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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
二章 ブロランカの奴隷
152/441

135 サンドボックス11

 ― 武闘大会より半年後 ブロランカ領主邸 ―


 グスタブ=ソーントーンは月光射す礼拝堂で一人、祈りを捧げていた。


 どれほど長くこうしているだろうか。幼少より一日たりとも欠かしたこともない剣の鍛すら忘れて跪き、頭を垂れていた。


「ここにいたのですね」


 一人の淑女が礼拝堂にやってくる。グスタブは胡乱な目で彼女を見た。


 ソフィア・グラシア・ソーントーン。


 グスタブの妻――、否、義理の娘である。


 それは一月前のことである。


 王の使者が島にやってきた。


「これはコー殿、お久しぶりです」


「ええ、伯爵の陞爵と八星騎士叙任式以来ですな」


「その節は大変、お世話になり申した。右も左もわからぬ田舎者ゆえ、コー殿のご助力なければ大恥をかくところでした」


「いえいえ。なかなか、堂に入った立ち居振る舞いでしたよ」


「これは恐縮。して、本日は何用で。先触れの書簡ではどうにも要領が得られず」


「無論、他でもない輿入れの件です」


「輿入れ? 誰が誰へのです?」


「御令嬢の陛下への輿入れです」


「ほう。それはめでたい事。ですが、失礼ながら誰かと勘違いされておられるのでは? 私に娘はおりませんが」


「グスタブ殿の養女ソフィア様ですよ」


「はは、御冗談を……」


「…………」


「…………」


「…………」


「……ソフィアは神殿で祝福された私の妻ですよ」


「神殿にそのような記録はありません」


「バカな!!?」


「落ち着いてください。一月後にお迎えにあがります。それまでに、どうか頭を冷やしておかれますように」


 ◇


 そうして一月の時間を費やしてわかったことは、ソフィアの輿入れが覆せない事実であるということだった。


 まず、グスタブは神殿に問い合わせた。回答はまるで待ちかねていたかのようにすぐに届いた。グスタブとソフィアの婚姻の記録はないという。


 納得のいかないグスタブは、ブロランカが属する地方の神殿に飛んだ。見知った顔は一人もいなかった。神官達は中央から来た者達と全て入れ替わっていたのだ。


 それでも諦めきれないグスタブは()()を頼りにグスタブとソフィアの婚礼に立ち会った神官の一人を運良く見つけることができた。


「残念ですが伯爵。私ではお役に立てそうにありません」


「なぜです!? 大地母神の前で私たちは永遠の愛を誓ったのです! それを無かったことになさるのですか!?」


「無論、お望みならばどこへなりとも赴き、あなた方の婚礼を証言いたしましょう。我が信仰にかけて。ですが、伯爵。中央の神殿は王家に抑えられております。婚礼の記録はその者たちによって破棄されたのでしょう。記録がなければ、後は証言が頼りとなりますが、私が証言をする前に私は破門を宣告されることでしょう。破門された神官の証言には何の効力もないのです」


 大地母神を信仰する神殿の教義では、俗世の権力とは距離を置き、自身の修養と地域への貢献を是とする。


 そのため、時に聖王家にさえ強権を振るえる聖国の聖教会に比べ、王国の神殿は政治権力基盤が弱い。


 そこに目を付けた時の王により、神官の人事権を統括する中央神殿に多数の王家の息のかかった者が送りこまれた。結果、神殿は長く王家に乗っ取られた状況が続いているという。


「残念ながら神殿はお役に立つことはできないでしょう。伯爵の寄親は確かヘイデンスタム公爵でしたね。公爵に助力を仰いではどうでしょうか?」


 ◇


 グスタブから話を聞いたヘイデンスタムは舌打ちした。


(王国のタブーすら平然と破る! 養女などと、それで取り繕ったつもりか! あのクズが!)


「いかがでしょうか、閣下。ご助力いただけないでしょうか」


「……結論から言おう。無理だ」


「……理由をお伺いしても」


「お前は私の顔に泥を塗った。それが理由だ」


「なっ!? そんなこと――」


「陞爵の件だ。確かに爵位は王家から直接、賜るものだが、寄親たる私に一言あるべきだった」


「…………」


「百歩譲って、それはよいとしても、お前は最後まで私を頼ろうとしなかったな」


「それは、コー殿が厚意から協力を申し出てくれたためで、公爵殿のお手を煩わせるまでもないと……」


(なるほど、あの腰巾着が策を弄したか。自分を有能に見せることだけには長けた小者が)


