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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
二章 ブロランカの奴隷
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134 サンドボックス10

 ― グスタブとソフィアの婚姻から数年後 王都 武闘会場 ―


 ジョセフ・ジルフ・オクタヴィオの王位継承。その記念に開かれた武闘大会の総責任者として指名された将軍レイナルドは顔面を怒りで赤くしていた。


 帝国から親善として訪れた一団。その護衛の一人である帝国騎士が飛び入りで参加を求めてきたのが大会開始一時間前のことである。


 嫌な予感を覚えたレイナルドは安全保障を理由に断ろうとしたが、ジョセフが認めてしまった。


「かまわぬ。元々、飛び入りは認めている」


 そして、今、武闘大会に参加した王国騎士達は揃って地に伏している。


「温いな。王国騎士とはこの程度か。これでは帝国が大陸を支配する日も遠くはないな」


「無礼であろう。イーゴリー」


 帝国大使は嗜めるが、本心で言っているわけではないことは侮蔑と嘲笑が張り付いた顔を見れば明白であった。


「イーゴリー? イーゴリー・スパルタクか!」


「帝国の次期剣王候補!」


「かつて聖国との戦で、100人の騎士を一人で血祭りに上げたというあの!」


 帝国騎士の正体が明るみになり、ざわめく会場。


 そこに、一人の青年が進み出る。


 イーゴリーの凄まじい剣技と先程の試合で見せた彼のスキルに物怖じする王国騎士達を尻目に、悠然と闘技舞台に立った。


「グスタブ=ソーントーン。お相手仕る」


「これはまた、貧相な男が出てきたものだ」


 イーゴリーが嘲笑する。


 側で見るレイナルドは嘲笑こそしなかったものの、グスタブがイーゴリーに勝てるとは思えなかった。


 イーゴリーの背丈は優に二メイルを超える。フルプレートメイルに身を包み、二本の大剣を両手に持って軽々と振り回す。人語を話すオーガと言われれば信じてしまったかもしれない。


 対してグスタブは中肉中背。くさび帷子すら身につけておらず、得物は右手に持ったロングソード一本で、丸太のようなイーゴリーの腕で振るわれる大剣を受け止められるとは到底思えなかった。


「まぁいい。瞬殺だ」


 イーゴリーがその巨漢から想像もできない俊敏さでグスタブに襲いかかる。


 この大会に開始の合図はない。強いて言うなら闘技舞台に立った瞬間が開始の合図である。


 イーゴリーの右手の大剣が横薙ぎに振るわれ――


 ガギン!


 グスタブの剣によって受け流される。


 すかさずイーゴリーは左手の大剣を打ち下ろすが、これもグスタブによって逸らされる。


(ほう。剣で受け止めようとせず、大剣を打って、軌道を逸らしたか)


 言うは簡単だが、一つタイミングを誤れば大怪我では済まない。それをいとも容易く成し遂げるグスタブの剣技にレイナルドは感心した。


 ガキキキキン!!


 イーゴリーは両手の大剣を竜巻の如く振り回す。対してグスタブはまるでそよ風の中を散歩するかのように捌いていく。


「少しはやるようだな! だが、これはどうだ!」


 イーゴリーがスキル【操影】を繰り出した。


 自分の影に質量を持たせ自由に操る能力である。大剣を握る両腕の影が、空中に浮かびグスタブに襲いかかる。


 左右両側面から影の大剣。正面から実の大剣。都合四本の大剣の攻撃。


 それに対しグスタブは――


「!? 消えた!?」


「上だ! イーゴリー!」


「!?」


 イーゴリーの剥き出しの頭を踏みつけて飛び越えた。


 イーゴリーの背後に回ったグスタブは、何故か、イーゴリーを斬りつけることなく距離を置いた。


「…………」


 対してイーゴリーは憮然たる面持ちで振り返り、グスタブを睨みつける。その目には怒りと憎悪があった。


「賢明なるジョセフ陛下にお伺いしたい! 仮に不慮の事故で、陛下の忠実な騎士が一人失われるとしたら、その責任は如何に!?」


 グスタブから視線を離さず、イーゴリーは大音声でジョセフに問う。


「是非もない。闘技舞台の上で起きたことは全て不問に処す」


「かたじけなし!」


 ジョセフの言質を取り、歯を剥き出しにして笑うイーゴリー。


(グスタブを殺す気か。頭を踏みつけられたことが相当、屈辱だったと見える)


 まだ、何か奥の手を持っているのかもしれない、油断するなよグスタブ、と立場上、声に出せないレイナルドは心の中でエールを送る。


 一方、当のグスタブは飄々として――


「ふむ。未熟者は色々と気を遣い難儀であるな。安心なさい。私は()()()()()()()()()


 とイーゴリーを煽る。


「ぬかせ!!!」


 パァン!


