139 サンドボックス15
シュパァァ!
ジョセフが放った"アドリアナの天撃"。
謁見の間にいた衛兵を無数の光が焼き貫いていく。
ソーントーンに殺された者も、まだ生きていた者も等しく飲み込み、光が収まった後には黒いシミだけが床に残されていた。
「な、なんてことを……」
近衛兵長ハンスの声は震えていた。
「ハンス。余は兵達を下がらせよと命じたはずだ。貴様がグズグズしているから、余の兵を無駄に失ったではないか」
「……申し訳ありません」
下唇を噛みしめハンスが謝罪する。
「ふん。まぁよい。余の食指が動くスキル持ちもいなかったしな。さて、続きといこうか、ソーントーン」
ジョセフは天井を見上げた。
視線の先にはグスタブ=ソーントーンが天井の梁につかまりぶら下がっている。
"天撃"に焼かれる前に【転移】で避難したのだろう。
「余を見下ろすとは不敬な。<電撃>」
ジョセフの指先から発した稲妻は天井の梁を焼いただけに終わった。
床に転移したソーントーンはジョセフを見つめる。
「……種明かしをしてもらいたいところだ」
ハンスも同じ気持ちだった。ジョセフは複数のスキルを使っている。【全身武闘】、【転移】、【運命の女】、【大魔導】、【妖精飛行】だ。
これほど数多くの、しかも全てが強力なスキルを持つ者がいるなど信じられない。どんな歴史書を紐解いても、ジョセフのような存在は例がない。
「ふむ。まぁよいだろう。今までの功績に報い教えてやる。【絶頂に至る八芒星】。それが余のスキルだ」
「八芒星?」
「他人のスキルを八つまでコピーできるのさ」
「なっ!?」
事実なら、とてつもなく強力なスキルだ。
「それでは先程のスキルは全て……」
「ああ、【全身武闘】はオーソンから、【運命の女】はアシュターからといった具合にな。ただ、強力な反面、使用に制約があってな。コピー元のスキル所有者が余の手の甲に口づけし、忠誠の言葉を述べなくてはならぬ。まったく、面倒なことだ」
「……なるほど、八星騎士とは貴様が使いたいスキルを使うための方便か」
ハンスは思い出す。手の甲への口づけと忠誠の宣言、それらはいずれも八星騎士叙任の際に行われる。単なる儀礼的作法に過ぎないと思っていたが、まさかそのような目的があったとは。
「しかし、ティーセ王女殿下の【妖精飛行】とヒューストームの【大魔導】は? 二人は八星騎士ではありません」
「ティーセにはこの妖精剣アドリアナをくれてやる際にな。王家の伝統的な儀式だと言えば素直に従ったよ。ヒューストームの場合はブロランカに送る直前だ。オーソンを処刑しないことを条件にした。愚かしいことだ。オーソンを処刑する気など無いというのに」
ジョセフは嘲笑う。大賢者を騙せたことが嬉しいのだろう。
「八星騎士の選定は余の専権事項とはいえ、流石にあのような老人を八星騎士に任じるのはどうかと思ってな。ずっと機会を伺っておったのよ。だが、その甲斐はあった。魔術はやはり便利でな。身体強化も遠距離攻撃も思いのままよ」
ジョセフは複数の<火球>を生み出し、ソーントーンに向けて放つ。
「だが、ティーセは失敗だった。魔物やドラゴン相手に優位に戦えるが、余が奴等を相手にすることなどあり得ん。空を飛ぶだけならば、<飛行>魔術があるし、もっと有用な飛行スキルもある。飼い慣らした幻獣に乗ってもいい。物珍しさからコピーしたが、すぐに後悔したよ」
「その言い回し。一度コピーしたスキルは取り外せないということか」
放たれた<火球>をかわしながらソーントーンは問う。
「その通り。ただし、コピー元のスキル持ちが死ねば枠が空く。余の首を取りたければオーソンは殺しておくべきだったな」
「なに? オーソンは死んでいないのか?」
「余が【全身武闘】が未だ使えることが証拠だ。無論、ヒューストームもティーセもな。ついでにリーもだ」
「そいつは朗報だ」
突然、謁見の間に高い声が割り込んできた。
声のした方を見ると"天撃"で吹き飛んだ大扉から一人の少年がやってくる。
「グレアム?」
「何者だ? ソーントーン?」
「蟻の生贄にするために購入した奴隷だ」
「奴隷? それが何用だ? いや、どうやってここに入った?」
「さあな。本人に聞いてみろ。ああ、そういえば宣戦布告をしていたな」
「宣戦布告? どこに?」
「このアルジニア王国にだよ」
ジョセフは大声を上げて笑った。
「道化の類だったか。それとも気狂いか? これほど笑わせてもらったのは久しぶりだぞ」
一方、グレアムと呼ばれた少年は笑われたことを気にする風でもなく、小さな物をどこからか取り出し何かしている。
(あれは、……金貨か?)
その金貨に描かれた顔とジョセフを見比べているようだった。
「あんたがジョセフだな。……金貨に描かれている方が数倍いい男なんで自信はないが」
ジョセフは笑うのをピタリと止めて、
「貴様を余の道化師に任じた覚えはないぞ」
<電撃>をグレアムに放つ。
ピシャァァァ!
【運命の女】スキルの効果で二つの稲妻がグレアムを襲う。
雷光と土煙が晴れた後、そこには<魔壁>を展開したグレアムが傷一つ負うことなく立っていた。
「……ほう。少しは使えるようだな。サザンをやったのは貴様か?」
「サザン? もしかして分身してくる奴か? それなら確かに」
「ふん。王国騎士の面汚しめ。このような奴隷にやられるとは。まぁいい。で? 貴様はどうやってここへ入った? 無限回廊をどうやって突破した?」
「ぶち壊した」
「……なに?」
「俺の師、ヒューストームから伝言だ。
ジョセフ・ジルフ・オクタヴィオ。
民の命を弄び、愛なき政治を行う貴様に王の資格なし。王国民一千万人のために、今宵ここで死ね」
次回、三つ巴決戦!……の前にグレアム侵入直後のお話です。