 後で調べさせてわかったことだが、ヘイデンスタムの推測は的を射ていた。


「形だけでも私に協力を仰ぐべきだったのだよ。私の頭ごしに好き勝手やられては寄親として立つ瀬がない」


 もし、グスタブがブロランカに居ればソフィアか家令が忠告していたことだろう。そして、自身の政治音痴を自覚するグスタブはその忠告に素直に従った。だが、陞爵はグスタブが王都滞在中に異例の速さで行われたのである。


 ブロランカの二つの砦の間にある峻険な山。そこに防壁を築き、魔物の侵入を完全に防ぐことはソーントーン家の悲願である。防壁建設に欠かせない土木建築専門魔術師の派遣に関する手続きのため、王都に滞在するように言われれば従うしかなかった。


「先代から貴族の慣習について教えられていないのか?」


「……先代はご子息二人を亡くされ、失意の中、病に」


(体を壊すほど飲んだくれて、必要なことを伝えずに逝ったか)


 グスタブ=ソーントーンに同情しないでもない。彼は間違いなく剣の天才である。部屋の見えないところに控えさせている五人の護衛はいずれも王国屈指の剣士である。その彼等にグスタブを相手にした場合、全員でかかっても良くて相討ちと言わしめた男なのだ。しかも、これで二十歳に達したばかりだというのだから末恐ろしい。


(剣だけを存分に振るえる立場であれば、幸せだっただろうに)


 だからといってグスタブに甘い顔を見せれば、他の寄子に示しがつかない。


 本来なら、グスタブはヘイデンスタムから門前払いを喰らってもおかしくない立場だ。面会を許したのは"王国最強"に敬意を払ってのことである。


「奥方のことは諦めよ。品性下劣な男だが、神殿と土木建築専門魔術師を完全に支配下に置いている奴は、歴代の王の中でも最も権力を握っている。下手に抵抗すれば、貴様の領地もただではすまないぞ」


 ◇


「ジュリアが心配していましたよ。知っています? あの子、武闘大会から半年も経つのに、未だにあの時のことを会う人に話すんですよ。うちの主様は最強だって」


 ソフィアが穏やかに笑う。その姿は大地母神よりも尊く思えた。


「最強か……、滑稽だな。私は妻一人守れないというのに」


「…………」


 いっそのこと、ソフィアを連れて逃げようかとも思う。何もかも放り出し。それほどグスタブはソフィアを愛していた。


「グスタブ。私はあなたが好きよ」


「……ああ、私もだ」


 ソフィアは黙って首を横に振った。


「残念だけど、私には勝てないわ。あなたが私を愛するより、私の方がずっとあなたを愛している。知ってる? 私は別に記憶力がいいわけではないの。あなたとまた、会える日を指折り数えていただけ。あなたに嫁げると知った日、喜びで涙を流したわ。エーリッヒとディートハルトの死も忘れてね。きっと神様がバチをあてたのね」


「…………」


「だから、陛下のもとへ行くわ」


「!」


 聞きたくない言葉だった。ソフィアが他の男のものになるなど、気が狂いそうになる。


「あなたを愛している。いつも何かを守ろうと苦しむ優しいあなたを愛している。そんなあなたを育んでくれたこの島を愛している。だから、私にもこの島を守らせて」


「――っ、すまぬ! すまぬ!」


 最強の男は涙を流し、謝ることしかできなかった。


 ◇


「本当によろしいので?」


「ああ、やってくれ」


 グスタブは家に長年仕える家令の老人に頼む。


 家令は真っ赤に焼けた焼印をグスタブの背中に押し当てた。


 ジュウウウ


 肉の焼ける音が二人だけしかいない部屋に響く。


 焼印を押し当てた皮膚にはソーントーン家の家紋がつく。購入した生き物の所有者が誰かを示すためのものだ。主に家畜や奴隷に対して行われる。


 これはグスタブの覚悟だった。


 自分は今この時をもってこの島の奴隷となる。ソフィアが守ったこの島を守るのだ。たとえいかなる非道をもってしてもーー




 ― 現在 王宮 ジョセフの寝所 ―


(……陛下、……陛下)


「…………どうした?」


(…………………………)


「なに? ブロランカが?」


(…………………………)


「わかった。よきにはからえ」


 寝所から気配が消える。


 それを確認するとジョセフは大きくため息をついた。


「ああ、籠が壊れてしまった」

ソーントーンはヒロインにしようか最後まで悩んだキャラクター。しなくてよかったかも。

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