146 サンドボックス22
「ふん。道化ではなく気狂いの輩だったか」
ジョセフはグレアムに興味をなくしたかのように言うと妖精の羽を広げ中空に浮かんだ。
「気狂いを斬ったとあっては余の名折れだ。お前たちが相手をしてやれ」
シュパ!
「!?」
その瞬間、何かを切り裂くような音が謁見の間に響いた。
ゴト!
グレアムの右腕が床に落ちる。わずかに遅れて血が噴き出した。
シュパパ!
続いて左腕と両足が切断され、グレアムが床に倒れる。最後に極細の糸がグレアムの顔面に巻き付き――
バッ!
眼球を切り裂いた。
突然の出来事に驚く近衛兵長ハンス。
いつの間にかグレアムを取り囲むように床に黒い染みができている。
そこから全身黒ずくめにカラスのような仮面を被った者達がせり出てきた。
「『暗部』……」
王家の汚れ仕事を一手に引き受ける超技能者集団。
ハンスもその姿を見たのは初めてである。グレアムを一瞬で無力化したその手腕にハンスは戦慄した。
「……………………」
「駄目だ。まだ殺すな」
天井から蜘蛛のように糸でぶら下がった逆さ吊りの黒ずくめが中空に浮いたジョセフに何やら耳打ちしていた。
グレアムを殺すように進言したのだろう。
代わりにジョセフは何かを指示する。
黒ずくめはそれを受け指先から糸を飛ばし、グレアムの腕を糸に絡めて拾い上げる。そして、その手に握っていたものを恭しくジョセフに手渡した。
「ふむ。やはりただの魔杖だな。強力な魔術を発する魔道具かとも思ったが」
【大魔導】スキルを持ったジョセフの見立てである。魔術に関する事柄は、ほぼ外すことがないとハンスは聞いたことがある。
「やはり、そいつのスキルには興味がある。生かして地下牢に放り込んでおけ」
「……」
逆さ吊りの黒づくめが了承の動作をとる。
「さて、待たせたかな、ソーントーン」
ジョセフは魔杖を捨てると、先ほどからなぜか大人しいソーントーンの前に降り立った。
「なに、こちらも先ほど片付いたところだ」
ソーントーンの周りにあった床の黒い染みから黒ずくめの男達が血をまき散らしながら這い出てくる。
「い、いつの間に……」
ソーントーンにも暗部が相対していたのだろう。暗部はグレアムと同様にソーントーンを無力化しようとしたが、逆に返り討ちにあったということか。
ジョセフはそれがさも当然とでもいうように切り捨てられた暗部を一瞥もしなかった。
「レイナルドが戻ってきたとのことだ。あと四半刻もせぬうちにこの場に突入してくる。その前に決着をつけよう。どちらが真に"王国最強"かをな」
「……"王国最強"? そんなくだらないものに貴様はこだわっていたのか?」
「異なことを言う。そう呼ばれるがために必死に剣を振るってきたのであろう?」
「俺は、俺ができることをやってきただけだ」
「……ああ、そうか。お前もレイナルドやティーセと同じく、砂漠に鍬を入れる者だったか」
「……言っている意味がわからん。これ以上の問答は無用。"王国最強"の称号に興味はないが貴様は殺す」
「できるのか? かつてオーソンを捕えるのに小細工を弄するしかなかった貴様に?」
「…………」
ハンスは思い出す。ソーントーンが【全身武闘】状態のオーソンにヒューストームをぶつけることで【全身武闘】をオーソン自ら解除させるように仕向けたことを。
◇
斬鉄剣。
アダマンタイトの兜さえ切断するソーントーンの剛剣である。これが【全身武闘】に通じるか試してみなくてはわからない。
だが、今のままでは確実に通用しないことがソーントーンにはわかっていた。理由は剣である。
近衛兵から奪ったこの剣は上質なものではあったが、ジョセフとグレアム、そして暗部との攻防でヒビが入っていたのだ。
剣を交換しようにも黒づくめどもは短剣しか所持しておらず、近衛兵達の剣も"アドリアナの天撃"を受けて蒸発しているか、残っていてもダメージが大きく使い物にならなかった。
ソフィアの実家から贈られたピュアミスリルの剣があれば何も問題なかったが、ジョセフに謁見する際には帯剣しないのがルールのため、外朝の詰所に預けていた。
だからといってソーントーンに諦めるという選択肢はない。
(止むを得ん。一手、加える)
◇
「…………」
「…………」
ジョセフとソーントーン。ひりつくような緊張感が二人の間に漂う。
最初に動いたのはジョセフだった。
袈裟切りに妖精剣を振り下ろす。それを迎え撃つようにソーントーンは剣を振るった。
キン! ガキン!
二度、強い音を響かせ、ソーントーンの剣が中ほどで折れる。
勝利を確信したジョセフは剣を左斜めに切り上げようとし――
ジョセフの目の間に突然、現れた剣の柄で視界が一瞬、塞がれる。
「小細工を!」
ソーントーンが手元に残った剣をジョセフの目の前に転移させたのだ。
ジョセフは折れた剣を左手で払う。すると、なぜかソーントーンが左手でジョセフの腕を握っていた。
(何を!?)
【全身武闘】のオーラに覆われた腕を握っているのだ。当然ながらソーントーンの左手はズタズタになる。それでもソーントーンは手を離そうとしなかった。
ジョセフの妖精剣を握る右腕を。
ボキッ!
ジョセフの右腕から鈍い音が響く。
(部位転移!?)
ジョセフの右腕を数センチ強制的に転移させたことで骨が折れたのだ。
骨折の痛みと衝撃でジョセフは妖精剣を取り落とす。
それをソーントーンは右手で掴み――
「――っ!」
必殺の剣を振るった。
(まずい!)
ジョセフは折れた右腕を必死に動かして防ごうとする。【全身武闘】のオーラは維持されていた。
しかし――
ソーントーンが左斜め上に切り上げた妖精剣は、ジョセフの手の平から腕を縦に真っ二つに裂いていく。
「あああああああ!」
ジョセフは我武者羅に無事な腕と足を振るった。それが幸運にもソーントーンに当たり、彼を吹き飛ばす。
妖精剣はジョセフの肩近くまで切り裂いていた。
「はぁはぁ! くそが!」
毒づきながらも<怪我治療>と【超回復】スキルの活性化で血を止める。
「ぐっ! ごふっ!」
見ると吹き飛んだソーントーンが血を吐いている。右手に握った妖精剣から植物のツタのようなものが伸び、ソーントーンの体を蝕んでいた。
「はっ! 愚か者め! 妖精に呪われたな! 妖精系スキルを持たない者が妖精剣を振るからだ!」
ジョセフは呪われて動けぬソーントーンに近づいていく。
「だが、【全身武闘】を切り裂くとは見事だ。褒めてつかわす。そして、その栄誉を抱いて死ね!」
ソーントーンに止めを刺そうとジョセフが左腕を上げる。
ドサッ!
それを止めたのは天井から吊り下がっていた黒ずくめが落ちる音だった。
「がはっ!」
暗部の黒ずくめ達全員とハンスが床に倒れ、喉を抑えて苦しんでいた。
「ぐっ!」
やや、遅れてジョセフにも異変が訪れる。
全身に激痛が走り、呼吸が困難になる。
そして、その中でグレアムだけが一人、五体満足で立っていた。
グレアム「ジョセフの首の骨、折ったほうが早くね?」
ソーントーン「…………(美しくない)」