145 サンドボックス21
― 現在 謁見の間 ―
グレアムはティーセから譲り受けた金貨を再び亜空間に収納した。
グレアムの歯形がついたこの金貨にはジョセフの顔を確認する以外にもう一つ重要な役目がある。
もし、この金貨を得られなければグレアムは今回のジョセフ抹殺を断念しただろう。
そして、後年、別の方策を立てて挑んだに違いない。
あの日から三年。グレアムの怒りは静まるどころか未だに熱く燃え盛っている。
ドン!
感情に任せてグレアムは<火炎散弾>をジョセフに向けて放つ。
一発一発が必殺に近い威力を持つ無数の炎弾はジョセフの【全身武闘】によって完全に防がれた。
「ふん。珍しい魔術を使うな。ヒューストームが作ったのか? 余を殺し、王国民を救うために?」
「王国民? 知るか」
「なに?」
ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!
グレアムは両手に持った二丁の魔銃で<火炎散弾>を連続で放つ。
「煩わしい!」
ビッシャァア!
ジョセフの<電撃>が再びグレアムを襲うが、展開した<魔術障壁>が防ぐ。
「魔術の多重展開!? くっ!」
近衛兵長のハンスは剣をグレアムに向ける。グレアムを並々ならぬ脅威と判断したのだ。あれ程の魔術をタイムラグ無しで連続で使える魔術師などそうそういるものではない。
「ハンス! 貴様は下がっておれ!」
「しかし陛下!」
「貴様では殺されるだけだ。王命だ。黙って見ておれ」
魔術を撃ち合っているだけでは埒が明かないと判断したのかジョセフはグレアムの背後に【転移】する。
「ふん!」
【全身武闘】を纏ったジョセフの拳は、背後にも油断なく展開していた<魔術障壁>を砕く。続けて振るわれた妖精剣アドリアナをグレアムは咄嗟に前方に転がり、わずか数ミリの差で回避する。
「なかなかすばしこい! だが、いつまでかわせるかな!」
ドン! ドン! ドン!
<火炎散弾>をものともせずにグレアムに接近するジョセフ。
「私を忘れてもらっては困る」
ガキン!
ソーントーンが横から割り込みジョセフに剣を振るった。
「少し待っておれソーントーン。後で存分に相手をしてやる」
ドン!
睨みあう両者にグレアムは<火炎散弾>を放つ。
ジョセフは動かず、ソーントーンはジョセフを盾にして炎弾を防いだ。
「邪魔をするな、グレアム」
「邪魔しているのはそっちだ、ソーントーン」
ドン! ドン!
ソーントーンも巻き込みかねない射撃に対し、ソーントーンは常に射線上にジョセフを置く位置取りをすることで対応する。それでもソーントーンに当たる炎弾は神速剣で打ち落とし、余力でジョセフを切りつける。
ドン! ガキン! ドン! ガキン!
ジョセフの前後左右から炎弾の雨とソーントーンの斬撃が降り注ぐ。
だが、【全身武闘】の鎧は固く、ジョセフの体に傷一つ負わせることができずにいる。それでもグレアムとソーントーンの二人は攻撃を続けた。
「余の体力切れを狙っているなら無駄だぞ!」
「……【超回復】か」
"不死"のケルスティン=アッテルベリ。
彼女の【超回復】スキルは短時間であらゆるものを回復する。【全身武闘】で著しく回復した体力も例外ではない。
さらに【運命の女】スキルの効果で、ただ一度の攻撃がグレアムとソーントーンの二人に同時に及ぶ。ジョセフに決定打を与えられぬまま、ジョセフの振るう剣と魔術が二人を徐々に追い詰めつつあった。
◇
「まこと蠅のごとき厭わしさよの」
ジョセフの放った<火球>がグレアムとソーントーンの至近距離で爆発した。
熱と衝撃は<魔術障壁>で防いだが視界を確保するため距離とるグレアム。
ソーントーンも剣で防げぬ熱と衝撃を回避するためジョセフから離れた。
「だが、その無尽蔵とも思える魔力と異常な魔術の連続発動は気に入った。【超回復】と【大魔導】を併せ持ってもそうはできまい。貴様、どんなスキルを持っている?」
「……【スライム使役】」
「ふん。まともに答える気はないということか。まぁいい。サザンが死んで一枠空いたところだ。余に貴様のスキルをコピーさせるなら、奴隷では到底味わえぬような享楽を与えてやるぞ」
「興味ないな」
「手足を切り落とし目玉をくりぬいて、その気になるまで地下牢で飼ってもいいのだぞ。考えてもみよ。余を殺してどうなる? 本当に王国民が救われると思っているのか? 否だ。政治的混乱が起こり、下手をすれば内戦だ。当然、民たちにも犠牲がでる。そして、貴様は国王殺しの下手人として追われ続けるのだ。安寧の日は永遠に来ないぞ」
「…………子供が死んだんだ」
「なに?」
「俺の目の前で、俺をかばってな」
グレアムは魔銃を血が出るほどに強く握りしめた。
「王国民を救う? それは師匠の目的だ。俺は違う」
「その子供の敵討ちだとでも?」
「違う! あの子の死の責任は100%俺にある! あの子は俺が守らなくてはならなかった! なんなら俺が代わりに死ななくてはならなかったんだ! にも関わらず、逆に庇われて死んだ! 俺は生涯、自分を許せそうにない! 腑抜けていた自分を縊り殺してやりたいぐらいだ!」
叫ぶグレアムの目には狂気の光が宿っていた。
「ジョセフ。貴様がなぜあんな政策を始めたのか今更、問う気はない。
そうしなくてはいけない深い理由があったのかもしれない。お前もまた苦悩したのかもしれない。
……………………。
知ったことか!!!
国王殺しの下手人!?
望むところだ! 追ってくるなら皆殺しにしてやる!
だから、ジョセフ!!
俺の腹立ち紛れのエサになれ!!!」
グレアムがジョセフ抹殺を企図した理由。
それは正義のためではなく、ただの八つ当たりであった。