 イーゴリーの怒声と共に、イーゴリーの体を覆っていたフルプレートメイルが弾け飛ぶ。そして、猛然とグスタブに襲いかかった。


(!? 先程よりも速い!)


 重い鎧を脱いだ分、大剣を振るう速度が上がっている。【操影】のスキルで作り出した大剣も合わさり、イーゴリーの攻撃はもはや暴風雨のそれである。雨粒一つ一つが必殺の威力を持ち、わずかでも触れれば肉をえぐる。


 だが、それでもイーゴリーの大剣はグスタブに届かなかった。グスタブはありえないスピードで剣を振るい、イーゴリーの攻撃を捌き、受け流していく。


「これは……、部位転移か? あいつ、【転移】スキル持ちか?」


 試合を観戦している王国騎士達が、何故、グスタブがイーゴリーと伍しているのかを分析する。


「ああ、剣を握る自分の腕を転移させているんだ。四本の大剣、ほぼタイムラグ無しの攻撃をそうやって捌いているんだろう」


「剣を振る途中で転移させているっていうのか!? バカな!? それではあの大剣を受け流せるだけの勢いを得られないぞ!」


「だから受け流せるだけの勢いを得られるギリギリを見極めて転移させているんだろう。凄まじい剣技だ」


「!? 見ろ! グスタブの剣のスピードが上がったぞ!」


「左手を使ってる!?」


 見ればグスタブが剣を交互に持ち替えている。右からの攻撃は右手で。左からの攻撃は左手に持ち替えて捌いている。


 まるで剣のジャグリングだ。


「ぶはっ!」


 レイナルドは思わず吹き出した。


 戦いの最中に剣を交互に持ち替える剣法などレイナルドは知らない。型も何もあったものではない。もし、そんなことをする騎士がいれば、ふざけているのかと怒鳴りつけたことだろう。


「剣だけ転移させているのか!?」


「見ろ! イーゴリーの奴、手傷を負っている!」


 見ればイーゴリーの上半身はグスタブの剣で傷つけられて血塗れとなりつつあった。


 イーゴリーが鎧を脱ぎ捨てて、攻撃に特化したことが仇なっている。


(いや、そのための"煽り"か)


 頭を踏みつけて怒らせたのも計算のうちだったのだろう。


(グスタブの剣ではイーゴリーの骨は断てないが、人を倒すのに骨を断つ必要はない。肉を切って血を流せば人は死ぬ)


 イーゴリーもそのことは分かっているのだろう。自身の太い血管を守るため、防御にまわざるを得ない。


 だが、イーゴリーの攻撃が緩めばグスタブの攻撃の手数が多くなる。見る間にイーゴリーの手傷は増えていった。


「何をしている、イーゴリー! それでも名にし負う帝国騎士か!」


 敗色濃厚となったイーゴリーに帝国大使からの叱咤が飛ぶ。


 すると突然、グスタブの影が動いた。


(なっ!? 自分の影だけでなく、相手の影まで操れるのか!)


 グスタブの影はグスタブの背後に落ちていた。故に背後からの攻撃となる。


 イーゴリーが勝利を確信して笑う。


 グスタブの影による攻撃は――


 ガキン!


 グスタブが振り返りもせずに左手の剣で防ぎ、そのまま右手に転移させた剣をイーゴリーの首筋にあてた。


「残念だが、見えないものを相手にすることには慣れていてね」


「――、ま、まいった」


 イーゴリーの降参に大歓声が巻き起こった。


 ◇


「青いな。今はアルポートの蒼穹の如く静かに、メストレスの霊峰の如く動かず目立たぬ方が良いというのに」


 ヘイデンスタム公爵はジョセフとグスタブを見やり、そう独り言ちるのだった。

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