち尖塔は炎に包まれた。
『再度、名乗る。私の名はグレアム・バーミリンガー。私の首を取りたければ相応の軍備を整え挑んでこい』