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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
一章 ムルマンスクの孤児
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16 最強魔導への道

 一刻程経った頃、リーが眼を覚ます。


 周囲を見回し、胸から血を流し倒れているデアンソと、ソファに座ったままのグレアムを見て、溜め息を吐いた。


「……色々と聞きたいことはあるんだがな」


「答えられることなら」


「じゃあまず一つ、なぜ俺を殺さない?」


「君も孤児院を狙っているのかい?」


「俺が? まさか。興味も無いね」


「なら殺す理由が無い」


「はぁん、じゃあ何故俺の部下を殺した?」


 倒れたままの副官を見てリーが尋ねる。


「デアンソを殺す邪魔をされたくなかった」


「だから殺したって? じゃあ何故、おまえは逃げずにここにいる?」


「無駄だから」


「はぁ? 何が?」


「君とトレバーを殺さない以上、僕のやったことは明るみになる。僕は魔物の出るこの世界で一人、逃げ続けて生き残ることはできない」


「……やっぱり分からんな。それなら、俺とトレバーを殺して、後は何食わぬ顔で生きていけばいいだろう」


「君たちを殺す理由がない」


 グレアムは繰り返した。


「いや、あるだろ」


 グレアムは眼を閉じると、噛んで含めるように言葉を吐き出した。


「孤児院を守る。それが僕の大義名分だ。だが、デアンソを殺した今、その大義名分は昇華された」


 グレアムに殺しを楽しむ性癖はない。グレアムが誰かを殺すには理由が必要だった。


「……その大義名分のためならいくら殺しても構わない。だが、それを失えば殺せないって。

 おまえ、狂ってんな」


「よく言われる」


「だろうな」


 リーは剣を拾うと鞘に収めた。


「部下の仇はとらなくていいのかい?」


「へっ。この業界でそんな暇なことをする奴はいねぇよ」


 リーは鼻で笑った。


「最後に訊くが、俺に何をした?」


 右足の突然の消失についても謎だが、どうして意識を失ったのかもリーはまるで分からなかった。


 意識を失わせる魔法はあるが、リーは万全の対策をとっている。リーが負ける時があれば、魔法によるものだと常々、思っていた。だから、対策していた。であるのに、あっさり負けたのだ。


「毒だ」


 グレアムはすかさず答えた。まるで準備していたかのように。


 実際、準備していたのだろう。


 これから行われる衛兵や領主の尋問はそれで押し通すつもりなのだ。


 毒感知の指輪を持つリーは、それが嘘だとわかるが追求しない。グレアムに答える気はないとわかったからだ。


「おまえさん。きっとこの先、苦労するぜ。いっそのこと縛り首になった方が幸せかもな」


「一つ頼んでいいか?」


「なんだ? おまえの首を落とせっていうならお断りだ。狂人なんぞ切ったらツキが落ちる」


「下の階に従業員が倒れている。一応、"毒"は手加減したが後遺症が残るかもしれない。神殿の施療院に連れて行って治癒魔術をかけてやってほしい」


「ヘッ、お優しいことで」


「殺してもよかったんだが、僕も、もとは彼らと同じ雇われ人だ。さすがに気が咎めた」


「そうかよ」


 そう言うと、リーは執務室を立ち去った。


 リーが願い通りに従業員を神殿に連れて行ったかわからない。


 グレアムは酷く疲れていた。


 このまま何も考えず眠りたい。


 だが、最後の仕事が残っている。


 朝になり出勤してきた従業員が商会の惨状を目にして衛兵の詰所に駆け込む。


 乗り込んできた衛兵にグレアムは逮捕されるだろう。


 そこでグレアムはこう証言する。


『トレバーに命令されて、森で見つけた毒草をスライムを使って飲み水に混ぜた。毒は全部使って残っていない』と。


 トレバーに泥を被ってもらうのは当初からの計画通りだ。


 グレアムも実行犯として処罰されるが、仕方がない。


 今夜、生き残った者にスライムの姿を見られている。


 グレアムが適当な話をでっち上げないと、スライムを危険な魔物として駆除されるようになるかもしれなかった。


 グレアムの証言に穴はあることは承知の上だ。


 だが、子供の姿を利用して知らぬ存ぜぬで押し通す気だった。


 実際、ムルマンスク指折りの商人が殺され、犯人不明とされるよりも、多少、疑惑があってもグレアムの証言を受け入れるだろうという思惑もあった。


 ただ、トレバーが捕まり、そんな命令はしていないと証言するかもしれない。


 それを考えるとトレバーは殺した方がよかった。実際にそうするつもりでもあった。孤児院を守るためデアンソを道連れに死んだというのが筋書きだった。


 自業自得ではあるが、その点だけ強調して美談として語られる可能性もある。トレバーにとっても孤児院とレナにとってもその方が良かったかもしれない。


 だが、グレアムにトレバーは殺せなかった。


 グレアムはトレバーを殺したくなかった。執務室の殺し間が失敗したとわかった時、安堵すら覚えた。


 トレバーは曲がりなりにも自分を育て、この世界の文字を教えてくれた恩人であり、何よりレナの父親だったからだ。


 グレアムは孤児院の生活を思いの外、気に入っていたことを自覚する。


 その途端、涙が流れた。


 貧しいけれど、騒がしく楽しい孤児院の日々。子供たちがいて、トレバーがいて、たまにタイッサが来て、レナがいる。


 その幸せな日々は永遠に失われた。


 他ならぬグレアムが完全に終わらせた。


 だが、幸せな日々が永遠に続くと希望を抱いて、孤児院の子供たちを殺すことはできなかった。


 ならば、最悪の一歩手前で終わらせる。それが今のグレアムの限界だった。


 孤児院を守るという自分の行動に後悔はないが、失うことへの悲しさに涙が流れる。


 膝を抱えるグレアムに隠れていたフォレストスライムのヤマトが寄ってくる。


 怪我が痛くて泣いていると思ったのだろうか、布を巻いただけのグレアムの右手に触れてくる。


 スライムは傷ついた仲間をかばう習性がある。仲間が襲われていればフォレストスライムは飛び掛かり、タウンスライムは仲間を自分の亜空間に収納して逃げる。


 ヤマトは泣くグレアムを助けるためにはどうすればいいか考えた。そうして、グレアムによって無自覚に刻まれた力が使えそうだと判断した。


(ナオレ? 直れ? 治れ。Yあ=i&2zX)


 柔らかな光がヤマトから発せられ、グレアムの右手に注がれる。


 それはレナが使う治癒魔術と同じ光だった。


 グレアムの失ったはずの薬指と小指が再生していく。


 レナでさえまだ使えない"再生"の治癒魔術だった。



 この日、ヤマトが発した光は誰かにとっては確かな希望だった。

 だが、別の誰かにとって、この光は悪と災いとなるものだった。

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