150 二章エピローグ1
ザシュ!
ソーントーンが横薙ぎに妖精剣を振るう。
ジョセフは笑みをたたえたまま、ゆっくりと目を閉じた後、コロリと首だけが後ろに落ちた。
首の皮一枚残した芸術とも思えるほどの切り口。凄惨な光景にも関わらず、グレアムはなぜか美しいという場違いな感想を抱いてしまう。
「…………」
ドサッ
ジョセフの胴体が前に倒れ、床に転がったジョセフの生首が目に入る。
(何だ? その満足そうな顔は?)
グレアムは釈然としない気持ちを抱えた。まるで勝ち逃げされたような気分である。
「……………………、はぁー」
グレアムは息を吐いた。
まぁいい。勝つよりも負けることの方が多い人生だったのだ。今更、黒星が一つ増えたところで問題ない。
カラン!
乾いた音が謁見の間に響いた。
ソーントーンが妖精剣を捨て、フラフラとどこかに行ってしまう。
「首、いらないのか? 墓前に供えるんだろう?」
ソーントーンは返事をせず、歩みも止めようとしない。
グレアムはソーントーンのズボンの裾に潜ませていたスライムを呼び戻す。
小石粒程度のロックスライムが拳大ほどの大きさ戻り、コロコロと転がってグレアムのもとに戻ってくる。グレアムがロックスライムを拾い上げると、ソーントーンの姿はどこにもなかった。
「……いらないなら俺が使わせてもらうか」
グレアムはジョセフの遺体に手を合わせる。死ねば皆、仏だ。この世界に仏や菩薩がいるのかは知らないが。
グレアムはジョセフの首を回収すると、その代金であるかのように百枚ほどの金貨を遺体の周りにばら撒いたのだった。
◇
「…………。ここは?」
見知らぬ一室で目を覚ましたティーセ。
窓の外を見ると、見慣れぬ城が目に入る。
「…………」
いや、違う。あれはティーセが生まれ育った王都の王城だ。王都の中心にある丘、その中央にそびえ立つあの尖塔は間違いない。丘の麓を城壁がぐるりと囲み、中腹には白亜の回廊を一部、見ることができる。しかし、今、その回廊は崩壊していた。
ドン! ドン!
「お客様! お客様!」
「!? 誰!?」
扉を叩く音と年配の女性の声。
「ああ。お客様、ご無事で良かった。この宿の女中です」
ティーセは周囲を見回して、武器になりそうなものを探す。果物ナイフを袖に隠し、慎重に扉の鍵を開けた。外にはとうが立ったエプロン姿の女性が一人。
「あの地震があっても部屋から出てこられなかったので心配しておりました。お連れの方は?」
「地震? 連れ?」
女中に話を聞いたところ、ティーセは一人の青年に背負われてこの宿にやって来たらしい。青年曰く、この少女は青年の妹で、昨日、王都にやってきたとのことだ。旅の途中、魔物に追われほぼ不眠不休だったので静かに眠らせてほしいという話だった。
「…………、ねぇ、今日、何日?」
◇
ティーセが内廷の謁見の間に飛び込んでくる。
「お父様は!?」
「王女殿下!?」
部下達に指示を飛ばしていた王国元帥のレイナルドが近づいてくる。
「心配しておりました。今までどちらに?」
「それよりもお父様は!?」
宿を出たティーセは王都の物々しい雰囲気に気づく。深夜にも関わらず、騎士があちこち走り回っていた。しかも、王城に近づけば軍が包囲している。一瞬、レイナルドが反乱でも起こしたのかと思った。
【妖精飛行】で空に浮かび上がると、半壊した王城を目にして言葉を失う。
内廷を囲んでいた白亜の回廊が全壊し、その周囲の建物も倒壊した回廊に巻き込まれるように破損していたのだ。大陸一の優美さを誇ると言われていた美しい王城が見る影もない。
その惨状に呆然としていると、グリフォンライダーが近づいてきた。顔見知りの騎士だったので何があったのか訊いたところ、王城に賊が侵入し国王を殺害したのだという。
「お父様はどこに!?」
レイナルドは痛ましい視線をティーセに投げた後、白い布が被せられた物体に視線をやった。
ティーセは無造作に近づいて、布をまくり、すぐに戻した。
