144 サンドボックス20
<魔術消去>についてヒューストームはある考察をしている。
いかに魔術を消す魔術という矛盾を孕んだものだとしても、究極とも言えるほどに発達した古代魔国の魔術文明において作れなかったとは思えない。現にヒューストームが独力で完成させているのだ。おそらく、魔術を消去する魔術の研究や所持は一般的に禁じられていただけで、古代魔国の中枢にいる者に独占されていたのではないかと。
その理由は古代魔国の建造物である。例えば、グレアムの前の世界でも全高800メイルにも及ぶ建造物があったそうだが、古代魔国では全高1000メイルに及ぶ建造物はいくらでもあり、現存してさえいる。
それらの建造物の自重や吹きすさぶ強烈な横風に対応するために必要な魔術が<重量減>や<地盤固定>、<破壊不可>や<状態維持>などである。
では、建造物にかけられているそれらの魔術が突如、失われたらどうなるか?
当然、建造物は倒壊し大惨事となるだろう。
「師匠。つまり、古代魔国の建造物は<魔術消去>で破壊できると?」
「建築時に魔術抜きの構造計算がしっかりされていれば倒壊することはないだろうが……」
それができていれば、<魔術消去>を禁じる理由がない。高度に発達した魔術文明の弊害であろう。何をするにしても魔術抜きというのは考えられなかったのかもしれない。もし、古代魔国で<魔術消去>が普及していれば<白>による被害はもっと少なく、古代魔国が滅ぶこともなかったかもしれない。
「師匠。内廷に潜入できなかった場合、無限回廊を破壊しても構いませんか?」
「できるか? 相当な魔力を必要とするぞ」
かつて脱出のために海を凍らせようとして、大自然の雄大さに敗北したグレアムである。
「人が造ったものならば、人が壊せない道理はありません」
◇
グレアムがスライム百万体の魔力を使って広範囲にかけた<魔術消去>は、まず<異空間作成>という遺失魔術を破壊した。
無限回廊を突破するだけならば、<異空間作成>を破壊するだけでよかったが、残念ながら<魔術消去>は特定の魔術だけ選んで消せるほど都合のよいものではない。対象範囲のすべての魔術を消去してしまう。
当然、<重量減>、<地盤固定>、<破壊不可>、<状態維持>など造立に必須の魔術も消失してしまう。
「な、なんてことを」
呆然と呟くシャーダルク。
<魔術消去>の光が納まった後、無限回廊の姿は変わらずそこにあった。
元々の地盤がしっかりしているせいか、それとも回廊の自重がそれほどでもないのか、魔術が消えてもすぐに倒壊することはなかった。
だが、いつ倒壊するか分からない建物など危険極まりない。なので――
「な、なにをしておる!?」
グレアムは徐に手近な回廊の柱に<衝撃弾>を打ち込む。
「回廊を通る間に倒壊したら危ないだろ」
「危ないのは貴様の頭だ! 無限回廊は文化財的価値も高いのだぞ! いますぐ止め――」
ドゴン!
柱が破壊される。それと同時に
ビキッ! ビキッ! ビキッ!
あちこちから歪な音とヒビが入っていく。
最後にグレアムは一際大きな<衝撃弾>を回廊全体に打ち込むと、まず入口付近の天井が崩落し、そこからドミノ倒しのように回廊を構成するあらゆるものが崩れていった。
「ああーー!!」
大量の砂ぼこりとシャーダルクの悲鳴が舞い上がる。
強烈な振動に片足のシャーダルクは倒れた。
後日の調査で、無限回廊崩壊の余波で巻き添えになった建物は王城の四分の一に及んだことが判明した。
さらに、<魔術消去>の効果は内廷にまで及び、保管されていた魔道具や魔術付与された武具まで、ただのガラクタになった。
幸い地下の宝物庫にまで被害は及ばなかったが、それでも被害額は天文学的数字になったという。
砂ぼこりが晴れた頃、この大破壊を巻き起こした本人は既にシャーダルクの前から消え去っていた。
「何が凡才だ! とんでもない奴を弟子にしおって!」
埃まみれになったシャーダルクは実の父かもしれない男に憤慨するのであった。
◇
「ふわぁ~。久しぶりの娑婆だよ~。どこの誰だか知らないけど無限回廊を破壊してくれて感謝するよ~」
バサッ!
間延びした声の持ち主は天使の翼を広げ、どことも知れぬ場所へ飛び立っていった。