136 サンドボックス12
シュゥン!
ブロランカの二の砦から王城の一室へグスタブは転移した。
ここはグスタブの転移のために設けられた部屋である。家具、調度類は何も置かれていない殺風景な部屋だが掃除だけはゆきとどいている。
その床にグスタブは手をついた。強烈な白い光で一時的に視力を失っていた。
(何が起きた?)
瀕死の重傷を負った防衛隊の副長が何かのスイッチを押した。すると突然、光の洪水が押し寄せ、すべてを飲み込んでいった。
シャーダルクの「飛べ」という絶叫が耳に残る。彼の手を掴んだ気もする。
「シャーダルク。そこにいるのか?」
しばらく待つと返事が来た。
「……ここは王城か。いい判断だ。だが、少し遅かったようだ」
眼の痛みがひいてきたグスタブはゆっくりと目を開ける。
暗いはずの部屋はなぜか明るかった。
光源とシャーダルクを探して、同時にそれを見つけたグスタブは驚く。
シャーダルクの左脚が白い炎に包まれ燃えていたのだ。
火を消そうと駆け寄るグスタブだったが――
「よせ! この火に触るな! 貴様も光を浴びている! 延焼するぞ!」
シャーダルクに強い口調で止められる。
「その火は何だ? いや、一体、何が起きたんだ?」
「<白>だよ」
「ハク?」
「色々、御大層な名前も検討されたそうだが、こいつに虚仮は必要ない、その名を聞いただけで誰もがそれを連想することになるという理由でシンプルにハクと名付けられた戦略級広域殲滅魔術だよ」
「殲滅……」
ドクンとグスタフの心臓が強く脈打った。
嫌な汗が止まらない。
「起動となる魔術陣から半径30キロメイルに存在するあらゆる物質を無に帰す。故に<白>だ」
「……待て。30キロメイルだと? それでは島はどうなった? ジュリアたちは?」
「そんなこと決まっている。皆、死んだ。跡形も無くな」
すかさずグスタブは観想転移で島に戻ろうとする。
だが、スキルが発動しなかった。
島の屋敷にも、港町も、一の砦、二の砦を脳裏に描き飛ぼうとする。
だが、やはり発動しない。
剣の鍛錬を積んだ屋敷の裏庭、従兄弟達と泳いだ滝壺、領民たちと収穫した麦畑、両親と釣りを楽しんだ川、ソフィアと過ごした花畑。
次々と思い浮かべるが、【転移】は発動しない。
それの意味することは一つ。
そんな場所は、もうこの世界のどこにも存在しないということだった。
◇
「……王家が意図的に諸侯の力を削ごうとしているのは政治に疎い貴様でも気付いていただろう。
だが、それでは一つ困ることが起きる。
国力の低下だ。諸侯の力が落ちるのと比例して、王家が力をつければ問題ないが現実はそうはいかん。どうしてもタイムラグが起きる。その間に帝国の侵略が起きると陛下は考えた。
そこで陛下がワシに命じたのが戦略級広域殲滅魔術の開発だ。
帝国の大軍が通れる街道や平原に設置し、帝国軍を一気に殲滅することを目的としている。
まさか、ブロランカに設置しているとは……」
半径30キロメイルの物質を敵味方問わず消失させる<白>の性質上、起動には遠く離れる必要がある。
そのため、起動スイッチとなる魔道具と発動のための魔術陣には魔力パスが通っている。
通常、この魔力パスは魔術師でも感じ取れるものではないが、シャーダルクは【魔力感知】という魔術系スキルを持っている。
島に来てすぐに魔力パスを感じ取ったシャーダルクはまさかという思いを抱え、魔力パスを追った。
そして、見つけてしまったのだ。一の砦の一室に設置された<白>の魔術陣を。
「ワシは知らなかった。<白>がブロランカに仕掛けられていることを」
<白>の炎によってシャーダルクの膝から下は既に消失し、尚も燃え続けている。
白の火は消す手段がない。故に、魔術陣の半径三〇キロメイルから先に延焼しないように設計しているが、範囲内で光を浴びたこの身はいずれ白炎に包まれる。
「これも報いか」
「……誰だ?」
「?」
シャーダルクが見上げると青白い顔をした幽鬼のようにソーントーンが側に立っている。
「お前でなければ、誰が<白>を設置した?」
「決まっている。陛下だよ。暗部を使ったのだろうな」
それを聞いたソーントーンはゆらりと部屋から出て行く。
(血の雨が降るな。まぁ、もう関係ないか)
四半刻もすれば死ぬ自分には。
まったく自分は何をしているのか。シャーダルクが恐れたヒューストームは結局、白炎に焼かれて死ぬ運命にあったのだ。
それを無様に足掻き、最後は自分で作った魔術に焼かれて死ぬなど恥の極み。魔術の名門シャーダルク家に汚点を残してしまった。
「?」
ふと、人の気配がした。ソーントーンが自分に止めを刺すために戻ってきたのかと思ったが違う。
見ると、黒い瞳に茶色の髪、日に焼けた肌を持つ少年がいつの間にか、そこに立っていた。
「誰だ? 貴様?」
「蟻喰いの戦団団長グレアム。大賢者ヒューストームの不肖の弟子さ」
バーミリンガーはアリクイの学名: Vermilinguaからです。