冒険者稼業をやっているティーセは、もっと酷い遺体を見たこともある。しかし、直視に耐えなかった。この首のない遺体が本当に自分の父かと思うと。
「本当にお父様なの?」
「侍従長の話では身体的特徴は一致すると」
「…………お父様の首は?」
「現在、捜索中です」
「…………誰がやったかわかっているの?」
「グレアムという少年とソーントーンです。グレアムは蟻喰いの戦団の団長と名乗ったそうですので、グレアム・バーミリンガーとグスタブ=ソーントーンの両名を指名手配したたところです」
意外な人物名が二人出てきて、ティーセは動揺した。
グレアム。ディーグアントの巣の中で出会った少年に間違いないだろう。ティーセが王都にいることがその証拠だ。そして、その彼が父を殺したというのか。
何かやるという予感はしていた。彼は怒らせてはいけない人間なのだと。父殺害の下手人にグレアムの名が出てきたのは、驚いたが納得はいく。だがソーントーンの名は完全に想像の埒外であった。
「確かなの? ソーントーンが?」
「近衛兵長のハンスがそう証言しております」
「ハンスは無事だったのね」
「危ういところでしたが、一命は取り留めました。今、部下が詳しい話を聴取しているところです」
「ソーントーンが……。一体、彼に何があったの?」
娘の目から見ても、彼は父によく仕えていた。その彼が父を裏切るとは信じられなかった。
「……………………」
ティーセの質問にレイナルドは答えようとしない。
「レイナルド?」
「……兎も角、彼らが陛下を弑した事実には間違いありません。必ず見つけ出して二人の首を――いえ、関係者全員の首を門前に晒す必要があります」
そうしなくてはならない理由は王族としての教育も受けているティーセにはわかる。
王国の威信は地に堕ちた。
それは諸侯の反乱と他国の侵略を誘発しかねない事態である。
王国の面子を取り戻さねば、王国の崩壊すらありえるのだ。
「そう、当然よね。…………少し、疲れたわ」
ティーセはそう言うと、謁見の間を出ていこうとする。
「お待ちください」
ビクリとティーセの肩が震えた。
「…………なに?」
「これをお返ししたく」
レイナルドが差し出したのは、新しい鞘に収まった妖精剣アドリアナだった。
◇
レイナルドはティーセを出口まで見送った。その背中はどこか怒っているように見えた。無理もない。ジョセフからあまり可愛がられてはいないようだったが、実の父親を殺されて穏やかではいられないだろう。
レイナルドもそうだ。甥のサザンが殺された。
その無残な姿にレイナルドはしばし言葉を失った。
必ず仇は討ってやる。そう甥に誓った。
「それにしても、よりにもよって茶色の髪と黒い瞳か……」
シャーダルクから訊いたグレアムの特徴である。ちなみに、シャーダルクには王国元帥の権限で王城の一室に軟禁している。協力者の疑いがあるからだが、レイナルドの勘ではシロである。だが、無限回廊崩壊の責任は取らされるだろう。王城の魔術に関する事柄は首席宮廷魔術師である彼に管理責任がある。
「閣下!」
ハンスの聴取を任せていた部下が戻ってくる。
ハンスの話では毒にやられて以降の記憶はないとのことだった。
「毒? 毒無効の魔道具を――、そうか、すべて破壊されていたのだったな」
精鋭を引き連れ内廷に突入したレイナルドは、侵入者迎撃用の魔道具が機能していないことを不審に思った。シャーダルクの話では、それもすべてグレアムがやったのであろうとのことだ。グレアムは<魔術消去>という魔術を消去する魔術を使う。
「グレアムを捕えるのに魔道具は役に立たないでしょうね」
「使い方次第であろう。しかし、毒か。<毒煙>の魔術を使ったか。だとすれば帝国との繋がりも疑う必要があるな」
「いえ。どうやら毒は毒スライムのようです。ハンス殿は倒れる直前、毒スライムを見たそうです」
「…………なに?」
「グレアムは自分のスキルを【スライム使役】だと言っていたそうですが――、どうされました!? お顔が真っ青ですよ!」